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「好き」の不条理によって女子高校生が変人と交際するオンライン小説です。

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第6話 遊びにでかけた。

ぼってりと厚みのある生地に生クリーム、バター、バニラアイス、クリームチーズ、バナナ、苺が隙間なくのせられ、その上にベリーソースがたんねんに掛けられていた。皿の白までゆったりと垂れた赤は、暖色の照明をうけてきらきらと輝いている。ナイフの先を生地の中心に置くと、それだけですっとナイフが入った。そのまま一口サイズに切り分けてゆく。ふわふわと柔らかいながらも弾力があり、中までしっとりしていることがわかる。急かされる気持ちでさっくりと切り分けたあとは、たまっていた唾を飲み、フォークでそっと持ちあげる。その重量感に思わずフォークを持つ手が震えた。そのまま口元に運び、わずかに口を開ける。いざゆかん——。
「うわあ超おいしいんだけどこれ! めちゃ甘くて酸っぱくて青春スパイスって感じ!」
うわあ、超ネタバレされた。
フォークで生け捕りにしていたパンケーキの一口をそのままぱくっと飲み込む。もっちりとした食感に生クリームの甘み、苺とベリーソースの酸味、出来立てあつあつの生地に対するバニラアイスの冷たさが入り混じるカラフルな味わいだ。一言でいうならめちゃ甘くて酸っぱくて青春スパイスって感じ。
濃厚な脳内グルメリポートを終えた私の左隣で、ナミちゃんが頬をゆるゆるにしていた。
「むふふ、パンケーキとフレンチトーストとクレープには外れがないよね〜」
「偏見偏見、外れのない食べ物なんてないよ。ためしに今度、一緒にまずいバナナチョコカスタードクレープを食べにいこう。駅近徒歩十五分ぐらいだから」
「外れだとわかってるのに行きたくないし地味に遠いよう」
ナミちゃんをわたわたと困らせて愉悦に浸っていたところで、対面に座る有紗がこそこそと言い出した。
「ここ、雰囲気もいいけど店員さんイケメンじゃない?」
確かに、と私は頷く。壁紙から床、照明の至るところまで上品な暖色でまとめられており、ナイフやフォーク、皿も余計な装飾なくシンプル。そもそも店が表通りに面していてアクセスも悪くないし、ふかふかなソファ席も用意されていて、なにより店員が飲食店にふさわしい清潔感のある格好をしている。砂漠の中の温水洗浄トイレみたいな充実感だ。
「七波的にはピンとこないかなあ。アイドル系だとは思うけどねえ」
「あんたはデブが好きだもんね」
「デブじゃないよ、ぽっちゃり系だよう」
デブやんけとげらげら笑いながら生クリームバターバニラアイスクリームチーズバナナ苺がたっぷりのったパンケーキを食べる有紗。うーん、この高カロリー。
「みゆちー的にはどうよ、さっきの店員とか」
「えっ、まあ、顔は整ってるんじゃないかな。好きな人は好きだと思うよ」
「メンゴメンゴ。みゆちーは小畑萌えだったね」
そんな有紗は後藤くん萌えじゃ——いや、後藤くんのことは全然眼中になさそうだったな。アハハ。ごめんごめん後藤くん。アハハ。
「ああいうイケメンと突然の恋に落ちないかなあ」
「有紗ちゃん、さっきの映画、むちゃくちゃ引きずってるでしょ〜」
「あらあーん。分かっちゃう? なんかもう悲劇で奇跡で運命! って感じじゃなかった?」
語彙だけだったら後藤くんと良いカップルなのに。アハハ。
目を潤ませた有紗は、少しだけ視線をあげて、ろくろを回すポーズをとりながら熱っぽく語り出す。
「やっぱりさ。好きってのはこう、偶発性みたいなものがなきゃいけないわけよ。偶発性というか、直感というか……なんかさ、最初の音を聞いた時点であっ、もう好きだわみたいになる曲ってない? そういうカンジっつーか。先っぽがおいしかったら、終端までチョコたっぷりなわけよ。それが運命」
「あ〜。思い込みの激しそうな人ってやっぱり一途なんだろうなあーと思ったら意外と色々な人と付き合っているってあれだよねえ。わかるかも〜」
「だよねー」
ナミちゃんは本当にわかっているんだろうか。そして有紗はナミちゃんがわかっていることをわかっているんだろうか。世界の相互不理解は続く。
「でもそういう話は確かに聞くね。私の両親も出会ったときに直感したんだって。この人と結婚してしまう! みたいな」
「え〜、なにそれマロンチックー」
「栗っぽくされた」

昨日の深夜番組から今朝のニュースまで。時事ネタを消費しながらぶらぶらと歩いては、目についた店にふらっと入ったり出たり。おもちゃ屋で最新の凝った電動おもちゃに感嘆したり懐かしの着せ替え人形に盛り上がったりカードにはブリッジサイズとポーカーサイズの二種類があってマジックでは見栄えを考慮してブリッジサイズより大きめなポーカーサイズを使うことが多いと有紗から教えてもらったりキャラクターグッズ専門店で新しいデザインの柄が出たんだよ今度はアリスモチーフだってと興奮するナミちゃんに興奮したりキャラクター物の便箋はいったいどこに需要があるのかを議論したり文房具店で摩擦熱で消える色鉛筆を紹介してボールペンや蛍光ペンならともかく色鉛筆って頑張ったら消しゴムで消えそうじゃねと言われてぐぬぬとしたりマンスリーではかなり物足りなくて週間レフトじゃちょっと足りなくて週間バーチカルで管理するほど時間によって予定が変動しなくてデイリーじゃ使い余すあなたには週間ブロック手帳がオススメ一日一ページ式をぎゅっと縮こめたような書き込みスペース十分の見開き一週間ページで日々の生活が捗ると訴えているうちに置いていかれたりして、何も買わずに店から出る。私たちは店内で涼めるし、お店は冷やかされるが、懐は寒くならない。この夏、最高のレジャーをおはようの挨拶みたいに軽く済ませて、やはりぶらりとあてもなく歩く。

ぴたり、と有紗の足が止まる。私とナミちゃんがあやうく有紗を一歩だけ置いて振り向くと、有紗の横顔がぽつりとつぶやいた。
「田代と小畑がいる」
私たちは一歩足を引いて、そこを覗いてみる。外から見える最前面のクレーン台に田代くんと小畑くんがいた。真剣な顔をして田代くんがアームを操作している。その一方で横からクレーン台を見て、位置を確かめようとしたらしい。小畑くんが台の横にうつったことで、近くの自動扉が開き、私たちと目が合った。
「あっ、え、えと。本山さん?」
「こんにちは、小畑くん。偶然だね」
流れで店内に入ってみる。冷房のきき具合とがちゃがやした音に圧倒されながらも小畑くんをえいやえいやと田代くんの斜め後ろにまで押し込む。有紗もナミちゃんもそれに続いて田代くんの両隣についた。
「これってあれでしょ~。今はやりのゆるみーたん!」
「おう。ゆるみーたんだ」
野太い声で田代くんが答える。剣道部で体格のいい坊主の田代くんが狙っているのは、おかっぱの女の子のぬいぐるみだ。目がつぶらで口がゆるゆると開いている。着ている服はだぼだぼのTシャツとぶかぶかなズボンで、しかも靴下は左右の色が違うときた。服から伸びる手足は左右不恰好に短くて一瞬「奇形」の二文字がよぎる。作りが雑でも仕様に見える、ナイスデザインだ。
「これってホントに流行なワケ? たまに見かけるけど、そこまで支持されている感ないというか」
「はやってるよう! 七海とか仁藤さんとか、トモカちゃんがゆるみーたんグッズを集めてたよ」
「三人だけじゃん」
「俺もいるぞ」
「四人だけじゃん」
前でがやがや話す三人を置いて、アームが動くのを小畑くんと一緒に眺める。
「クレーンゲームをやりにきたの?」
「いや、田代とアーケードをやってて。遊び疲れたから家電量販店にでも行くかって話になったんだけど」
「ぬいぐるみを見つけたんだ」
「もう二千円はつぎこんでる」
有紗とナミちゃんが私たちの方を勢いよく振り返った。
「二千円!? こういう景品の原価ってせいぜい七百円ぐらいだよねえ!?」
「誰だそのアホ!」
「俺だ俺! アホは俺だよ!」
田代くんが台を拳で軽く叩く。クレーンは獲物を外し空振りしたようだ。むなしく元の位置に戻ってゆく。
「でもなあ、ここまでつぎ込んだならもうやるしかねえだろ」
つぎ込んだ金や時間を惜しんで、その金や時間に見合うはずでないものをさらに金と時間を掛けて追い求める。なぜ最初からダメになると分かっているのに超音速旅客機の野望は形を変えて現代に蘇るのか? 私は再び二百円を投下しようとする田代くんの背中をちょんちょんとつついた。
「止めないでくれ、本山サン! 男には男の闘いがあるんだ!」
「それも分かるんだけどさ。雨の日で地面がぐちゃぐちゃなのに決闘なんて、物理的に泥臭くて嫌だよね」
田代くんもようやく台から目をそらし、私の方を見た。目の端に涙が浮かんでいる。
「どうせ闘うなら最高のコンディションではじめようよ」

というわけで、女子の力を駆使して店員さんに景品を配置しなおしてもらった。
「田代さぁ、本当バカァ? フツー、千円使ったら店員呼ぶって」
「欲しいものが奥にある時とかもね~」
そして今、田代くんの手にはゆるみーたんのぬいぐるみがある。再配置してもらってから二百円でゲットした代物だ。
「うう……最初から店員サンに頼んでおけばよかった」
「うーん。たぶん田代くんがお金をつぎ込んでいるのをみて、店員さんも取りやすいところに置いてくれたんだと思うよ」
「なんて優しいんだ本山サァン……! よし、このゆるみーたんにはヤマサンとつけよう」
そう言ってぬいぐるみの頭をよしよし撫でる田代くん。もともとキャラクター名が存在するのにあえて他人の名字の半分をいただいて呼び名にするその独創性。うーん、このキャラクター。
弛緩した空気の中で、そわっそわっとした様子のナミちゃんがぴょこんと背筋を伸ばした。
「ねえねえーっ、せっかくだしみんなでプリとろうよ~」
「はあああ、あんた本当にプリ好きだよね」
「違う〜! プリは好きじゃないよう。プリ帳やスクラップブックをデコるのが好きなの!」
「ハア……スーパーの広告チラシでも貼り付けてそれをデコれば?」
「思い出をデコるんだから良いんだよ~」
デコレーション、画像処理ソフトによる加工、プリントシール機の補正機能——技術は現代に思い出の美化を許した。人がこよなく幸福な過去だけで生きていける未来も遠くはないかもしれない。
何だかんだ盛り上がる女子二人に対し、田代くんと小畑くんはおろおろと惑い、あげくにこちらへ視線を投げくる。
「あのさあ、本山サン。あれって男子が入っても大丈夫なの?」
いかにも硬派な感じの田代くんらしい発言である。私は深々と頷いた。
「うん。男子禁制の店はあるけど、そういう店も彼女連れや家族連れなら入っても大丈夫だから」
前に聞いた話だと、プリントシール機コーナーにおいて男子禁制なのは盗撮やナンパ目的の人を排除するためらしい。決して、男子の顔が補正機能でキラキラに美化されることを懸念した上での警告ではない。
「そもそも六人って入るの?」
「前に十人ぐらいで撮ったこともあるし、広いところを使えば余裕かな」
むろん十人もつめこむとまず顔しか映らない。しかもみんな輪郭を隠すために顔にピースを置きたがって肘がぶつかるので夏場においては写真撮影機能付きインスタント地獄だ。
「つーかプリやったことないって、あんたら彼女とか異性の幼馴染とかいないの? 彼女はいなくても男女含めて大勢で遊びに行く機会があったら普通撮るよね?」
「ぐさーっ、いや、そりゃいないケド……」
大柄な田代くんと小畑くんが二人揃ってしゅわしゅわと縮こまる。田代くんに至ってはぬいぐるみをぎゅっと握りつぶしている。元のヤマさんである本山さんを前にして良い度胸だ。しかし私に筋骨たくましい田代くんに挑むだけの度胸がないので、とりあえず有紗にそよそよっと近づく。
「彼女はともかく、そういうのって異性の幼馴染と撮るものなの?」
「へ? アタシは撮ったことあるけど。なんとなく撮るものじゃん?」
「あはは……私の幼馴染は極端なインドアだったからかな」
「アミューズメント施設で遊ぶのってそこまでアウトドアじゃなくね?」
確かに。ド直球の正論を受けて思わず硬直する私の手をナミちゃんが引っ張って「れっつらごー!」と笑う。うわあん、この天使となら地獄までついていける。

多種機能携帯電話で写真を撮りコンビニエンスストアの隅に設置されたマルチメディアステーションで十二コマの分割プリントをすればフルカラー三十円前後でLサイズのフォト用紙に十二枚分の写真を印刷できる。そんなことはさておいて、一回につき平均四百円は掛かるプリントシール機において奇数の人数は波乱を呼ぶ。ナミちゃんの提案によりプレイ二回で八百円のうちの六百円分を女子三人で負担して、男子二人はプリントシール機初体験を祝して残りの二百円を払うことになった。ナミちゃんが綺麗に切り分けたプリントシールの一部を両手で受け取って、田代くんがぼやっとつぶやく。
「百円しか払ってない身分でいうのもなんだけど、想像以上に小さいなあ。というかこれ、何に使えばいいんだ? 下敷きとか手帳とかに貼りゃいいのか?」
「うんうん。しっかり貼って、デコっちゃえデコっちゃえ〜」
「ええっ、もうさっきで十分にデコデコしてたよなー。なあ、小畑」
同調してわはわは笑いあう男子二人の前に、有紗がずどずど前に出てどっしりと立ち、腕を組む。仁王立ちならぬオカン立ちである。
「田代も小畑も落書きについて勉強しなっ! とにかくスタンプペタペタペタペタで終わらせやがって。ペン機能で文字を書くとかもっとあるでしょ。なあ小畑、この一枚に日付スタンプを二つ付けてるのとか何なの? 強調? この日はあんたの誕生日か? おう? おめでとう」
誕生日じゃないです、と恐縮して頭をさげる小畑くんをかばうようにして田代くんが前に出た。
「スタンプがあったらたくさん押したくなるのが人類の性だ」
「田代ォ、あんたはどうしてそんなに猫耳カチューシャが好きなの? んん? デコったやつ全部に猫耳つけてるよね? 何なの? 猫耳萌え? オタオタオータ? おう? 猫耳萌え野郎」
猫耳萌え野郎じゃないです、と萎縮して頭をぶんさげる田代くんをかばうものはいなかった。有紗、強い。

家電量販店の帰り道、即興販促コメントコンテスト最優秀賞をとった田代くんの「ワイヤレスヘッドホンがあればロックを聴きながら排泄できる」をしみじみと思い出しながら、前に並ぶ三人の背を見て、隣を歩く小畑くんに話しかける。
「なんか既視感のある並びだね」
「うん。最近、本山さんたちとよく会う感じがする」
前の三人はふざけあって何かをけらけらと話している。夕焼けがいつもより激しく燃えているように見える。影が伸び、三人の背は暗くなっている。私はぐっとのびをする。小畑くんが私を見ている。見つめかえす。彼の低音が夕闇に溶けてゆく。
「別れはいつもさびしいな。出会うのも躊躇するぐらいに」
「それは楽しかったり嬉しかったりした想いが寂しさに移り変っただけじゃないかな。転換しただけだと考えれば、むしろ寂しさが募るほどの幸福があったんだって思えるから、きっと良いことだと思う」
出会わなければ名残なんてなかった。
生きなければ苦しみなんてなかった。
「逆に、例えば、もし、もしもの話だけど。すごくわちゃわちゃ楽しんで、最高の最高に笑い合って、良い日曜日だったって、そうしてみんなでしんみり帰る中で、一人だけ寂しく思っていなかったら、寂しいよね」
「みんなと気持ちを共有できない、一人が?」
なかったらなかったなんて、そんなの単純な思いつきだ。
「一人を除いた、みんなの方が」
あっても、なかったかもしれない。