等身大きゅうり

男子中学生が高い理想に首を痛めながら夢オチするオンライン小説です。

等身大きゅうり

究理

 事故のニュースを見るたびに、泣き出しそうになる。
 雲が多く薄暗い朝だった。急病人の救護のために、電車は数分遅れて到着した。天気が悪いからか、いつもより乗降客が多いように思われた……外に出ると小雨が降っていた。最初は雨の音より傘を開く音のほうが大きかった。そのうち、掻き分けるように進む靴の重みから飛び跳ねる水の音が辺りを占め、それもだんだんと失せてゆく……傘を持ったまま見上げることはむずかしい。だからおれは俯いた視界の中に靴と白い足、長いスカートを見つけて「こうくん」と呼びかけられるまで気付くことができなかった。
「久しぶりの雨だね」
 一歩だけ、遅れた。そのことを悟られまいと大股で歩いた。「そうだな」と答えたところで、今、現在進行形で天気の話をしていると気づいた。
「こうくん、笑ってる?」
「うん。沙月と一緒ならこんな天気でも楽しくなるなって」
 いつもより沙月の進みが早い。雨の日はいつもそうだったような気もするし、おれが焦りすぎているだけな気もする。半歩まで詰めて、息がきつくなる。
「その言葉は嬉しいけど、時々わからなくなるな」
 すれ違う高校生たちが激しい言い争いをしている。
「どうしてかなって。わたしは面白いことを言えないし、こうくんと気が合うわけでもないし」
 雨粒に震えた自転車はベルをひとりでに鳴らしながら走る。
「わたしがこうくんを好きな理由はわかるよ。こうくん、好きだって何度も言ってくれるし。小さくて可愛いし。転入してひとりだったわたしと遊んでくれたし。背が高いだけでクラブ活動に誘われて困っていたわたしを助けてくれたのも、こうくんだったよね。だから、わたしがこうくんのことを好きになるのは自然なことだと思う。けど――」
 今日はよく話すな。並んで歩くことに気をとられて、雨の音がうるさくて、よく聞こえない。
「こうくんがわたしを好きになるのは不自然だなって」
 はっきりと聞こえたと同時に雨が急に強くなる。おれはなんとか沙月に追いついて、叫ぶ。
「何が不自然なんだよ! 背の高い女の子が好きなだけとか、いろいろ考えようはあるだろ」
「それも少し考えたけど、でもここまで身長差のある子を好きになるのはおかしいよ。こうくんが特殊な趣味の人になっちゃう」
「おれは特殊な趣味の持ち主なんだよ!」
 せっかく近づいたのに、沙月はさらに早く歩く。急ぐ足で水たまりを踏んづける。
「わたしが転入した頃、こうくんはアキラちゃんにいじめられていた。でもこうくんがわたしに構い出してから、アキラちゃんの手がゆるんだ……わたしはそこに、うまく居ただけというか」
 いつの間にか駆けっこをしているようになって、おれは沙月の大きな背を追っている。
「わたしに好きって言うより、アキラちゃんに言った方が自然だし、うまくいくよ」

三五三

 何かがおかしい。
 鞄に入れたはずの、金曜日の時間割にあわせてもってきた教科書が消えている。その時間割も、まったくばらばらでどの曜日にも当てはまらない。筆箱を開くたびに中身が変わり、上った階段でいつのまにか下っている。田中やアキラの言動も一貫性がない。なにより沙月が逃げる。おれより長い足で、一歩を五歩ぐらいにして歩きながらに走る。追いかけようと廊下を駆けると田中が怒る。「高井さん、お戻りなさい。給食の時間ですよ」だれだおまえ。
 本日二度目となる給食の時間。どこからともなくバターパンとスープ類の匂いがするはずなのに、目の前にはカレーライスがある。班は完全に形を失い、いびつな山を作るように左右上下交互に机が傾けられ、各々が別方向を見ながら食事をとっている。
 頬に何かが触れた気がして振りかえると、肩からぽろりとアスパラガスが落ちた。
「えへへ、幸吉! おすそわけしてやるよ」
 アボカドのついた歯を見せて、斜め後ろの席に座るアキラが満面の笑顔で人参スティックを投げつけてくる。おれは後頭部に人参スティックがひっついていることを予感しながら、それでも前を向いてカレーライスの中心に刺さっているきゅうりを見つめる。
 あちらこちらから牛乳の動く、食器が落ちて跳ねる、スープがストローの中を通ってゆく音が聞こえる。

二〇

 おれたちの見えないところで、時計がずる休みをしている。ほら、今は注目を集めているからきちんと刻む。けれど少し目をそらしてから、ふたたび見てみると時計の針が少し戻っている。人間に気づかれたかどうか不安そうに、びく、びく、と長針を振るわせながら、ぎこちなく間違えた時間を刻みだす。
 授業と授業の合間に、肩を叩かれた。振り向くとおれの椅子と後ろの机の間にぴっちりと田中が挟まっている。
 田中はおれの頭にぬいぐるみストラップをのせて、笑いながらに去ってゆく。
 返そうと思って頭に手を伸ばすと、指はポテトをつまんでいる。
 食べようと思って口を開けると、ポテトは横から出てきたアキラの手につままれている。
「きゅうりをぼりれよ」
 アキラは氷を砕く。

七四

 沙月を追いかけようと階段を上ったところで一階に下る。一階から上ってみると屋上前にまでたどりつく。鍵がかかっているはずの扉に手を掛けると容易に動く。押すように開いた先に図書室がある。
 新刊コーナーで本を読んでいる沙月の隣に立って、こっそりと中身を覗く。ぺらぺらぺら……精査されることなくめくられた紙にはそれぞればらばらのページ数が刻まれている。近くにあった本を手にとって、自分でも読んでみる。九三ページの次は百六四ページ。百六四ページの隣にあるのは百八九ページ。たまに奇数や偶数であることも忘れて、三五三ページの次に二〇ページがある。さらにさらに二ページ、一〇〇〇ページ、一五一〇ページ、三ページと続き、これでは沙月がハッピーエンドの物語を見つけることができない。そこまで考えて、すでに沙月が消えていることに気づく。

九三

 よくわからないことがよくわからないとわかると、少しだけ気分が安らぎ、男子トイレの先が女子トイレになっていることも許せる気がするけれどアキラは許してくれなかった。

百六一四

 追いかけていたと思った沙月に追いかけられていた。「こうくん、こわい?」「怖い」上った階段で下る。「わたしもこわいよ」一年生の教室に入ると三年生の教室につながる。「怖いな」廊下に出ると二年生たちに出会う。「こわいね」口を開けながら廊下を歩いていた田中の足を引っかけて、無事に沙月から逃げとおす。

百八九

 痛みのない走行音に向き直ると田中が拳を開いたり閉じたりして、説明するようにこう言った。
「俺さ、実は安藤ちゃんのことが好きなんよ」
 乾いた雑巾を絞ると綺麗な水が出てくる。片手を開いてみると、強く力を入れた分だけ手が白くなっている。同じバケツでパセリの端を水に浸して遊んでいる田中が、頬を緩ませて安藤を見ている。
「知るかおまえの恋路なんてどうでもいいこの世から失せろ」
「ここだけの話、安藤ちゃんも俺のことが好きだと思う。なぜなら俺の尻をよく叩くから」
「おれじゃなくて安藤さんに告白しろよ」
「あのなあ、高井。こっちから告白したら尻に敷かれるに決まってる。女の言うことなんて絶対に聞くもんか! 鼻の下を伸ばしてデレデレ隷属するなんてアンチ純愛同盟の長として示しがつかねえ。だから俺は安藤が頭を下げて告白してくるまで待つ! ノートに色ペンで歌詞を書いているような著作権法違法女に愛なんてうたわねえ!」
 勢いよく宣言した田中を蹴っ飛ばしたアキラが、床に投げ出されてびくびくと痙攣するやつの背を踏む。
「尻尻うるせえんだよ」
 アキラは尻もちをついたおれの胸元にまで足を伸ばした。その撫でるようなやわらかさに、上靴を脱いで触れているのだとわかった。
「きゅ、急に足をあげるな。パンツが見えるぞ」
「おめえたちだけハッピーエンドなんて許せない。ここで消滅させてやる」
「対人間に使う表現じゃねえよ」
 田中は死んでいる。他のやつらもみな倒されてしまった。もはやこの教室の中では、おれだけが生きている。

 やわらかい雨水が傘からそっと垂れて、いつの間にかはみでていたおれの右腕をなぞるように濡らす。
『こうくんがわたしを好きになるのは不自然だなって』
 どんな理由があれば納得してもらえるんだろう。
 どれほどの出来事があれば受け入れてもらえるんだろう。
 どれだけの奇跡があれば、自然に好きになったといえるんだろう?

一〇〇〇

 消しゴムで白い紙をこすると黒く汚れる。鉛筆を寝かせて塗ると白に戻る。蛍光ペンは文字の色を変えて、油性のフェルトペンは……何も書くことができない。
 五度目の給食を終えて、腹を擦りながらに黒板の前にいるアキラと田中を見る。二人は石を取り合っているらしく、引っ張り合いながら激しくなじりあっている。
「よう、田中ァ。間接的にフラられたんだって? 残念だったな、安藤が小学生好きで」
「お、俺にも小学生の時期があったもんね! それに今からランドセルを背負って細目で見れば小学生にも見えないこともないですしししし」
「こんな不細工な小学生がいるか」
「おおおおおお前だって好きと明言しないから振られもしないだけで、実質お断り状態よ。言っちゃった!」
「何だと。もういっぺん殺してやる」
「復唱すら許されなかった!」
 田中を倒したアキラが視線に気づいて、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。おれはそこから見えないとわかりながらも、膝に手を置いて背すじをぴんと伸ばす。やつは椅子の背に手を置いて、覗きこむように顔を近づけた。
「なあ、覚えてるか。一緒に汚え川のきれいなところを探しに行ったな」
 行きたくなかったのに縄跳びでくくられて連行された。
「屋台でりんご飴もたこ焼きもわたがしも焼きそばもなんでも二人で買って、二人で食べた」
 ほとんど食べられた。
「長期休みの宿題はいつも二人で片付けて」
 ほとんどやらされた。
「運動会のクラス対抗リレー、おめえが渡したバトンで優勝した」
 渡し方が下手だと言われてバトンで殴られた。 
「あの頃は、楽しかった。そうだろ?」
 起き上がった田中をふたたび眠らせるために遠ざかるアキラの背を見る。おれと変わらないぐらいの丈、いつの写真を眺めても越したことも越されたこともない身長。どうせ過ぎ去れば美しくなる。消しゴムで書いた文字もいずれ鉛筆のそれと見分けがつかなくなる。願ってもないことだって長く続けばただの人生になる。沙月を追いかけなくても善いのかもしれない。無理なく一緒にいられるやつと一緒にいることが理想なのかもしれない。不自然な姿勢をしなくてもなお結ばれることによってその想いは裏付けられるのだと。
 そうなんだろうか?

一五一〇

 バケツと雑巾と箒と黒板消しを田中に装備させたおれはアキラを避難階段に連れ出した。雨はすでに止んでいたけれど、ふとして掴んだ手すりが濡れていた。アキラも誤って濡らしてしまったらしい、手をおれのシャツに押し付けて拭うようにこすりつけた。
「なんだよ急に呼び出して」
 踊り場で二人並んでグラウンドを見る。水たまりができていて、遠目でも地面がしっとりとしていることがわかる。アキラの方を向けば、すでにやつはこちらを見ていた。
「おまえ、おれのこと嫌いだよな」
 何度か瞬きした後でやつは頷いた。
「今更なんだよ、ずっと分かってただろ」
「沙月から見るとおれとおまえがお似合いなんだってさ。意味わかんないよな」
 そうだなとアキラは小さくつぶやいた。
「おれがおまえに好きだと言ったらすべてがうまくいくらしい。ありえないよな」
 ありえるかもしれないとアキラはこそこそと言った。
「なあ、この前は勝手に決め付けたけど、おまえにも好きな人がいるのか」
 いるよと答えたその声はあまりにもか細かった。
「何で好きになったのか思い出せるか」
 よくわからないと今にも消え入りそうに囁いた。
「それは変だな。おれはいつでもその時の気持ちを確かめられる。どうして好きなものを好きになったのか」
 アキラはおれの両肩を掴んだ。強く揺さぶって、それから抱きしめてきた。
「変なのはおめえだよ、幸吉! ずっと一緒にいたのに、身長だってなんだっておめえとお似合いなのは私なのに、なんで当てつけみたいにあいつのことを好きになったんだよ!」
「当てつけじゃない」
 ぴったりとくっついたアキラからはあまりにも匂いがしなかった。そんなことはないはずだけれど、少なくともおれには何も感じることができなかった。
 ゆっくりとアキラの手を引き剥がす。濡れた瞳を真っ直ぐ見て、唾を飲み込み、吐き出した。
「おれは……アスファルトが明日もアスファルトであることに感動しない」

 むかしは電車もバスも嫌いだった。
 アキラに日直の仕事を押し付けられたおれは教室に残って日誌を書いていた。その時、隣には転入してきたばかりの沙月がいて、やつはフェルトペンで教科書に名前を書いていた。
「いやいや、小皆クン。ふつう、名前は家で書いてくるものじゃないのかな?」
「うん……そうなんだけど……鉛筆で書いていたのを、先生にだめだよって言われて。それで忘れないうちになぞっておこうと思って」
「忘れるのが嫌なら連絡帳に記せばいいんだ。さあ、帰った帰った!」
「高井くんって、ペンの音、嫌いだったりする?」
 いつの間にか睨みつけていたのか「うう」と小さく声をあげて沙月は上目でおれをおそるおそる見た。
「さっきから頬杖をついて、耳を折り曲げてるから。それにペンを持っている二角さんに追い回されているのも見たし」
「女子に追い回されてかっこわるいかよ! ついでにペンの音が嫌いでわるいかよ!」
「そこまで言ってないけど」
 ほとんど肉のついていない、すっとした鼻のラインを何度も滑り落ちて、沙月のため息を見る。そこにアキラや他の女子がやるような嘲りの色はなく、あってもなくても変わらない透明な息だったことを覚えている。
「べつに、単純に苦手ってわけじゃなくて。信念上の問題なんだよ」
「しんねん?」
「油性のフェルトペンならガラスや石にも書けるだろ。そういう音が嫌なんだ。ふつうなら書かないものに無理に書いたその音が。鉛筆の芯がこすれて紙の繊維にくっつくのとは違う、物理的に塗りつぶしたみたいな、暴力が」
 めくる必要もない日誌をめくる。白紙のページが続く。ひどく、つかえて、その手すら止まりそうになる……その前に沙月が口を開いた。
「でもフェルトペンにとってはそれが自然なんだよ。自然になるように、人間が作り上げたんだよ。わたし、それってすごいことだなって」
 おとなしくて、暗くて、何を考えているのかちっともわからない女の子がはにかんでいる。
「不自然なものを自然なものにしようとがんばる、人間の心が奇跡だと思う」
 ただそれだけだった。それだけですべてが見違えるようになった! 電車はただの重たい科学でなくなり、電池の切れた電波時計の針がぐるぐると壊れたように回り出すことも怖くなくなった。しかし意味の変わった世界でおれは一人ぼっちのように思われた……どこまで歩けばよいのかわからない迷路の中で、背の高い壁の向こう側に動く頭を見つける。おれは声をかける。その人は壁に手を掛け、爪先立ちをしてこちらを覗きこむ。目があう。ともにこの迷路を歩いて、一緒にゴールしたいと思う。このすべてが恋の威力なんだ。

 授業がいつ終わったのかも知らないで、昼休みが、清掃の時間が、何が過ぎたのかも気にしないで、晴れだした青から唐突に降ったり止んだりする雨に囃されながら、中庭を、グラウンドを、校門を、通り抜けて追いかける。
「沙月、なぜ逃げるんだ」
「わたしにもよくわからないよ」
 とつぜん立ち止まった沙月の背にぶつかって尻餅をつきそうになる。けれど、くるりと振り返ったやつがおれの腕をひっぱった。
 背後には水たまりがあり、目前には沙月の顔があった。
 見えてきた太陽の光を受けて、おれの背後にせまる水たまりが照らされ、おそろしく近い沙月の瞳をきらめかせた。
「いつも、いつも最初に理由がでてくる……むかし、雨露にぬれた葉を見て、それを見ているだけで一生を終えてもいいような、恍惚があった。でもそのことを思い出したときには、なぜそう思ったのかを考えはじめて、わからなくなってしまったんだよ」
 ゆっくりと後ずさってバランスを取り戻す。まっすぐ立って、奇跡でもなければキスすらできない人と向かい合う。
「なんでわからないのか、おれにはわかる」
 一瞬一瞬を率直に生きていれば、いつでも気持ちを取り戻せる。
 好きなものをわざと貶めない、気を惹きたいからと突飛なことをしない、恥ずかしいからといって誤魔化さない、そう生きてきたと誇れるなら、どんなに問いただされたって胸をはって言える。
「本当に好きだったからだ。大好きだったから理由なんてないんだ」
 不自然な感情なんてどこにもないんだ。
 そのとき、強い風が吹く。といっても風単体にふつうの人間を吹き飛ばすほどの力はない。だけれど風によって運ばれてきたものが、勢いよくぶつかってきたら? どこからやってきたのかわからない多くの紙が舞い込むようにおれたちに襲いかかる。せっかく立て直した体勢はすぐに崩れ、手を伸ばした沙月までも足を取られ、二人で水たまりの中に落ちる……前に、飛ばされるだけ飛ばされて力を失った紙が草原のように広がっていた。少し湿り気のある紙のベッドの上で、おれは沙月に押し倒されている。
 二人で見つめ合う中、おれの顔面を覆った空気の読めない紙を引きはがしてみる。ポップな字体で書かれた題字は、田中やアキラと一緒によく眺めた覚えがあった。
『今月の献立』
 すばやく下敷きにしている紙たちの文面を追う。金曜日が六時限の『時間割』、木曜日に体育が三時間がある『時間割』、水曜日に化学と公民しかない『時間割』、おれの顔に手を伸ばす沙月の腕には『時刻表』がよれよれとはりついている。長いまつげがおれの頬をなでる。口元がそわそわとする……。
「こうしてみると」
 石鹸のような匂いが掠める。 
「えっちなことは難しくないかもしれないね」

 胸がいっぱいで、それどころじゃなかった、そのはずだった。
 だけれど、おれたちの元に落ちてくる、一枚の紙につい目が惹きつけられた。
『車内が大変混雑し、ご迷惑おかけしております。事故死するべきでない人間が事故死した為に、ダイヤが大幅に乱れております。』
 この世に事故死するべき人間がいたのだろうか。
 やわらかく圧されながら、おれは祈る。みなが乗り換えで難なく目的地にたどり着けることを。間に合った先で、少しだけ振りかえって事故を悼めるように。

 時刻表どおりに電車がやってくるように、次の駅から次の次の駅にたどり着くように、駅から降りたところで、学校に向かって歩く同じ制服を着た生徒の群れから、ぽつんと取り残されているあいつを見つけるように、やがて歩き出したおれたちの足並みは自然に揃ってゆく。
「やっぱり待ち合わせしようよ」
「待ち合わせなんてしなくても、おれにはおまえが一目でわかる」
「だったらすぐに声を掛けてくれればいいのに」
 でも。
 明日、時刻表どおりに電車がこないかもしれない。次の駅から次の次の駅にたどり着かないかもしれない。駅から降りたところであいつを見つけられないかもしれない。二人の足並みは、揃わないかもしれない。
「おれを見つけて喜んでいるおまえが可愛いから」
 いつも落ち着いていて、ときどき子どもっぽくて、今も少しそっぽを向いている女の子が微笑んでいる。
「だって私には一目みてわからないし。こうくん、みんなの肩に隠れて全然見えないから」
 まるで夢のようで。
「身長二メートルぐらい欲しい!」
 昨日好きだった人と今日会えたことが、人生で一番うれしい。