詩人を目指す

詩人を目指す記録です。完成させた詩:147篇

記録

2021年9月19日

「鉄道写真詩コンテスト2021」に詩を応募した。3篇。鉄道の写真と詩を合わせて応募。応募はしたけど……応募フォームにペンネームを記入する欄がなかった。つまり実名応募。写真を選んで詩を書いたあとに応募フォームを開いて気づいた。応募規定にも実名にかぎるとは書いていないし。私の本名はめずらしいので応募の時点でためらう。しかも本名がペンネームっぽいからせっかく実名で応募しても「こいつペンネームじゃないか?」と疑われそうでもある。いいことがひとつもない。

2021年9月12日

「小説家になろう」に連載形式で投稿していた詩集『おしなべて詩』を完結させた。今まで雑誌やコンテストに応募して掲載に至らなかった詩。1話1篇で全100篇。WEBにさえ公開したくない出来の詩が多すぎて完結に時間が掛かってしまった。公開した詩のなかにも個人的に好みでないものがいくつかある。でもそれも含めておしなべて詩だから……ボツにした詩はいずれ別の場所で公開する。またこれからも落選した詩を「小説家になろう」に投稿していく。詩集のタイトルは次の次の次の次まで決めてある。だからあと400篇は落選しても大丈夫だ。私の心が大丈夫ではなさそう。

2021年9月10日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。2篇。余裕の投稿。10月から普通郵便の到着日数が繰下げになるので来月以降もこの調子でいきたい。レターパックライトに頼らない人生にしたい。

2021年9月5日

「第32回野田宇太郎生誕祭 献詩」に1篇を応募した。締切が6日の当日消印有効だから間に合っているはず。はず。9月はまだ応募できるコンテストがある。雑誌の投稿も含めてシャキシャキと書いていきたい。

2021年9月3日

第23回「柳波賞」に1篇を応募した。童謡詩。締切当日の23時56分に応募フォームから送信した。危なかった。フォームで送信した内容のメール控えによると「送信LogNo」が1020だった。1020人もネットで応募しているのか。あるいは20人しか応募していないのか。中間がない。

2021年8月30日

「第14回 島崎藤村記念文芸祭」に1篇を応募した。出品料を払っておきながら渾身のネタ詩に走ってしまった。自分らしい詩にはなった。とにかく8月の投稿はこれで終了。全12篇。8月はいつもと違うスタイルの詩を意識して書いた。書いたけどよく見直したら2篇は誤字脱字をしていた。さらに題名に謎の傍線をつけての提出が1篇あった。だから12篇中3篇はミスをしていたことになる。全体の25%も誤り。しかもそのうちの1篇は年に1回しかないコンテストへの投稿だ。全体を総括した審査員の選評に原稿をきちんと見直して応募しましょうって書かれて一次落ちしてしまう。見間違ってくれないかなあ。私も見間違ったんだからいけるだろ。いけないだろう。

2021年8月29日

『月刊 ココア共和国』に1篇を投稿して「第20回土岐市文芸祭」に2篇を応募した。計3篇。しんじゃう。あと2日で31日になっちゃう。土岐市のほうに応募した詩は8月に書いたなかではベストかもしれん。でも8月の投稿がまだひとつ残っている。しんじゃう。

2021年8月27日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に2篇を投稿した。計3篇。午前中に郵便窓口で出したから月末までには間に合うだろう。たぶん。おそらく。しかし月末までにあと3~4篇を完成させて応募しないといけない。その月末には引越しがあるので締切まで残り3日。最後まで諦めないようにしたい。

2021年8月25日

「第48回明石市文芸祭」に詩を応募した。1篇。本当は26日の0時0分にWEBからの応募が完了したけど25日の応募にしておこう。作品募集のページに「どの地域にお住まいの方でもご応募いただけます」と書いてあるとはいえ明石市とまったく関係のない人間だから気まずさや後ろめたさがある。逆に全国応募のある市の文化祭に参加する市民ってどういう気持ちなんだろうな。……。考えるのはやめておこう。粛々と詩を投稿しよう。

2021年8月24日

『季刊たびぽえ』に詩を投稿した。1篇。締切当日でもないのに23時59分にメールで送信した。10月に創刊号発売予定らしい。詩と写真を合わせた「旅ポエム」の募集だったのでiPhoneで撮った写真も一緒に送った。iPhoneはiPhoneでも初代のiPhoneSEだから画質が良いとは言えないので不安だ。詩で言及している箇所がよく目を凝らさないとわかりづらくて印刷時に潰れそうな点も不安だ。なぜそんな写真を選んだ。

『月刊 ココア共和国』2021年9月号「クエリ文字列」

話は変わって「だいぶ久しぶりに自分好みの詩を書けた」と先月の記録に書いていた詩が『月刊 ココア共和国』の紙&電子に載った。これまで電子版にしか載らなかったので電子版しか買わなかったけど紙も買ってみよう。

2021年8月15日

「第30回詩と思想新人賞」に1篇と「第32回伊東静雄賞」に1篇を応募した。計2篇。締切より半月も前に応募できてよかった。今回もかしこそうな詩に挑戦しようと思ったけど途中で諦めた。真剣な感じにはなった。

2021年8月8日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。8月中に引っ越しの予定なので早めの投稿。いつもと書き方を変えてみた。だいぶかしこそうな詩になったと思う。その表現がすでにかしこくなさそう。

2021年7月30日

『月刊 ココア共和国』に1篇を投稿して「第48回 ぬまづ文芸」に1篇を応募した。計2篇。だいぶ久しぶりに自分好みの詩を書けたので気持ちよかった。これで7月の投稿は終わり。思い返すと全部ギリギリの投稿だった。8月は引っ越しなどで忙しくなるのに加えて応募したいコンテストがいくつかある。がんばろう。レターパックライト祭りにならないようにしよう。がんばろう。

2021年7月29日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に3篇を投稿した。計4篇。25日に書くはずが29日の投稿になった。締切ギリギリの投稿になったからレターパックライトを使用した。レターパックライト貧乏になった。そして28日に私はあるものを受け取った……。

詩と思想詩人集2021 「除湿モードの異常者」

詩のアンソロジー。パラパラと読んで気づいたことは雑感で書こう。

2021年7月19日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。危なかった。旅行中にあったことを詩にしようと思ったら旅行での被ダメージが深刻でギリギリの投稿になってしまった。この文章を更新している20日夜の今でも体調が悪い。一応レターパックライトで送ったおかげで20日の15時には到着した。20日の15時は20日必着に間に合ったことになるのだろうか。ううう。五輪大会のせいで郵送が遅延する可能性があるので他の投稿はなんとしてでも早めに済ませよう。

『月刊 ココア共和国』2021年8月号(電子版)「定食屋」

あと『月刊 ココア共和国』の電子版で詩が掲載される。この号から生年が載るハズ。「こいつ1994年生まれでこんな詩を書いてんのかよ(冷笑)」と思われるかもしれん。でも28歳の詩ではないんだ。3月生まれだから27歳の詩なんだ。さして変わらん。

2021年6月30日

いわで「現代詩の祭典」に1篇と「日本現代詩人会」に1篇を投稿した。計2篇。29日に書かなかった。前者は当日消印で後者はネット応募とはいえ相当ギリギリになってしまった。おかげで「日本現代詩人会」に投稿した詩は肯定的にいうと共感性の高い題材になった。否定的にいうとありふれている。500人ぐらい同じ切り口で書いてそう。詩を書くやつの人口を知らないから500人がどれだけの割合かは知らないが。

落選した詩をまとめている『おしなべて詩』の投稿を28日から再開している。1日1篇。たぶん7月中旬か下旬まで更新する。ギリギリ100話(100篇)に届くか届かないか。毎日更新を忘れないようにしよう。そう書いたら忘れてしまいそうだな。忘れよう。そう書いたら忘れそうだな。毎日更新されることを祈ろう。願おう。

2021年6月28日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に1篇を投稿した。計2篇。またまたヤバヤバギリギリに投稿してしまった。たぶん今日の午後発送になるけど明日の午前発送になっても30日には間に合うはず。そしてまだ6月の投稿先が残っている。とはいえ必着ではないから30日までに書けばいい。でもそんな意識だと間に合わないかもしれない。だから29日に書こう。29日に書こう。

2021年6月24日

『月刊 ココア共和国』に1篇を投稿した。小説を書くのに夢中で6月の投稿が全体的に遅れてしまった。予定している雑誌への投稿やコンテストへの応募に間にあうか心配だ。あと5月末締切で応募できるコンテストを見落としていたことに気づいてショックを受けている。詩を書く機会が! それから「詩と思想 詩人集」について著者校正のお願いがあったから返信した。やり方がちっともわからない。とりあえず文法上であきらかに誤っている箇所は訂正した。なんで詩を書こうとする人間が文法を誤るんだ。そして「ハッキリとしたミスではないけど変な表現だな」と投稿直後に思っていたところが校正として印字されるとさらに変だった。面白かったのでそのままにしておくことにした。止められなければ変なまま詩人集に載る。どうなるのか刊行が楽しみ。そんな楽しみ方をするものじゃない。

2021年6月6日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。今月は投稿先がたくさんあるので早めの投稿。会社の休憩時間にスマートフォンアプリの「一太郎Pad」でポチポチ書いて「一太郎」に流しこんで印刷した。行数と文字数を指定してだけでイイ感じに印刷できるけど落ちる。すぐに落ちる。設定を保存しようとしたら落ちる。紙が足りなくてプリントが中断したら落ちる。しかも印刷直前に変えた一文がもとに戻っている。自動保存されていないから戻せない。どういう言い回しだったか思い出せない。許せない「一太郎2021」。でも慣れたらたいへん便利だと思うので今後も詩の投稿に使っていこう。

2021年6月3日

「「詩」を探しています。」に1篇を応募した。5月末に完成させて応募する予定が締め切りのギリギリになってしまった。いつもと違う書き方に挑戦したおかげで不安になる。スタイルが個性的なものであるほど他の人と被ったときが怖くなる。たとえば私が持っているけれど読んでいない詩の雑誌に同じ書き方をしている詩が載っているのではないか。読めよ。不安になる。でもそこまで不安になるほど個性的でもなかったかもしれない。よくあるレトリックのひとつかもしれない。それに題材だけは自分が感じていることを選んでいると断言できる。だから気にしない。雑誌もあまり読まない。読めよ。

2021年5月26日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に3篇を投稿した。計4篇。このページの更新は27日にやっていて仕事から帰ってきたら『詩と思想』が届いていた。というわけで以前に投稿した詩が掲載された。

『詩と思想』2021年6月号 「ハムがなくとも」

今月分はコンテスト?に1篇応募したらおわり。本当は6月初めが締切だから5月中に送らなくてもいい。だけどそうやって油断していると締切を守れなくなる。だから5月中に送る。送る。送るぞ。待ってろよ5月31日。

2021年5月18日

『現代詩手帖』に1篇と『月刊 ココア共和国』に1篇を投稿した。投稿が遅くなってしまったしこのページの更新も遅くなってしまった(現在5月21日)。ついでに書いておくと『月刊 ココア共和国』に先月投稿した分が今月末発売の電子版に掲載される。

『月刊 ココア共和国』2021年6月号(電子版)「時間の留学生」

それで8月号から投稿者の生年が載るらしい。さすがに私が最年長だとは思わないが若い方ではないんだろうな。だって詩を書く人ってだいたい小・中学生から書いているわけでしょ。26歳から書きはじめたやつなんてそんなにいないだろ。いったい何の人生の転機があったら社会人がいきなり詩を書きはじめるというんだ。実際には26歳の誕生日をあと数十日後に控えた25歳のときに書きはじめた。今はもう27歳。もし8月号以降に掲載されるとしたら1994年の生年が載る。1994年。これが1994年に生まれた人間の書いた詩。ううう・・・年相応の詩を書きたい。

2021年4月25日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に3篇を投稿した。計4篇。今月は計7篇の投稿になった。このまま毎月5本を下限に投稿していけば1年で最低60篇は完成する・・・いや1年で90篇は完成させたいな。少なくとも1年目は92篇だったわけだし。90÷12をすると月に7.5篇を投稿が目標となる。0.5篇は不可能なので二か月に一回は8篇を投稿しないといけない。くるっている。でも1年目は92篇だったんだ。くるっている。

2021年4月22日

『月刊 ココア共和国』に詩を投稿した。1篇。あと先月に投稿した分が今月末発売の電子版に掲載される。

『月刊 ココア共和国』2021年5月号(電子版)「3を選択した理由を記載」

楽しみだ。なにが楽しみって電子版に掲載されると自分の詩をKindleで読める! お風呂で読める! でもお風呂で読みたい詩ではないな・・・お風呂で読みたい詩ってなんだろうな・・・。

2021年4月19日

「詩と思想 詩人集」へのお誘いに詩を送った。1篇。発行日が夏だったから夏についての詩を書いた。これ・・・本当に詩人集に載るのか。「返金するので載せられません」と突っぱねられないか。ううう。でも今までの詩の集大成という感じである。こんなクソくだらないことを題材にするのは自分だけだという自信もある。クソみたいな自信。

2021年4月17日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。ギリギリの投稿になってしまった。土曜日の午後に発送を間に合わせたから余裕があるといえばある。ないといえばない。忙しいとどうしても詩の投稿が後回しになってしまう。よくない。詩人になることが夢なのだから。詩を書くことを何よりも優先しよう。ひたむきにやろう。

2021年3月28日

「日本現代詩人会」に詩を投稿した。3篇。ラフな感じで書いたらノリノリで書けた。ラフな感じで書いたらそれはもはやエッセイのような気もするが。散文詩ではなく散文になる。AからZに飛躍するようなバビューンさが足りない。要はエネルギーがない。疲れ果てている。書くことがダウナーだ。書くこと以外もダウナーだ。

通販型同人誌即売会で新刊として出す予定だった詩集『サラダ遅延』は一冊も注文が入らなかった。本当によかった。安堵している。なぜならまったく書いていないから。でもちゃんと作りたいとは思う。だれも買わなくても。紙の本で応募するようなコンテストに応募するために。印刷しよう。あと電子書籍にもしよう。その前に書かないといけない。書かないと完成しない。完成しないと印刷できない。印刷できないと応募できない。なにごともそうだ。来月は詩の投稿と同じぐらいの熱心さで同人誌のための詩を書こう。ダウナー以外の人間になろう。

2021年3月21日

『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。今月はあと3篇を書いて終わり。たぶん。

最近また「小説家になろう」に詩を投稿しはじめた。雑誌などに投稿して落選した詩たち。あと1週間は更新したい。

2021年3月16日

『ユリイカ』に1篇と『月刊 ココア共和国』に1篇を投稿した。『月刊 ココア共和国』への投稿は初めて。これから毎月投稿する。なんとこの雑誌には電子版があるらしい! 電子版があるって最高だな。読書をする人たちはだいたい紙が好きだ。私は本という形にこだわりがない。紙やインクが本質というわけでもないし。紙やインクが変わっても読めるものが読むに値するものなのだ。安くて手に入りやすい電子版があるのなら電子版がいい。詩人を目指す人間とは思えない感性。

2021年3月7日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。2篇。

詩人を目指すことにして1年が経つ。今日の詩を入れないで92篇を完成させた。毎月詩を投稿することができた。生まれてから詩人を目指そうと思うまで一篇も詩を書いたことがない人間にしては頑張ったと思う。いや小学校のころに授業か宿題で詩を書かされたことがあったな。当時2chと呼ばれていた匿名掲示板のコピペをアレンジして提出した覚えがある。あのころは詩なんて興味がなかったのだ。それが大人になって1年で92篇。成長を感じる。しかしこの1年で詩について成長できたかというと微妙なところだ。もっと現代詩っぽいものを書きたいのに書けない。現代詩っぽいものはいったいどうやったら出来るんだろう。そもそも現代詩っぽいものを形容できないので現代詩っぽいものとしか言えない。もっと言うと現代詩っぽいものを読んで「現代詩っぽい」と憧れることはあっても意味はわかっていない。まったくわからない。もしかしたら自分にとって理解できないものを「現代詩っぽい」と評価しているのかもしれない。そうするといつまで経っても現代詩っぽいものを書けないことになる。オートマティスムか。自動ポエムをするしかないのか。自動ポエムってなんだ。苦悩することばかりだ。それでもコツコツと詩を完成させよう。2年目からは締切ギリギリになって投稿しないようにしよう。頑張ろう。

2021年2月27日

「新しい詩の声」に1篇を応募した。応募はした。でもたぶん間に合わないな。そもそも28日締切で27日に出してしまうという遅さ。しかも昼の便。さらに16時にわざわざ窓口で出したにもかかわらず追跡結果の引受が18時49分。なんで? 一応レターパックライトは窓口引受締切時刻に出せば午後差出になる。なるんだろうか。「受け取ったレターパックを脇に置いて忘れとったわ! 明日の午前の便に入れちゃえ」となっていないだろうか。ああ・・・毎月の詩の雑誌への投稿を早く済ませたおかげで完全に油断してしまった。日本郵便は送料が高くなるばかりでサービスはどんどん劣化する信用できない企業。そのことを忘れていなければせめて午前中に出していたのに! これは私の慢心のせいだ。これからは最悪でも締切の2日前に出すようにしよう。ゆとりを持とう。

2021年2月17日

『現代詩手帖』に1篇と『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に1篇を投稿した。合計3篇。3誌に同じタイミングで投稿しようと思ったら20日必着分が届くか怪しくなってきた。午後に差し出しで翌々日に到着だから19日。金曜日。20日の土曜日に到着したときの受付がいつも気になる。土曜日も出社しているのだろうか。今月はコンテストに応募して投稿は終わり。あとは同人誌即売会で新刊として出す詩集の作業をする。する。する。絶対にするぞ。

2021年1月27日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に1篇を投稿した。また微妙な時期に投稿してしまった。たぶん明日か明後日に届くから平日には届く。しかし明々後日になったら? 月末必着とは土日でもよいのか問題。いちばんよいことはそんな問題に頭を悩ませる前に投稿することだ。来月はいっそのこと20日締切の『現代詩手帖』と同じタイミングで投稿したらいいかもしれない。いいかもしれない。かもしれないがたぶん無理。

2021年1月16日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。3篇。これからは極力200文字以上の詩を書くと決めた。雑誌に掲載されなかったときに投稿予定の「小説家になろう」の最低文字数が200文字だから。その「小説家になろう」で1日からやっている毎日更新もいよいよ明日か明後日で途切れそう。ストックがない。公開できる作品を増やすには雑誌のバックナンバーを揃えて念のために落選を確認しないといけない。むなしすぎる作業。

2021年1月10日

「第55回詩人会議新人賞募集」に詩を応募した。1篇。メールで応募。あやうく募集を見逃すところだった。応募してからどういう団体の新人賞なのかと思って検索して出てきたwikipediaに「日本共産党系」の文字があった。私の考える詩よりも力のある六文字。

1月1日から「小説家になろう」に詩を投稿している。今まで投稿・応募してきて落選を確認できたもの。

『おしなべて詩』

書いたすべての詩を載せたい。そうは思うものの出来が悪すぎて公開したくない詩もある。こんな詩を送りつけて下読みの人に申し訳ないとすら思う。そうそう。昨年にも書いたように購読していなかった詩の雑誌のバックナンバーを集めはじめている。もちろん投稿した詩は掲載されていない。よい人のよい詩を読んでよい詩を書けるようになりたい。これからは1篇1篇をもうすこし丁寧に作ろう。少なくとも落選したときにWEB公開できるレベルにはしよう。

通販型の同人誌即売会に合わせて詩集を作る話。まったく進んでいない。1篇も書いていない。私がこのページを更新していないときは1篇も詩を書いていないときだ。しかし緊急事態宣言によって同人誌即売会の期間が伸びた。4月の9日から14日までに送付して届けばよいそうなので3か月も猶予ができた。3か月もあれば流石に完成する。流石に。たぶん。ただし通販型なので完成させたところで受注が1件もないことはありうる。宣伝をまったくしていないし知名度もない。まあだれにも求められなくても完成はさせる。完成させてコンテストに応募する。今月中には情報を出せるところまで進めたい。

2020年12月28日

「日本現代詩人会」に詩を投稿した。3篇。これにて12月の投稿は終わり。1年の振りかえりはしないでおこう。まだ詩を書きはじめてから1年も経っていない。今年の3月から書きはじめたから指折りで数えると今月で12か月めになる。・・・。

  1. 3月
  2. 4月
  3. 5月
  4. 6月
  5. 7月
  6. 8月
  7. 9月
  8. 10月
  9. 11月
  10. 12月

10か月めだ。私の指は12本あるのか? 現時点でいうと欠かさず詩の投稿をしていて我ながら偉いと思う。ぜひ2月までこの習慣をキープして盛大な自画自賛をしたい。

2020年12月22日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に3篇を投稿した。年末なので早めの投稿。言うほど早くない。12月締切分はあとWEB投稿で3篇を投稿して終わり。

開催日を簡単に説明できない通販型の同人誌即売会に合わせて新刊として詩集を作ることにした。通販の受付が2020年12月26日から2021年1月11日までだから開催年すらハッキリと言えない。詩集に収録する詩はすべて書き下ろし。今から書く。本当に今から。印刷所には1月15日までに依頼をすれば間に合いそうだ。問題はその1月15日までに原稿が間に合わなさそうだということ。価格を700円に設定してしまったし量を書かないといけない。30篇ぐらいかな。30篇!? 1日1篇ずつ書いてもギリギリ間に合わない。とはいえ今日だって投稿のために1日4篇を書いているわけだから1週間で30篇できるか。できるかな。詩集制作の経過はこちらのページで書くとする。

2020年12月16日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。2篇。危なかった。出社前に投函しようと思って印刷をしたらちょうどインクが掠れた。急いで詰め替えインクを垂らして指を真っ黒にしながらプリント。まだ掠れている! クリーニングを2回してやっと綺麗に印字できた。ところでこれからは雑誌をきちんと購読していこうと思って調べて出てきた11月発売の『現代詩手帖』の12月号。目次に「詩人住所録」とある。・・・。詩人になると住所を雑誌に晒されてしまうのか? 凡庸な地名に住んでいられないな。それにしても『現代詩手帖』はすごい。amazonでバックナンバーを揃えられそう。横着して購入していなかった分を買って年末に勉強しよう。

2020年12月6日

「第3回岡本彌太・詩賞」の表彰式に行った。奨励賞。次の作品集に掲載された。

『第3回岡本彌太・詩賞作品集』 「出しっぱなし」

表彰式では詩を朗読した。朗読することは知らされていたが知らなかった。詩は朗読するものらしい。黙読するものだと勘違いしていた。詩を声に出して読む発想がなかった。だって文章はそれだけで音楽なのだから。声がつくとさらに音が重なって壮大になってしまいそうだ。そんなにデカいことは何ひとつ書かなかったというのに。これからは朗読されるものとしての詩も考えてみよう。賞状と作品集のほかに2万円の賞金をいただいた。詩集を購入して勉強しようと思ったが表彰式までの旅費でほとんど消えた。勉強しない。

2020年11月30日

「2020年度 金澤詩人賞」に詩を応募した。1篇。メール投稿だったから夜の11時ぐらいに送ったんだけど朝の2時に受領メールが返ってきた。私が頭痛でカフェインを大量に摂取しているときにしか起きられない時間だ。ところで『詩と思想』の12月号が送られてきた。読者投稿の入選で詩が掲載された! いまさら気づいたが9月30日分に締めきった分とあるから『現代詩手帖』より掲載までの間隔があるようだ。参考にしておこう。

『詩と思想』2020年12月号 「ぷるぷる」

それでさらに気づいたのだが入選者に掲載誌が送られてくるそうなので定期に購入しないと仮に佳作になって選評をもらったとしても永久に気づかない。それと「金澤詩人賞」の応募要項を読んだときに気づいたのだが詩を投稿したときの著作権はいったいどこにいくんだろう。掲載されなかった詩はおそらく私のものであるに違いない。掲載された詩はもうWEBで無料公開することはできないのだろうか? 詩の雑誌なんてほとんど取り扱いがないから詩を好きな人たちのさらに一部の詩の雑誌を読む人たちにしか読まれない。さらに私は横着して投稿先をメモって雑誌を定期的に購入していないから仮に詩が掲載されていたとしても気づかない。買えよ。一応『詩と思想』に9月30日までに送った詩は掲載作を除いて入選していないはずだから公開できそうだ。『現代詩手帖』と『ユリイカ』は知らん。たぶんどっちにも掲載されていないだろう。でも念のために買って確かめないとならないのか。・・・・・・。またあとで考えるとする。

2020年11月28日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に3篇を投稿した。締切の5日前に投函しようなんて希望はまぼろし。念のためにレターパックライトを使った。レターパックライトは高いものの日曜日も配達されるし追跡サービスがある。これを更新している29日夜の配達状況は「お届け先にお届け済み」と「お届け先休日等のため保管」だった。・・・。なんで郵便受けに配達するサービスなのに休日で保管になるのだろう? ところで使った枚数分のレターパックライトを買い足したら保管用シールのまわりの色が緑になっていた。料金が360円から370円に変わった際にデザインも変更になったらしい。値上げ前に買ったものに10円切手を貼って使っていたから知らなかった。10円の値上がり分には色を緑にするデザイン料も含まれているのだろうか。値上げするたびにカラフルになってゆくのか。今後も期待。しない。

2020年11月17日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。投稿がギリギリになってしまった。19時以降にコンビニのポストに投函したから明日の午前分として処理されるとして翌日に届いて19日。もし午後分として処理されたら20日に届く。どうか頼むぞ日本郵便。こうやって頼まないといけなくなるから頑張らないといけない。頑張ればその責任が自分のものだけになって諦めがつく。頑張らなければ日本郵便に責任を押しつけて予定日に届かなかったときに怒りが生じることになる。今月の他の投稿はせめて締切の5日前ぐらいに投函しよう・・・。

2020年10月23日

『ユリイカ』に1篇と『詩と思想』に2篇を投稿した。とりあえず10月分はこれでおしまい。11月に今まで投稿してきた詩を50篇ほどネットで公開したいと思ったが場所に悩む。「小説家になろう」に長編扱いでまとめて投稿したら迷惑な気もするし個人サイトで1篇につき1ページを作成するなら大変だ。人に読まれるかどうかは問題にしていない。Webで公開すれば読み返しやすくなる。ただそれだけ。次の投稿にはまだ時間があるから良い方法を考えたい。

2020年10月16日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。ショックだ。投稿に使っていた長形3号の封筒で印刷ミスをして最後の1枚がなくなってしまった。仕方なく長形4号の封筒で応募する。封筒に入れるために紙を何度も折った。悲しい。でもそのおかげで詩を思いついたのでよかった。よくない。思いついても封筒がない。早く封筒を買って次の応募に備えたい。

2020年9月30日

「日本現代詩人会」に詩を投稿した。3篇。それから「第6回 うえだ七夕文学賞」に詩を応募した。1篇。合計で4篇。これで9月は10篇を書くことができた。ギリギリだ。目標数を設定してから作ろうとするといろいろと苦しくなるとわかった。しかし余計なことを書かないスッキリとした詩になることもわかった。疲労でシンプルになる。よくない。10月は少なくてもよいから凝った詩を書きたい。

2020年9月29日

『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。ついに末日の1日前に投稿。普通郵便でも間に合いそうだったが念のためにレターパックライトで送った。朝の9時にはポストに投函した分が引受になっていたから事故がなければ30日の午前中に届くはずだ。レターパックに原稿を入れて発送するときの興奮は普通郵便のそれと比べられないものの料金が高い。370円。追跡サービスがついて実質速達で4kgまでOKの封筒付きと考えると安いように思われる。だが詩を投稿するときは高くても140円で済むし必着締切の前々日に投函すれば速達の必要もない。つまり己の怠惰のせいで230円をムダにしたことになる。ギリギリの投函を習慣にしてはならない。とはいえ今月は残りあと1日。Webで投稿できるコンテストに4篇投稿するぞ!

2020年9月25日

『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。雨が降っているなかで投函してきた。大社神門簡易郵便局で。家を出る30分前に書いて封筒を作ったはいいもののポストに入れる隙がなくて旅行中に出した。この更新もホテルでやっている。9月末まであと5日。明日も家に帰れないから実質4日。明後日の日曜日には普通郵便が配達されないから実質3日。もうダメ。

2020年9月13日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。2篇。詩として投稿するか迷ったテーマがあって最終的に小説として書くことにした。散文詩を書こうとすると小説にしたくなる。よくない傾向だ。詩人を目指しているのだからよいテーマは詩に回すべきなのに。2篇しか応募できなかったせいで9月中に10篇を応募する目標も達成がむずかしくなってきた。まだ頑張ればギリギリ挽回できる・・・頑張れば。

2020年8月31日

「第31回 伊東静雄賞」に詩を応募した。1篇。消印締切ギリギリになったから窓口で出した。期待して生きてよかった。8月はこれで6篇。完全なる夏バテ。こんなに暑いのに詩なんて書いている場合じゃない。9月は10篇ぐらい応募したいからもっと涼しくなってほしい。気温頼み。

2020年8月28日

『詩と思想』に詩を投稿した。2篇。枚数が少なかったので角2の綺麗な宛名書きはお預け。8月はこれで終わり。たぶん。8月末締切のコンテストがある。さっき気づいたせいで何も思い浮かばない。消印締切だから当日まで考えようと油断して間に合わなくなる未来が見える。期待をしないで生きよう。

2020年8月13日

『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。今年の3月から書きはじめて50篇目。私はようやく封筒に宛名を印刷できるようになった。無印のクラフト封筒に印刷すると見た目がカッコよくなる。テンションが上がる。次の投稿が楽しみになる。楽しくなれば続けられる。続けられたら練習になる。練習をすればきっと上達する。たぶん。仮に詩が上達しなくても印刷はうまくなる。次は角2で綺麗な宛名書きができるようにラベルシールを購入した。よい詩を書いてよい封筒を作るぞ!

2020年8月12日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。2篇。コンビニ内にあるポストに投函して何も購入することなく立ち去った。

2020年7月23日

詩をたくさん投稿した。6篇。

  • 『ユリイカ』1篇
  • 『詩と思想』3篇
  • 「第三回岡本彌太・詩賞作品募集」1篇
  • 「第47回ぬまづ文芸」1篇
予定どおりにコンテストに応募できた。しかし応募できたコンテストは予定どおりではない。本当は違うコンテストに応募する予定だった。だが7月末締切だというのに応募要項や応募票がまったく見つからなかった。リンク切れ。他のサイトに応募要綱は載っていた。だが応募票が印刷できないなら応募できない。というわけで違うコンテストに応募した。これで7月は9篇を完成させたことになる。3月から書きはじめて47篇が完成した。8月の投稿で50篇を超える。まだ印刷すら試行錯誤している段階だ。レベルアップが遠い。

2020年7月16日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。3篇。投函が遅くなってしまった。夜の11時に出したから実質17の朝に投稿したことになる。来週月曜日の20日には間に合うはずだ。おそらく。たぶん。今回は投稿するタイトルをTODOリストに設定して三十分でまとめて書いた。かなり楽に完成できた。いつもは何の準備もなく書きはじめていた。その方が発想の飛躍に期待できそうな気がしないでもないが悩みながら書くことになる。悩んでしまったら悩んだことの詩になる。これからはTODOリストを用意しよう。あと早めに郵送することもリストにつけ加えておこう。

2020年6月30日

「日本現代詩人会」に詩を投稿した。3篇。179文字。264文字。319文字。結局6月の最長は370文字だった。長い詩を書けないことがわかった。長い詩になりそうなものは小説にしたくなる。その小説も短編になるのはおいといて。来月は雑誌への投稿に加えてコンテストに応募する予定。定額小為替もきちんと購入した。平日に郵便局に出向かないと買えない定額小為替。応募者をふるい落とす運営者の策略なのか。換金しやすいのか。振込させて。

2020年6月27日

『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。138文字。242文字。249文字。締切の末日に間に合わせるには微妙な日に送ってしまった。先月も27日に送っていた。しかし6月は5月と違って30日しかない。しかも明日は日曜日だから普通郵便の配達はない。こんなことに苦悩するぐらいなら早めに投函しておけばよかったのに。同じことを先月も書いている。来月もきっと書いている。

2020年6月15日

『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。104字。Twitterに投稿できてしまう短さ。コンビニの中にあるポストに投函したが他の手紙でパンパンだった。なんとか入れた。私の後ろに並んでいたおっさんは大きな音を立ててポストに手紙を押しこんでいた。ぐしゃぐしゃぐしゃ。私の104字が。ポストの中身が回収されるころには何もかもボロボロになっていそうだ。先攻をとっても後攻をとっても不幸になる手紙押し入れゲーム。みなが幸せになるかたちを模索してゆきたい。ひとまずコンビニのポストは使わないようにする。

2020年6月13日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。370字。たぶん短い。長い詩を書こうと思ったが書けなかった。憂鬱になってくる。なぜ私の言葉はいつも短いのか。思いだしてみると私の思考はあまり長くない。すぐに結論付けないことを結論付けてしまう。詩はきちんとオチのついたエッセイになる。おそらく詩の場合はオチをつけてはならない。小説ではないのだから。ところが私はべつに小説でなくてもオチをつけてしまう。小学5年生のときにほぼ毎日ブログを更新していた。ただの日記だ。その日記で毎日オチをつけていた。ただの日常のどこにオチをつける余地があるというのか。つまりオトさなくてよいところまでオトしている。いくらでもオチをつけられるということはいくらでも完成させられるということだ。美点に思える。しかし詩を書くときには弱点になる。もっと広がらなければならない。私は詩を音楽だと考える。言葉は音楽を構成するための音にすぎないと。実際に詩として求められているのは香りだろう。イメージとするなら蒸気だ。ゆらゆらと上るレモングラスの香りはレモングラスを想起させない。まったく別のかたちをとった癒しをもたらすのだ。オチをつけてしまう私の詩はレモングラスと結びついてしまっている。だから短いのだ。レモングラスはレモングラス。ほら13文字。

2020年5月27日

『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。いつの間にか5月が終わろうとしていた。締切は毎月末日。消印なのか必着なのか。おそらく必着だろう。必着でいつも気になることは土日である。今年の5月31日は日曜日だ。日曜日に届いた郵便物は必着に間に合っていると言えるか? ごくふつうの会社員の感覚だと言えないような気がする。というわけで今月の最終金曜日に間に合わせるために急いで投函した。郵送準備のためにいつも会社にもっていく弁当を用意できなかった。25日ぐらいに投函しておけば焦らずに済んだというのに。今月はたった5篇の応募になった。少ない。そしてどれも短い。6月はいつもより長いものを書こう。

2020年5月19日

『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。『ユリイカ』には投稿する勇気がないと前に書いた。勇気が出た。というのも詩を書いているうちに『ユリイカ』を読めるようになった。気がした。よくわからない成長。というわけで書いた。しかし『ユリイカ』の募集要項は謎だ。宛先すらまともに書かれていない。送り先は『ユリイカ』編集部「今月の作品」係宛としかない。だからまずは住所を探した。縦組みでプリントアウトしてくださいと書いてある。何行何字かわからない。何篇応募してよいのかも謎だ。「作品一篇が二枚以上になる場合」綴じてくださいとあるから複数篇を許しているように思われる。もし1篇のみの応募が前提であれば「作品一編が」は必要ないはずだ。今回は1篇1枚だけの応募になった。定形郵便物として切手を貼ってポストに投函した。切手は郵便局であらかじめ購入した特殊切手を使用した。美術の世界シリーズ。シール式でペタっと貼ることができる。柄もよくて郵送が楽しくなる。ウソ。郵送はいつも楽しい。

2020年5月12日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。「このスタイルでこれから書いていこうかな」と思える詩ができた。思えるだけ。もっと他の書き方を試さないといけない。最近はずっと角形2号の封筒で送っている。少し厚めのよい紙に印刷するようになったからだ。折り曲げて郵送すれば安くは済む。しかし気持ちよくない。封筒はコンビニか100円ショップで購入したものを以前まで使っていた。今回からアスクルの封筒を使用することにした。ロハコで注文したものだ。100枚で640円。ものすごく感動した。フタをピシっと折り曲げることができる。これまたロハコで購入したファンシーなデザインのピットのりは本当にすいすいと糊付けできる。その完成形はどこに出しても恥ずかしくないスマートな郵便物。思わず手にもったままウットリと封筒を眺めてしまった。よい紙とよい封筒に見合うよい詩を書けるようになりたい。

2020年4月28日

「第16回文芸思潮現代詩賞」に詩を投稿した。3篇。危なかった。本当は前日の27日夜に投稿していた。ところが応募規定のpdf以外に文言を見つけた。詩のタイトルや応募者情報を書いた別紙をすべての詩に対して1枚つける。私は別紙を3枚用意していた。1篇ごとに用意する必要があると勘違いしていたのだ。ちょっとしたミスだが致命的にも思われた。このコンテストでは応募規定を厳守しないと「失格」になるらしい。とにかく「失格」にしたいらしく応募規定には3回も「失格」と書いている。応募審査料は1500円。このままでは定額小為替1500円分と貯金窓口に並んだ時間がムダになってしまう。というわけで朝からゆうゆう窓口に行って郵便物を取り戻す手続きをした。返ってきた。応募しなおすことができた。終わり。もしもこれが応募締切ギリギリの出来事であったら絶望して何もできなかったかもしれない。締切の一か月前に応募してよかった。いつもこの余裕を保っていたい。

2020年4月25日

『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。微妙な日に郵送してしまった。4月は30日までしかない。午後に差し出した普通郵便は翌々日に到着する。そして明日は日曜日。ギリギリだ。新型肺炎やゴールデンウィークの影響で配送が遅れたら月末までに間に合わないかもしれない。レターパックライトで郵送するか悩んで賭けに出た。人生で賭けに出ることがこれぐらいしかない。

2020年4月12日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。7篇。先月「10篇の応募を目標とする」と書いたが他への投稿も考えて7篇に。はじめて散文詩を書いた。1篇だけ。詩というよりエッセイみたいになった。むずかしい。今回の応募はコンビニで切手を買って貼って投函した。しかし切手をうまく貼れている自信がない。コンビニの切手用スポンジはいつも信頼できない。ネットで調べると「切手ぬらし器」が存在するとわかった。ローラーを回転させて水をつける。世の中には何でもあるんだなと思った。コンビニで貼らなくてもいいように切手はあらかじめ備えておこう。

2020年4月05日

「第5回永瀬清子現代詩賞」に詩を投稿した。1篇。初めての詩のコンテストへの応募。定形郵便物として送ろうと思ったが手元にある封筒のサイズに自信がなかった。せっかく郵便物の重さを量れるスケールを購入したのに。必要不急で郵便局に向かうと「ゆうゆう窓口」に列ができていた。封筒を手に持っているのは私だけ。結局84円で定形郵便物だった。今後に活かしていきたい。

2020年3月31日

「日本現代詩人会」に詩を投稿した。2篇。つい最近に知った存在。WEBでの投稿を募集している。3か月毎に3篇まで。本当は3篇を送るつもりが書こうとしていた1篇の内容を忘れてしまった。メモをきちんと取るクセをつけないといけない。4月は雑誌の投稿のほかに詩のコンテストに向けて作品を完成させたい。

2020年3月23日

『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。『詩と思想』の最新号が3月末まで手に入らないと勘違いしていた。きちんと2月末発売の3月号があった。ネット書店で販売していなかったからリアル書店を回って手に入れた。書店は大混雑だった。自粛ムードを介してみなの外出パワーが本パワーに変わった。本を家で読むまでに会計で並ぶようでは自粛もなにもない気もするが……。それに『詩と思想』はなかなか置いていなかった。でも読みやすい雑誌だ。『現代詩手帖』『ユリイカ』『詩と思想』の中だと『詩と思想』がいちばん波長が合う。しかし一回につき3篇までしか応募できない。しかも長さの制限がある。短文を改行するスタイルをとっていると書ける内容が限られてくる。投稿先によって書き方を変える必要がある。

今回の応募では用意した封筒に切手を貼って投函した。140円。切手代・封筒・両面テープ込・1kgまでのスマートレターが180円であることを思うとお得感はない。しかしスマートレターはA5サイズまでしか入らない。だからA4サイズの原稿は折らないといけない。今回は角形2号の封筒を使ったから折り目をつけずに郵送できた。時間に余裕があるときはこの方法で投稿しようと思う。

2020年3月7日

『現代詩手帖』に詩を投稿した。6篇。本当は5日に締めて6日に投稿する予定だった。プリンターの準備に手間どって7日までずれこんでしまった。20日必着だからと18日ぐらいの投稿を目指さなくてよかった。何もかも思いどおりに進むとは限らない。印刷の失敗で紙を15枚ぐらいムダにした。それと4篇目として書いていた作品はやはり完成しなかった。もともと小説として書こうとしていたものを詩として書こうとしている。構成が浮かばない。散文詩にするか。でも長くなりそうだ。長い散文詩ってそれは小説ではないのか。ぐるぐるする困難。来月の応募分までには間に合わせるつもりでいる。今月の応募にはスマートレターを利用した。1kgまで郵送できるから重さがわからなくて切手を買えないときに便利だ。封筒の用意もしなくていい。両面テープも最初からついている。強度もある。日曜の配達はないがレターパックライトより安い。あとデザインがかわいい。

20日までに着いた原稿は翌月28日発行の翌々月号に入選作として発表されるらしい。だから今回の結果は4月28日の5月号にわかる。正直まったく期待していない。詩はほんとうにわからない。今回の6篇は技巧を凝らすことなく率直に書いてみた。だが率直というより愚直なのかもしれない。今はまだたくさん書いて学ぶ段階であるから少しずつ工夫を覚えていきたい。来月は10篇の応募を目標とする。

2020年3月3日

詩人を目指すことにした。詩人を目指すにあたって「詩人を目指す」のページを作成した。ここでいう詩人とは職業詩人のことだ。職業詩人とは金をもらって詩を書く人のことだ。言葉を換金する現代の錬金術師だ。詩人を目指すにあたっての問題はこれまでの人生においてまったく詩を書かなかったことだ。読んだことも小説と比べてほとんどない。試しに買ってみた『ユリイカ』は開いてすぐに閉じた。わからない。本当に何も。この世には絶対に詩人に向かない人間が1人だけいてその1人が私ではないのかと思うほど。そもそも韻を踏んでいない詩の読み方がわからない。ふつう文字を見たときに音として鳴らないか。現代詩は音楽でなくてもよいのか。

とりあえず詩人になるためには詩を書かないといけない。だから詩の雑誌である『現代詩手帖』『ユリイカ』『詩と思想』に詩を投稿しようと考えた。しかし『詩と思想』の最新号は3月末にならないと手に入らないし先述の『ユリイカ』に投稿する勇気はない。『詩と思想』はひとまず保留としておいて『現代詩手帖』に詩を毎月応募してゆくことにした。一回で何篇でも応募してよいようなので書きためてから応募する。規定では20日必着。とりあえず毎月10日をめどに準備をする。ただし今年の3月は他にやることがあるため前倒しして5日にする。

この記事を書くまでに詩を3篇は書いた。そして4篇目を書いている。1日どれだけ書けばよいのかわからない。やはり詩人を目指すのなら1日1篇は書かないといけないのか。むずかしい。そもそも1篇の適切な長さもわからない。3篇の文字数は50/74/412だ。雑誌に投稿されている詩を読むかぎり短いと思う。4篇目は今までで書いたもので一番長い。完成するビジョンが見えない。5日までにはできないかもしれない。それでも5篇は応募したい。

雑感

2021年7月29日

『詩と思想詩人集2021』の「作者紹介」を読んで気づいた。みんな「詩誌」に「所属」している。「みんな」詩誌に所属している。もしかしたら詩を書く前にまず「詩誌」に参加する義務があったのかもしれない。詩の勉強をすると宣言してまったく勉強していなかったから知らなかった。そっかあ。「詩誌」かあ……あくまで想像だけど会員から集めたお金で同人誌を発行したり詩を音読して批評しあったりするんだろうなあ……たいへんそうだなあ……そういえばコンテストの審査員に「詩誌」を渡されたことがあったな。ひょっとすると詩人界隈では他の詩人とエンカウントするたびに「詩誌」を交換するマナーがあるのかもしれない。いつ詩人に出会ってもいいように鞄のなかに「詩誌」を隠し持っているんだ。怖い人たち……。

詩を書くやつなんてみんなひとりだと思っていた。でも違ったな。私以外みんな仲間がいたんだな。同志がいたんだな。友だちがいたんだな。書いている詩はぜんぜん和気藹々としていないのに。いいよ。私はひとりでやるよ。たぶん会費を継続的に払う余裕もないし。ひとりで詩を書いてひとりで詩を黙読してひとりで詩を「前回よりイマイチになっちゃったなあ」と批評しておくよ。怖いひとり……。

2020年7月18日

最近になって詩を書くことにマンネリを感じている。3月に書きはじめてまた四か月しか経っていないというのに。上達はしている。はじめに書いたものよりは明らかに良くなっている。しかし書くことが尽きてきた。本当は書くことが尽きることなんてありえない。アイディアとは無尽にわいてくるものだ。だけど書きたい小説や作りたいゲームのことを考えると詩で表現するには惜しい発想がある。そもそも詩で表現することが最適なテーマは少ないように思う。詩の雑誌がろくに書店で売られていないことが証明になるだろう。詩はマニアックだ。大衆のことを謳わない。いやテーマや大衆性なんて必要ない構造によって表すことが大事だと言うなら「アラン・ロブ=グリエの小説でいいのではないか」という気がしないでもない。なぜこれを小説で書かなかったのか。シナリオにしかなかったのか。あるいはエッセイにしなかったのか。そういう理由を突き詰めていかないと純粋な詩にならない気がする。何かができないから詩にするのではなく詩にできるから詩にするのではなく詩でしかできないから詩にすることを考える。……。最終的に「そんなものはない」という結論にならないことを祈る。

2020年3月3日

詩人になるのにタイムリミットがなければ死ぬまで詩人を目指すつもりだ。しかし詩人は漫画家のように若いうちにデビューする職業かもしれない。つまり体力が必要であるとか。よくわからない。wikipediaを読むとチャールズ・ブコウスキーが詩集を出したのは40歳ぐらいらしい。リチャード・ブローティガンは1957年マイナス1935年で……22歳! 二人の名を挙げたが「詩人!」でパっと思いついた者がこれぐらいでしかも実際に彼らの詩を読んだことはない。どうしてゲーテやリルケを真っ先に挙げられないのか。そういえばウエルベックも詩人で33歳ぐらいのときに詩集を出しているようだ。とりあえずこの3人の平均をとって31歳ぐらいが詩人になるベスト年齢としよう。3月に26歳になるとしてあと5年しかない。5年。そもそも5年後も私は生きているのか。とにかく今は詩をたくさん作らなければならないし学ばなければならない。今までの人生に詩なんてひとつもなかったのだ。