やわらかよだつ

空見タイガの創作活動についてまとめた個人サイトです。

2019/01/04 プロフィール
2019/01/18 小説
2019/01/12 イベント

2019
やるべきことをやらなかったために、やらなくてもいいことをやった。たとえば今日の英語の予習を昨日やらなかった私は、いまだ息をしている。
2018
幽霊の足音を知っているかと聞かれたとき、目前の男がむだに電源を入れた多くのパソコンから聞こえてくるファンの音と、冷房と、時計の針、回転椅子に座ってくるくると回っている永川部長の口笛がたえまなく場を温めていたので、少なくともここにゴーストは現れないと答えた。四方原有は使いもしないディスプレイの電源ボタンを指でぽちぽちと押し歩きながら「手紙を投函した男は何足歩行をしているか?」と言った。


人はなぜだか美しいものを愛する。あるいは愛しているものを美しいと評する。純文学先生によれば美は真理や善に通じるらしく彼に寵愛されているヒィッキーによれば美しいものはあまりにも希少ですぐに消えてしまうものなので表現によって留めてやらなければならないらしく彼らにあきれている僕の親友からすればあらゆる哲学者たちが存在の甘い誘惑に負けて美について語りすぎたために哲学を引用して少しでも賢くみせようとする作家の本が美を賞賛し必読の古典を読んで賢くなろうとする大学生や主婦が歴史の深さに圧倒されて感銘し文字を読める人間を聡いと考える人たちが彼らにそこまで褒められるのあれば美はすばらしいものだと結論づけ広告会社は化粧品を売るためにコマーシャルを打ち続けるので作家志望の人間は美しいものを書きたいと抜かすらしい。美容体重に支配された思考停止のオカマどもと彼は揶揄する。「美しいものは確かに美しいかもしらんが、美しいものを愛する心は美しくねえ」


死人は、生きかえらない。奇跡でもないかぎり。そして奇跡は、起こらない。だからもしだれかが生きかえったとしたら、その人はもともと、ちっとも死んでいなくて、せいぜい仮死状態で、こちらで勝手に死んだと思い込んでいただけで、生きながら火葬しようとしていただけで、ドンドンと内側からノックされたので気づいただけで、実際には生きたままだった。そういうケースが多いんじゃないかと、思う。少なくとも今回のケースは、そういう、たぐいだ。


天使のささめきを聞いたことがある。正確にはそれはささめきではなく鼻歌だった。さらに詳しくいえば、だぼだぼのパーカーのポケットに手をつっこんでだらだらと歩いている茶髪の女の鼻歌だった。すれちがったのは、たった一瞬だけ。でも、そもそもすれちがいなんてものは一瞬か永遠のどちらかにしかないのだ。だからこうとも言える。ぼくは天使と永遠にすれちがった。


リストカット先輩はよく中庭に出没し、草むしりをしている。親指と人差し指で雑草の先端をつまんで、ぶちっと切っている。中途半端に残されてぬるい風にゆられる草を、リストカット先輩は容赦しない。ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ。昔は髪を抜いていたらしい。今はさっぱりと坊主にしている。


献辞に目も止めなくなり、それすらも物語に組み込むようになったとき、私は大人になったのだと思った。「けんじって何?」あなたへ、あるいは、あなたに捧ぐ。丸まっていた彼の背がごろんと揺れて踏み込み板にぶつかった。膝を抱える両肘を捕まえた両手が、指先だけあそんで通行人の足音を刻んだ。踏み幅にすっぽりと収まり、向かいの住宅を睨みつけていた。「弟のために作られたごはんをすっかり平らげてしまう話?」私の足は二段下に投げられていた。腹と膝のあいだにたたんだジャケットを挟み込んで、左脇に置いた鞄が倒れないように手でときどき押さえていた。「だったら大人になるのってたいへんだね」弟がいるのか。目前の道を車が走った。夕食のにおいが漂いはじめ、濡れた背中から冷えるような風が吹いた。「ううん、弟はいないよ」マンションの住人が帰ってくる。私たちを不審そうに見下ろしつつも階段を上り、押しボタンを操作する。立ち上がろうとしたところで、少年に手を引っぱられた。交互に見やるうちに、住人の背が透明の自動扉に遮られる。「次、行こうよ」腰を落ちつけて、考える。たった四桁の数字を忘れて閉め出された人々に捧ぐ、物語はないものかと。


小日向が日向ですやすやと眠っている。膝の上に弁当の包みを置いて眠っている。ベンチの背に身を預けすぎないように眠っている。正しい姿勢で安らかに眠っている。


クラスメイトが痴漢している女装男を前に考える。彼は気づいているだろうか。電車が揺れてつり革を持った女装男が座席側に身を倒してくる。すでに見慣れた見知らぬ顔は、見知った制服を着慣れていた。スカート、あるいはプリーツ、白いライン、シャツの半袖、淡い緑のリボン、あるいは白いライン、ポケットと校章、僕と同じ学校の制服。なぜ彼もしくは彼女が女装男であると気づいたかといえば、たつものがたっていたからである。またクラスメイトがなぜそれに気づいていないのかと疑っているのかといえば、彼が胸をまさぐっているからである。一般的に男と女は胸の柔らかさや乳首の位置が違うから、彼も相手が女装男であると気づくに違いない。しかし登校中の電車の中で、毎朝同じ人の、しかも女装か正装かはさておいて同じ学校の制服を着た人の胸を触っている者に常識を問えるものだろうか。


同じ言葉を異なる人から今月だけで三回聞いた。インターネットで調べてみると、それは有名人の発言らしい。「つまり女体は好きだが女は好きじゃないんだ」これで四回目。


男女の理想の身長差は十五センチと聞くけれど、きっとそれは十五センチ差委員会の罠である。自然なことでないから彼らはわざわざ喧伝したのである。本当のことは風に頼らなくても目に見える……想いさえあれば、あとは段差が勝手に二人の間を埋めてくれる。時刻表どおりに電車がやってくるように。次の駅から次の次の駅にたどり着くように。駅から降りたところで、学校に向かって歩く同じ制服を着た生徒の群れから、ぽつんと取り残されているあいつを見つけるように。


文芸部は書く人間を求める他、読むだけの人間をも許す。しかし小説は彼らの間でつねに愛されているわけではない。だれもいない静寂のなかで、床に置かれた攻略本、新書、地図、成人向け雑誌、料理本、絵本が山になって眠っている。机は僕と柏木を隔て、椅子は僕たちの重みにぎしっと音を立てる。人の少ない乾いた部屋が彼の言葉を響かせる。「物語が人生を豊かにする」続きが彼の唇を震わせたが、瞳が僕の顔をとらえた時、開いた口は静かに閉じた。

2017以前

私たちは白や黒には程遠い、緑のきずなで結ばれている。赤でもなければ青でもないその色は、お互いにゆるしあうことをゆびきりする私たちの爪に宿っている。人間の体にはあまりにも不似合いな、芝の緑より濃い緑は二人で選んで買ったものだ。先生に見つかったら怒られてしまうから、私たちは服の袖をむりに伸ばして、指先を見せないように隠す。だから、二人のひそかな同盟は白黒写真で見たって一目でわかってしまう。だって私もイチヤも服の袖が不自然にだるだるだから。


はじまりはやさしさだった。でも「いやになったら逃げてもよし」という説明書きで広まった、まかふしぎなそれにみなが飛びついて、しばらくして状況が変わってきたんだ。


休日夕方自室。突如として正義に目覚めた俺は、猫の死骸とホームレスの垢と妹の髪の毛を煎じたものを友人に内緒で飲ませた。いつも気だるげで冴えない友はがたがたと震えて穴という穴から煙を出したと思うと、大きなため息とともにその煙幕を払う。現れたのは全身を黒で包んだ姿勢の正しい人型。身長百六十八センチだった友に変わらぬぐらいの背丈で、どこもかしこもすらりと伸びている。ケープが合わさったような半袖の黒ワンピース。まっ白な手足がはみでている。すね毛なんて飛んでいった。おっぱい。つやつやミディアムブラウンヘアー。なによりあのむくみ気味の陰惨な顔が、どこから見ても整った美少女のものに変わっている。


ぼくに欠けたものなんて何ひとつない。だけど強いていうなら、ぼくにはペットが足りない。


信号がちか、ちか、ちかと点滅していました。車や人通りのない夜の交差点ではこのような信号機がたまにあるようです。私は横断歩道を前にして立ち止まりました。車は来ていません。信号機も点滅しています。


気持ち柔らかな緑の盤に黒の格子が走っている。盤の両ふちに縦に並べ置かれた石をつまみ、黒、白、黒、白、と指のなかで転がして視線をずらす。その先には一枚の写真がある。中央にぎっしりと、端には掛かっていない盤面がそこにある。お手本を真似するように石を一個ずつ配置してゆく。ぱちん、ぱちん、ときどき間違えてぱたぱたと裏返し、ようやく現像されたそれを眺めて、白の数が多すぎると確浦衡平は考える。


監獄ではなかった。青空を仰ぎながら、寄宿舎のルームメイトである 石尾妙鬼と共に校門をくぐる。


夜がくる。外のつめたさが窓をこえてつたわってくる。青い空が赤色に変わって、黒色になる。夜がくる。


検索エンジンにミニブログのアカウント名を叩き込む。表示された結果の一番上にあるリンクをクリックする。見慣れたミニブログの最新の投稿を確認する。もうしばらく更新されていない。そしてだれも見ていないだろう。ブラウザーの「戻る」ボタンを押して再び検索結果画面に遷移する。検索結果の三番目に小説投稿サイトのタイトルがあった。リンクを飛んでプロフィールを覗く。ユーザーの出身地と誕生日が書かれている。そのまま連載小説の一覧を見る。未完結のタイトルが一つある。


ぼくはいつからおにいさんとなぐりあっていたんだろう。きっと最初はおそろしいことだと思っていたに違いなかった。心臓をばくばくと鳴らして走って帰って布団をかぶってがたがたと歯をならしていただろう。夕食の時間、両親がぼくを問い詰めやしないかと怯えてごはんがまったくのどに入らないこともあり得たはずだった。しかしどんなことでも何度も繰り返すうちにそれがいつもどおりになってしまう。


しんしんと冷え込む夜から朝に掛けて、ページに換算して一万ページほどの新しい趣味が積もった。もちろんそれは人々の処理能力に追いつかない数で、不必要なものと必要なものを自動的に分けることも限界に近づいていた。結局のところ、何が大切で何が大切でないかは個人の経歴によるもので、共通のロジックを持った機械にその分別が理解できるわけがなかった。そうはいっても無作為に抽出するといった方法は好ましくない。趣味に限りがなくとも人間の命には限りがある。粗雑なものを慈しむのは、人生の最適化に相応しくなかった。何よりも素晴らしく、時間に対する効果の大きいものだけを摂取しなければならない。現代ではどれだけ効率的に何かを得ることができたのか、それが人間の指標になる。僕はそういう仕事をしていた。そういう仕事というのは、つまるところ、価値のあるものを人々に供給する仕事だ。


月がとっても綺麗なのをいつも君のせいにしている。そんな日々も今日で終わりかもしれない。なぜなら僕は今、お月様の前で正座をしているからだ。


最近の若者が車や家に興味がないのは、満たされる気持ちの命が短いからだ。維持費が高いくせに、自慢できるのは一度だけ。しかもインターネットが身近になって今も刻々と大量のデータが飛び交う現代において、そんな一度かぎりには何の価値もない。


担当者はしろくまの毛につよく息を吹きかけて、あっと驚いてみせました。


拝啓、叔父殿。監獄に押し込められながら、見えない経緯で下される死刑のときを痛切に感じる季節がやってきました。つまり春です。


美しい満天が広がるのは、そこが美しさから最も遠いためだ。


歯科検診は児童虐待を早期発見できる絶好の機会である。この話を聞いた瞬間、俺をとりまく環境は自由から放置にすべりおちた。色鮮やかだったように見えたものは、すべて色が抜け落ち、その後には銀歯と口臭だけが残った。


凶悪犯罪者になれば本を出版できるらしい。


天井の室内灯と徒然草の一冊を並べて私はぼんやりと考えた。


クラスメイトの記念すべき百回目の死を迎えたところで、僕は現場を後にした。


足跡が自然に消えてなくなるということはありえない話です。覚えていますか。君はぼふぼふと音を立ててまっさらな雪を潰してゆきました。なんの躊躇もなく、です。捨て置かれた事実は君を糾弾できる時が来るまでじっと待っています。しかしこうして見渡すかぎり一面は真っ平らである? そうです、そこがおかしいのです。ねえ、雪は等しくこんこんと降り積もってゆきます。だったらどうして真っ平らになるのでしょう。最初にへこんでいたところは、最後にもへこんでいるべきでしょう?