詩人を目指す

会社員が詩人を目指す記録です。

完成させた詩:50篇

記録

2020年8月13日
『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。今年の3月から書きはじめて50篇目。私はようやく封筒に宛名を印刷できるようになった。無印のクラフト封筒に印刷すると見た目がカッコよくなる。テンションが上がる。次の投稿が楽しみになる。楽しくなれば続けられる。続けられたら練習になる。練習をすればきっと上達する。たぶん。仮に詩が上達しなくても印刷はうまくなる。次は角2で綺麗な宛名書きができるようにラベルシールを購入した。よい詩を書いてよい封筒を作るぞ!

2020年8月12日
『現代詩手帖』に詩を投稿した。2篇。コンビニ内にあるポストに投函して何も購入することなく立ち去った。

2020年7月23日
詩をたくさん投稿した。6篇。
・『ユリイカ』1篇
・『詩と思想』3篇
・「第三回岡本彌太・詩賞作品募集」1篇
・「第47回ぬまづ文芸」1篇
予定どおりにコンテストに応募できた。しかし応募できたコンテストは予定どおりではない。本当は違うコンテストに応募する予定だった。だが7月末締切だというのに応募要項や応募票がまったく見つからなかった。リンク切れ。他のサイトに応募要綱は載っていた。だが応募票が印刷できないなら応募できない。というわけで違うコンテストに応募した。これで7月は9篇を完成させたことになる。3月から書きはじめて47篇が完成した。8月の投稿で50篇を超える。まだ印刷すら試行錯誤している段階だ。レベルアップが遠い。

2020年7月16日
『現代詩手帖』に詩を投稿した。3篇。投函が遅くなってしまった。夜の11時に出したから実質17の朝に投稿したことになる。来週月曜日の20日には間に合うはずだ。おそらく。たぶん。今回は投稿するタイトルをTODOリストに設定して三十分でまとめて書いた。かなり楽に完成できた。いつもは何の準備もなく書きはじめていた。その方が発想の飛躍に期待できそうな気がしないでもないが悩みながら書くことになる。悩んでしまったら悩んだことの詩になる。これからはTODOリストを用意しよう。あと早めに郵送することもリストにつけ加えておこう。

2020年6月30日
「日本現代詩人会」に詩を投稿した。3篇。179文字。264文字。319文字。結局6月の最長は370文字だった。長い詩を書けないことがわかった。長い詩になりそうなものは小説にしたくなる。その小説も短編になるのはおいといて。来月は雑誌への投稿に加えてコンテストに応募する予定。定額小為替もきちんと購入した。平日に郵便局に出向かないと買えない定額小為替。応募者をふるい落とす運営者の策略なのか。換金しやすいのか。振込させて。

2020年6月27日
『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。138文字。242文字。249文字。締切の末日に間に合わせるには微妙な日に送ってしまった。先月も27日に送っていた。しかし6月は5月と違って30日しかない。しかも明日は日曜日だから普通郵便の配達はない。こんなことに苦悩するぐらいなら早めに投函しておけばよかったのに。同じことを先月も書いている。来月もきっと書いている。

2020年6月15日
『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。104字。Twitterに投稿できてしまう短さ。コンビニの中にあるポストに投函したが他の手紙でパンパンだった。なんとか入れた。私の後ろに並んでいたおっさんは大きな音を立ててポストに手紙を押しこんでいた。ぐしゃぐしゃぐしゃ。私の104字が。ポストの中身が回収されるころには何もかもボロボロになっていそうだ。先攻をとっても後攻をとっても不幸になる手紙押し入れゲーム。みなが幸せになるかたちを模索してゆきたい。ひとまずコンビニのポストは使わないようにする。

2020年6月13日
『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。370字。たぶん短い。長い詩を書こうと思ったが書けなかった。憂鬱になってくる。なぜ私の言葉はいつも短いのか。思いだしてみると私の思考はあまり長くない。すぐに結論付けないことを結論付けてしまう。詩はきちんとオチのついたエッセイになる。おそらく詩の場合はオチをつけてはならない。小説ではないのだから。ところが私はべつに小説でなくてもオチをつけてしまう。小学5年生のときにほぼ毎日ブログを更新していた。ただの日記だ。その日記で毎日オチをつけていた。ただの日常のどこにオチをつける余地があるというのか。つまりオトさなくてよいところまでオトしている。いくらでもオチをつけられるということはいくらでも完成させられるということだ。美点に思える。しかし詩を書くときには弱点になる。もっと広がらなければならない。私は詩を音楽だと考える。言葉は音楽を構成するための音にすぎないと。実際に詩として求められているのは香りだろう。イメージとするなら蒸気だ。ゆらゆらと上るレモングラスの香りはレモングラスを想起させない。まったく別のかたちをとった癒しをもたらすのだ。オチをつけてしまう私の詩はレモングラスと結びついてしまっている。だから短いのだ。レモングラスはレモングラス。ほら13文字。

2020年5月27日
『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。いつの間にか5月が終わろうとしていた。締切は毎月末日。消印なのか必着なのか。おそらく必着だろう。必着でいつも気になることは土日である。今年の5月31日は日曜日だ。日曜日に届いた郵便物は必着に間に合っていると言えるか? ごくふつうの会社員の感覚だと言えないような気がする。というわけで今月の最終金曜日に間に合わせるために急いで投函した。郵送準備のためにいつも会社にもっていく弁当を用意できなかった。25日ぐらいに投函しておけば焦らずに済んだというのに。今月はたった5篇の応募になった。少ない。そしてどれも短い。6月はいつもより長いものを書こう。

2020年5月19日
『ユリイカ』に詩を投稿した。1篇。『ユリイカ』には投稿する勇気がないと前に書いた。勇気が出た。というのも詩を書いているうちに『ユリイカ』を読めるようになった。気がした。よくわからない成長。というわけで書いた。しかし『ユリイカ』の募集要項は謎だ。宛先すらまともに書かれていない。送り先は『ユリイカ』編集部「今月の作品」係宛としかない。だからまずは住所を探した。縦組みでプリントアウトしてくださいと書いてある。何行何字かわからない。何篇応募してよいのかも謎だ。「作品一篇が二枚以上になる場合」綴じてくださいとあるから複数篇を許しているように思われる。もし1篇のみの応募が前提であれば「作品一編が」は必要ないはずだ。今回は1篇1枚だけの応募になった。定形郵便物として切手を貼ってポストに投函した。切手は郵便局であらかじめ購入した特殊切手を使用した。美術の世界シリーズ。シール式でペタっと貼ることができる。柄もよくて郵送が楽しくなる。ウソ。郵送はいつも楽しい。

2020年5月12日
『現代詩手帖』に詩を投稿した。1篇。「このスタイルでこれから書いていこうかな」と思える詩ができた。思えるだけ。もっと他の書き方を試さないといけない。最近はずっと角形2号の封筒で送っている。少し厚めのよい紙に印刷するようになったからだ。折り曲げて郵送すれば安くは済む。しかし気持ちよくない。封筒はコンビニか100円ショップで購入したものを以前まで使っていた。今回からアスクルの封筒を使用することにした。ロハコで注文したものだ。100枚で640円。ものすごく感動した。フタをピシっと折り曲げることができる。これまたロハコで購入したファンシーなデザインのピットのりは本当にすいすいと糊付けできる。その完成形はどこに出しても恥ずかしくないスマートな郵便物。思わず手にもったままウットリと封筒を眺めてしまった。よい紙とよい封筒に見合うよい詩を書けるようになりたい。

2020年4月28日
「第16回文芸思潮現代詩賞」に詩を投稿した。3篇。危なかった。本当は前日の27日夜に投稿していた。ところが応募規定のpdf以外に文言を見つけた。詩のタイトルや応募者情報を書いた別紙をすべての詩に対して1枚つける。私は別紙を3枚用意していた。1篇ごとに用意する必要があると勘違いしていたのだ。ちょっとしたミスだが致命的にも思われた。このコンテストでは応募規定を厳守しないと「失格」になるらしい。とにかく「失格」にしたいらしく応募規定には3回も「失格」と書いている。応募審査料は1500円。このままでは定額小為替1500円分と貯金窓口に並んだ時間がムダになってしまう。というわけで朝からゆうゆう窓口に行って郵便物を取り戻す手続きをした。返ってきた。応募しなおすことができた。終わり。もしもこれが応募締切ギリギリの出来事であったら絶望して何もできなかったかもしれない。締切の一か月前に応募してよかった。いつもこの余裕を保っていたい。

2020年4月25日
『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。微妙な日に郵送してしまった。4月は30日までしかない。午後に差し出した普通郵便は翌々日に到着する。そして明日は日曜日。ギリギリだ。新型肺炎やゴールデンウィークの影響で配送が遅れたら月末までに間に合わないかもしれない。レターパックライトで郵送するか悩んで賭けに出た。人生で賭けに出ることがこれぐらいしかない。

2020年4月12日
『現代詩手帖』に詩を投稿した。7篇。先月「10篇の応募を目標とする」と書いたが他への投稿も考えて7篇に。はじめて散文詩を書いた。1篇だけ。詩というよりエッセイみたいになった。むずかしい。今回の応募はコンビニで切手を買って貼って投函した。しかし切手をうまく貼れている自信がない。コンビニの切手用スポンジはいつも信頼できない。ネットで調べると「切手ぬらし器」が存在するとわかった。ローラーを回転させて水をつける。世の中には何でもあるんだなと思った。コンビニで貼らなくてもいいように切手はあらかじめ備えておこう。

2020年4月05日
「第5回永瀬清子現代詩賞」に詩を投稿した。1篇。初めての詩のコンテストへの応募。定形郵便物として送ろうと思ったが手元にある封筒のサイズに自信がなかった。せっかく郵便物の重さを量れるスケールを購入したのに。必要不急で郵便局に向かうと「ゆうゆう窓口」に列ができていた。封筒を手に持っているのは私だけ。結局84円で定形郵便物だった。今後に活かしていきたい。

2020年3月31日
「日本現代詩人会」に詩を投稿した。2篇。つい最近に知った存在。WEBでの投稿を募集している。3か月毎に3篇まで。本当は3篇を送るつもりが書こうとしていた1篇の内容を忘れてしまった。メモをきちんと取るクセをつけないといけない。4月は雑誌の投稿のほかに詩のコンテストに向けて作品を完成させたい。

2020年3月23日
『詩と思想』に詩を投稿した。3篇。『詩と思想』の最新号が3月末まで手に入らないと勘違いしていた。きちんと2月末発売の3月号があった。ネット書店で販売していなかったからリアル書店を回って手に入れた。書店は大混雑だった。自粛ムードを介してみなの外出パワーが本パワーに変わった。本を家で読むまでに会計で並ぶようでは自粛もなにもない気もするが……。それに『詩と思想』はなかなか置いていなかった。でも読みやすい雑誌だ。『現代詩手帖』『ユリイカ』『詩と思想』の中だと『詩と思想』がいちばん波長が合う。しかし一回につき3篇までしか応募できない。しかも長さの制限がある。短文を改行するスタイルをとっていると書ける内容が限られてくる。投稿先によって書き方を変える必要がある。

今回の応募では用意した封筒に切手を貼って投函した。140円。切手代・封筒・両面テープ込・1kgまでのスマートレターが180円であることを思うとお得感はない。しかしスマートレターはA5サイズまでしか入らない。だからA4サイズの原稿は折らないといけない。今回は角形2号の封筒を使ったから折り目をつけずに郵送できた。時間に余裕があるときはこの方法で投稿しようと思う。

2020年3月7日
『現代詩手帖』に詩を投稿した。6篇。本当は5日に締めて6日に投稿する予定だった。プリンターの準備に手間どって7日までずれこんでしまった。20日必着だからと18日ぐらいの投稿を目指さなくてよかった。何もかも思いどおりに進むとは限らない。印刷の失敗で紙を15枚ぐらいムダにした。それと4篇目として書いていた作品はやはり完成しなかった。もともと小説として書こうとしていたものを詩として書こうとしている。構成が浮かばない。散文詩にするか。でも長くなりそうだ。長い散文詩ってそれは小説ではないのか。ぐるぐるする困難。来月の応募分までには間に合わせるつもりでいる。今月の応募にはスマートレターを利用した。1kgまで郵送できるから重さがわからなくて切手を買えないときに便利だ。封筒の用意もしなくていい。両面テープも最初からついている。強度もある。日曜の配達はないがレターパックライトより安い。あとデザインがかわいい。

20日までに着いた原稿は翌月28日発行の翌々月号に入選作として発表されるらしい。だから今回の結果は4月28日の5月号にわかる。正直まったく期待していない。詩はほんとうにわからない。今回の6篇は技巧を凝らすことなく率直に書いてみた。だが率直というより愚直なのかもしれない。今はまだたくさん書いて学ぶ段階であるから少しずつ工夫を覚えていきたい。来月は10篇の応募を目標とする。

2020年3月3日
詩人を目指すことにした。詩人を目指すにあたって「詩人を目指す」のページを作成した。ここでいう詩人とは職業詩人のことだ。職業詩人とは金をもらって詩を書く人のことだ。言葉を換金する現代の錬金術師だ。詩人を目指すにあたっての問題はこれまでの人生においてまったく詩を書かなかったことだ。読んだことも小説と比べてほとんどない。試しに買ってみた『ユリイカ』は開いてすぐに閉じた。わからない。本当に何も。この世には絶対に詩人に向かない人間が1人だけいてその1人が私ではないのかと思うほど。そもそも韻を踏んでいない詩の読み方がわからない。ふつう文字を見たときに音として鳴らないか。現代詩は音楽でなくてもよいのか。

とりあえず詩人になるためには詩を書かないといけない。だから詩の雑誌である『現代詩手帖』『ユリイカ』『詩と思想』に詩を投稿しようと考えた。しかし『詩と思想』の最新号は3月末にならないと手に入らないし先述の『ユリイカ』に投稿する勇気はない。『詩と思想』はひとまず保留としておいて『現代詩手帖』に詩を毎月応募してゆくことにした。一回で何篇でも応募してよいようなので書きためてから応募する。規定では20日必着。とりあえず毎月10日をめどに準備をする。ただし今年の3月は他にやることがあるため前倒しして5日にする。

この記事を書くまでに詩を3篇は書いた。そして4篇目を書いている。1日どれだけ書けばよいのかわからない。やはり詩人を目指すのなら1日1篇は書かないといけないのか。むずかしい。そもそも1篇の適切な長さもわからない。3篇の文字数は50/74/412だ。雑誌に投稿されている詩を読むかぎり短いと思う。4篇目は今までで書いたもので一番長い。完成するビジョンが見えない。5日までにはできないかもしれない。それでも5篇は応募したい。

雑感

最近になって詩を書くことにマンネリを感じている。3月に書きはじめてまた四か月しか経っていないというのに。上達はしている。はじめに書いたものよりは明らかに良くなっている。しかし書くことが尽きてきた。本当は書くことが尽きることなんてありえない。アイディアとは無尽にわいてくるものだ。だけど書きたい小説や作りたいゲームのことを考えると詩で表現するには惜しい発想がある。そもそも詩で表現することが最適なテーマは少ないように思う。詩の雑誌がろくに書店で売られていないことが証明になるだろう。詩はマニアックだ。大衆のことを謳わない。いやテーマや大衆性なんて必要ない構造によって表すことが大事だと言うなら「アラン・ロブ=グリエの小説でいいのではないか」という気がしないでもない。なぜこれを小説で書かなかったのか。シナリオにしかなかったのか。あるいはエッセイにしなかったのか。そういう理由を突き詰めていかないと純粋な詩にならない気がする。何かができないから詩にするのではなく詩にできるから詩にするのではなく詩でしかできないから詩にすることを考える。……。最終的に「そんなものはない」という結論にならないことを祈る。(2020年7月18日)

詩人になるのにタイムリミットがなければ死ぬまで詩人を目指すつもりだ。しかし詩人は漫画家のように若いうちにデビューする職業かもしれない。つまり体力が必要であるとか。よくわからない。wikipediaを読むとチャールズ・ブコウスキーが詩集を出したのは40歳ぐらいらしい。リチャード・ブローティガンは1957年マイナス1935年で……22歳! 二人の名を挙げたが「詩人!」でパっと思いついた者がこれぐらいでしかも実際に彼らの詩を読んだことはない。どうしてゲーテやリルケを真っ先に挙げられないのか。そういえばウエルベックも詩人で33歳ぐらいのときに詩集を出しているようだ。とりあえずこの3人の平均をとって31歳ぐらいが詩人になるベスト年齢としよう。3月に26歳になるとしてあと5年しかない。5年。そもそも5年後も私は生きているのか。とにかく今は詩をたくさん作らなければならないし学ばなければならない。今までの人生に詩なんてひとつもなかったのだ。(2020年3月3日)