オリジナルドラフト

男子中学生が好きな未来を思い描くオンライン小説です。

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  線がガッタガタで顔がのっぺぇりとして塗りも線からはみだしてコントラストのひっくぅい初心者のイラストでさえ身体をきちんと描けている問題がようやく解決した夏の朝、俺は学校カバンとはべつにお絵かき用タブレットを横に長ぁい手提げカバン(#f2b705)につめこんで、朝食のかりかりウインナー(#b56923)をくわえながら家を出た。いつものバスに乗り、ノリに乗り、ノリノリで混雑しているバスで集合いずれは離散する愉快なメンバーの身体を観察し――ようと思ったら人人人でギチギチすぎてはみでている顔しか見えないもんで、働き人のシャツ(#f0f8ff)や違う中学のシャツ(#f8f8ff)に同じ中学のシャツ(#fffafa)、その襟元しか視界に入らなかった。せっかくスランプから抜け出せると思ったのに閉塞感でスタート、イヤイヤまだまだ挽回できるぞと俺はバスを一番乗りで降り、ノリに乗り、ノリノリで校門までダッシュして、ようやく人体の群れを見たのだ!
 空の青さは#a0d8efで、俺たちの肌は#faf0e6#ffe4e1#ffa07aもあって、シャツは#fffafaで、その他いろいろな色があって目が疲れたり疲れなかったりするけど、こんなにも明瞭に教えてくれるんだから、めがねってスゴい。でもお絵かき用のタブレットもめがねもドラマチックな重さなんで、死んじゃうほどアツい夏を走ってきた俺はへっとへとだ。イヤイヤ俺の高揚は真実の重さに負けない。登校するクラスメイトあるいはクラスメイトでない人たちの身体をなめ回すように見ながらヨウヨウと下駄箱イン、下駄箱アウト、廊下イン、廊下アウトで教室イン! もうゴチャゴチャのチャゴチャゴなカラーカラーカラーで、しかし耐えるぞ日常を、これはよきイラストを描くための試練なのだ!
 教師が横で副音声してくれる超・エキサイティング! な数学のスペクタクルムービーなんてチンチン。俺は教材用のタブレットのメモ機能を使って、みなみなの後ろ姿をスケッチしていた。でもうまくいかない。まともな人体を描いたのって久しぶりだ。いつも斜め前を向いたバストアップで止まっていた。手を描こうとすると指がボッキーンと折れて腕も折れて鎖骨も折れてしまうし首が長ぁくなる。こりゃバストアップですら描けているか怪しい。チャイムが鳴って、副音声も終わって、ヨイシャ狩りにいくぜ題材を、インスピレーションを得るのだとお弁当とお絵かき用のタブレットを抱えて教室を出て昇降口まで来てアウトインアウトインインインアウトアウトアウトを繰りかえして校舎の陰までやってきたときに見かけた肩までつく長ぁい髪(#663300)をした男が排水溝と校舎の窓のあいだのへりもしくは謎空間に腰をおろしてまずぅそうな卵焼き(#cccc00)を食べていたんだ!
 心プルえる、こいつはきっと変で、変ってことはおかしくて、おかしいってことは素敵で、絶対にいい題材になるぞ。
 というわけで、そいつの真横にぴっちりと座ったら汚いうんこを見るような目で俺のことを突き刺すんだ。
「なあなあなあなななな、一緒にようぜ、食べようぜ」
「やだ」
「なんか死んだ卵みたいだな、おまえの卵焼き」
「あっちいって」
「俺のパパがさ、パパなんだけど、パパだから作ってくれたプチトマトをあげる」
「市販のものを洗っただけでしょ」
「いやいやマジマジ。パパがプランターから作った。粘土から」
「うっざ」
「ぱ、パパを愚弄するな!」
「あんたのことだよ」
 心なしか奴の視線がきれいなうんこを見る目に変わったような気がしてきたところでお弁当のふたを開ける。指でへたを捕まえてつまんだプチトマト(#e02329)をぽいぽいと奴のおべんとばっこにちょっと詰めてやったらミニハンバーグ(#622d18)のソースの中心に落ちたけど気にしないで飯をかっこむ。だって髪長くんが先に食べ終わったらきっと俺を置いて違う日陰に寝そべるから! だから早く食べ終わって囲いこみに込み入って人材の確保だ!
「ゴホッゴホッゴゴゴポォ」
「急いで食べるからだよ」
 なんと、やつは俺に水をくれた。ペットボトルの水をくれた。俺の十数年のはかない人生においてにペットボトルの水をもらったのは学校行事のお手伝いのお礼もとい差し入れだけだったから、うれしくてごくごく飲んだ。落ち着いたころにはまだ半分残っていたけど、我が子のように抱えてふた(#fafdff)をなで回す。
「大事にするね」
「いや返せよ」
「ファースト間接チィッス」
「ふざけんな。金を出せ金を」
「金は出せないけど、のちのち良いもんをフォーユー」
「金でいい、金を」
 俺はしぶしぶとお弁当のふたを閉じてしぶしぶとペットボトルの水を最後まで飲みしぶしぶとお絵かき用タブレットを取り出した。
「髪長くんは髪が長いけど、お絵かきって興味ある?」
「ないよ」
「俺さあ、お絵かき好きなんだけど、お絵かき下手なのよ。でもほかのへったくそな初心者は俺より上手なのよ。それはなんでかっていうと、じつはだれも上手くなかったんだよ」
「はあ」
「ゲームのさ、商業のゲームのさ、イラストを見てキャンワイイ女の子のキャンワイイイ笑顔でこりゃウマシと思ってたんだけど、よく見たら手が餃子だったんだよ。こう、握りこぶしの横っちょがふっくらと膨張していて、そんで他のイラストも餃子を服の袖や構図で隠しているからさ、ははあん、なるほど、みなみなも意外と描けていなくて、なんで今まで気づかなかったかといえば、俺が顔や表情しか見ていなかったからで、いっつも人の顔しか観察していないから顔以外は巧く描けないんだって雷を滝行したわけよ」
「あっそ」
「創作には刺激が必要なんだ。俺は今、止まんないトロッコみたいに爆走中だけど、栄養がなくなったら足が動かなくなるから、水分と糖分補給が必要なんだ。で、水分はもうもらったからあとは当分、おまえが糖分として働いてほっしいの」
 路肩に落ちている犬のうんこを見る目をして、髪長くんは頭をぶんぶんと横に振った。あまりにも髪が長いので、ちょっとフローラルな幻匂がした。
「なんで、おれ、なの」
「夏なのにあつくるしそうだったから?」
 風鈴なんてどこにも飾ってないのにチッリーンとチャリンコのチリンチリンと闘えるほどのチリンが響いて、幻聴ときたら次は幻視だと思ったけど、髪長くんの表情は変わらないままで、答えもないままで、奴は立ち上がって、去っちまった永遠に。
 
 永遠なんてないのだ永遠に! 俺は部活を休んで校門にダッシュして待ち伏せた延々に! 髪長くんは「うげっ」と顔をゆがめて、よく見てみるとほっそい体をしていて、制服を着ているはずなのにぶかぶかと着せられているようで、大きくなるように親御さんの願いが込められたのだ合掌、としているうちに逃げられたダッシュで――奪取せよダッシュで――追いついてぜいぜいと息を吐いてひざに手をつく髪長くんの周りをぐるぐると回ったけどタブレットもめがねも重いので疲れて正面で活動を停止した。
「頼む、俺はもうすんごい絵の構想ができたんだ、それは未来だよ! だからモデルになってちょ」
「じっとするなんていやだよ。この炎天下に」
「ならレスは? ファミリーのレスは?」
「わかったから騒ぐな」
「よし、バーをおごるぞん。ファミリーのレスで!」
「レストランね。レストランで……」
 宇宙が生まれた理由より長大長編超アトラクションな気持ちで俺たちはファミリーレストランでいちばん眺めのよい場所を陣取ってポテトとポテトで乾杯を果たした。さっそく俺だけ席を立って奴の斜め方向で床に対して垂直になりお絵かき用タブレットを起動させる。
「迷惑だから通路に立つな」
「画になるぞお、おまえはとっても画になるぞお」
「座れ」
「お兄さんの、ちょっといい耳見てみたい! 耳ッ! 耳ッ! 耳ッ! 耳ッ!」
「はい見せた! 見せたから座れ!」
 俺はしぶしぶとお絵かき用タブレットを髪長くんに向けて構えてしぶしぶと写真を撮ってしぶしぶと席についた。
「なんで写真を撮ったの?」
「迷惑なんだろ? だから写真を見て家で描こうと思って」
「ならポテト注文しなくてよくない?」
「おまえなあ、写真だけ撮って帰ったら店員さんがびっくりしちゃうだろ」
「写真があるなら、写真でいいでしょ」
 俺はつまんだポテトをちっちっちっと指のかわりに奴の前でへなへなと揺らした。
「写真は過去なんだよ」
「……おごりはおごりだからね」
「いっぱい食べて、大きなポテトになりなよ」
「いやだよ」
 そういうわけで、俺は家に帰って写真を大型ディスプレイに表示させて、デスク(#eae8e1)の前のひろびーろとしたベッドにもなるチェア(#25b7c0)をほどよく倒してお絵かき用タブレットでごしごしと絵を描いたんだ。人の身体をこうまじまじと見るのはめったになくて、特に写真なんて誰がどこでどんな笑顔で写っているかだけを確認するもので、改めて人体とは変な曲がり方をするものだ! 皮のなかに肉があって骨があって血が流れていて生きているとは思えない。しかも血だけじゃない。感情が流れているんだ。奴の退屈そうな横顔、呆れた表情、うんこを見る目。その口元は初心者が描いた絵のように棒で、驚異的なほどに悲しかった。
 
 悲しくても朝が来た! 顔を洗うときにうっすらと浮かんでいる#e8c59cの隈を指で押しながら、俺は今日のことを考えた。いつ絵を見せよう? 早朝から学校に行って昼休みにはお弁当を食べながら歩いて運動部より後に帰ったのに髪長くんは見つからなかった。見つからなかったのだ!
 次の日、俺は髪長くんの写真を両手に校内を駆け回った。タブレットに奴の写真をドッカーンと表示して腕をピシピシと言わせながら叫んだ。「髪長くーん!」何をやっているんだと友達や同じ部活の奴が脇腹をつついてくるけどタブレットの角で殴る。タブレットの角はまぁるいから致命傷にならないのだ! でも会えない。奴はもしかして幻覚だったんだろうか。彼の声は幻聴だったんだろうか。すべてすべて幻だったんだろうか。
 と思っていたら小突かれた。俺はタブレットをぎゅっと抱いて落下を防ぎ、振り向いて、やっぱり落としそうになった。
「やめろ。それだけはやめろ!」
「なんで女装しているんだ!」
 髪長くんはうつむいた。そのまま俺の横を通り過ぎて歩いていった。#0075c2のスカートに黙々とついていくとあの形容しがたい場所に奴は腰を下ろしていた。隣にぴっちりと座る。
「あの日、解散したあと、母さんに見られたんだ」
「ごっつい装備の男は維持費がかかるからダーメって怒られた?」
「格好のことだよ……いや、あんたの話ではなくて、おれの」
「女装趣味に理解がないのかあ」
「あんたは本当に観察眼がないな」
 俺は考えた。うーん。ちーん。うんち。つまり、女装趣味ではないとして、つまり、つまり、つまるところ……トイレの排水路!
「トマトは赤いんだ」
「はあ、知ってるけど」
「俺も知ってる。でもそれはこのめがね、ハイパースーパーめがねが色のコードと、コードの色名、多くの人間が何色と表現するかを表示してくれるから知っているだけで、実際は色なんて何も知らないしわからないんだ」
 いったんめがねを外す。すると世界はとたんに情報を失って俺にとっての元のかたちに戻る。このままではぷらぷら歩くプランも困難だ。排水溝とへんな場所と校舎の壁の境目がわからないから。めがねを元にガシーンと戻す。髪長くんが困ったような顔をしている。
「見えないところでつながっていて、めがねで抽出した色をタブレットでも使えるんだ。だから多くの人が見たときに正しいと思われる色で絵を描ける。ネットでイラストを投稿しても、色がヘンだって指摘されたことはない。ないんだけど……」
 お絵かき用タブレットを起動する。プリントはしなかった。印刷すると実際に描いたときと色が変わる。変わってしまうんだ。
「正しい色で正しく描く。俺はずっとそうしていた。だって正解を知っているのに間違う必要なんてないし、デバイスを使わないで自分で選んだ色は、ほかの人からしたらとても醜いかもしれない。かもしれないんだけど……」
 操作に必死だった俺の顔を、髪長くんが覗きこんでいた。瞳の色は#6f5436で、よくある色だけど、不安げで、きっときれいだ。
「目の前にあるものを正しく描いたら、現実はもっと早く進むから過去の複製になってしまう。だから俺は未知のもの、未来を描きたいんだ。しかも、こうなってほしいという祈りをこめて描く。それは絶対にオリジナルで、もし実現したらしたでうれしいし、未来の下書きになったことは永久に残る」
 俺はタブレットの絵を髪長くんに見せた。奴が固まったので、もしかして表示を間違えたのかもとタブレットを裏返して問題がなかったと安堵してもう一度裏返したら、髪長くんは声を出さないで泣いていた。
 
 泣くほど下手だったのかあ。
 翌日。俺はしとしとと歩いていた。太陽はサンサンとしていたけどお絵かき用タブレットもめがねも足も濡れたように重くなって前に進みやしない。髪をうんこ色で塗っていたのかもなあ。こんな風に見えていたのかって失望されたかもなあ。なあなあなあ。
 のろのろと下駄箱で上履きと外履きを三回ほど間違えていると背中をなぞられた。俺はまず上履きの先端(#65ab31)、次にズボン(#0075c2)、シャツ(#fffafa)、顎(#faf0e6)を見て、ずんずんと上がって短く切りそろえられた髪(#663300)を確認した。
「おはよう」
 本当を知ることができないことに、俺は絶望したことがない。だって、全部思いがけないほうが未来を好きな色で描く余地があるから。
 そこにはさっぱりとした髪で笑顔を浮かべている、俺の絵が立っていたんだ!