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「好き」の不条理によって女子高校生が変人と交際するオンライン小説です。

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第4話 みんなでカラオケに行った。

「みんなでカラオケ行かない?」
東間くんは重たそうな単行本から視線を外してちらりとこちらを見る。しかし朝からそんな分厚い本を読んで頭もたれしないんだろうか。してるな。むちゃくちゃ頬杖をついている。肉の少ない頬が少し上向きにぶにってなってる。ほほぶに。
「みんなってだれだよ」
私は指を折りながら説明する。私でしょ、有紗でしょ、ナミちゃんでしょ、高橋。
「高橋って聞いたことねえぞ」
「えっ。東間くん、高橋も知らないの? あの高橋だよ?」
東間くんは首をひねって、知らねと短かく切った。
「つーかおまえが呼び捨てするのって初めて聞いた。後輩?」
「先輩だけど」
「呼び捨てすんな」
単行本を閉じて、頬杖をつく肘を机にぐぐぐと残留させながら東間くんは体をこちらに向けた。
「高橋は私の元先輩なんだよ。同じ中学の」
「元でもなく先輩は先輩だろ……何の先輩?」
「放課後ボードゲーム集団の先輩」
「何だその集団」
部として認可されることもなく、もちろん部室も顧問も予算もない。暇人であればだれでも出入り可能で、活動も不定期。とりあえず放課後にボードゲームを持ち寄って、空き教室を占領し遊んでは帰る。ただそれだけの集団である。
「高橋はモノポリーが好きで、モノポリーで遊びたがるからポリ男って呼ばれていたんだよね」
「人物紹介になってないぞ」
「なんかね、一人でも家でモノポリーをやってるんだって。そこまでいくとどこまで独占欲つよいんだよって感じだよね」
「……おまえとそいつの縁は分かったけど、なんで高橋先輩とおまえらと俺なの?」
でたでた、自意識過剰。べつに東間くんじゃなくてもイインダヨの悪態を飲み込んで、私は腕を組む。
「高橋がね、合コンの幹事をするんだって。だけど幹事は初めてだから本番でうまく段取りできるように練習したいらしいよ」
「それでオレたちを使って合コンの練習をするわけか……先輩って三年生だよな?」
「うん。同学年の人で練習しようと誘ったらしいけど、受験勉強があるからって断られたって」
東間くんは眉をあげたりさげたり口をむぐっと上にあげたり下にさげたりして精一杯困惑を表現していたが、私には突然の変顔にしか見えなかった。笑いながら。
「高橋は推薦入試を受けるって言ってたから大丈夫じゃない? 推薦枠を独占してやるって豪語してたよ」
「本当に独占欲つよいなおまえの先輩」
がらりと扉が開いて委員長こと神園さんが入ってくる。東間くんはそそっと再び黒板に相対する形で前を向いて、単行本を開き始めた。私は神園さんに挨拶をしたあと、優等生モードに入った東間くんに囁く。
「で、東間くん。もちろん参加すると思うけど、あと一人でいいから男の子を誘ってくれない?」
「その言い方ムカつくな……小畑でいいよな」
「大歓迎だけど、東間くんって小畑くんしか友達がいないの?」
机の脚を軽く蹴られる。どうしよう。机ちゃんを蹴られ過ぎて心が麻痺してきた気がする。目前の軽率な暴力に何ら心が響かない。
「友達なんてたくさんいてもしょうがねえだろ」
「そんなことないよ! 特別に親しいわけではない友達の数や浅い人脈の広さだけを誇りにして生きている人間だっているぐらいだし」
「おまえの言い方がすべてだろ」
あとで小畑に言っておく、と東間くんは答えてそっぽを向く。
本当に東間くんは小畑くんが好きなんだなあ! と思ったところでがらりと開いた扉から近藤さんが見えた。
い、いや、呼んでないですよ近藤さん。

「ふぁーっ、眠」
鞄を私の机の端において、有紗が顔を背けて手で覆いながら小さくあくびをした。今は私の机の側面にもたれかかっているがおぼつかない様子だ。横から車で撥ねるとそのまま吹っ飛びかねないふらつきようである。
「お昼のときも眠そうだったけど、今がピーク? でも昨日、夜更かしするような番組ってあったっけ」
「いあさあ、後藤のやつが……」
と言いかけて有紗ははっと目を見開いた。覚醒早。
「ぬっふっふっ、七海があてちゃおうっか〜」
鞄を肩にかけてとたとたやってきたナミちゃんがにこにこしながら有紗を見た。覚醒中有紗は宙をぼんやりみている。だめだ。やっぱり覚醒していなかった。
「ずばっ! 有紗ちゃんは後藤くんから借りていた本をずっと読んでたのだー」
「そうなの?」
私の問いに有紗は首をぎぎぎとぎこちなく動かしてこちらを向く。顔色がいつもよりやや青白くあるのもあってこわい。
「後藤のやつがさあ『ラ、ラ、ライトノベルのことも詳しく知らないのに批判しないでくださいよ〜一回読んでみてくださいっ、貸しますから、いつ返してもいいですからあっ!』って懇願してきてさあ、しゃーないと思って借りてやったんだけど男子の借り物をずっと持ってるのって生理的に無理じゃん? だからすぐ返そうと思ったんだけど後藤が貸してきたのがシリーズ物で何巻もあってしかも全部引きが半端なくてマジ面白くて後藤がムカつく」
「お、面白いなら後藤くんは悪くないと思うけど」
意外と策士だな、後藤くん。しかし罵られちゃってますよ、後藤くん。
ちらりと振り返ってまだ教室に残って友達と談笑している後藤くんを見る。肩にかけている鞄が少しずっしりして見えるのは有紗から返却した本をつめこんでいるからだろう。
「しかもそのシリーズまだ続いてるんだってさ、また持ってくるんだってさ、アタシはいつ寝ればいいんだよ!」
「即日返却しなければいいんじゃない?」
「後藤に貸しを作るのがいやだし!」
べつに返却したからといって本を貸されたという貸しは返却されない気もする。やれやれと思いながらナミちゃんと顔を見合わせてにやにやしているところで、眠そうな有紗の後ろに東間くんと小畑くんがのそっと現れた。
「東間からあんまり聞いてないんだけど、カラオケってどこのカラオケなの?」
「駅前だよ」
「そっか。徒歩七分ぐらいかな」
「小畑、前から言ってるけど駅から徒歩七分は駅前じゃないし、徒歩十五分なんて駅近と評するのもおこがましいぞ」
そっか、を小畑くんは明るく繰り返す。ああ、まだ小畑くんの中では徒歩十五分は駅前だなと思いつつ、私は完全に立って眠りはじめた有紗をゆさぶった。

カラオケ屋の前に立ち尽くす男を見て私たちは一瞬だけ足を止めたものの、そのまま目的のカラオケ屋に入ろうとした。が、男が私たちの前にずんずんと歩いてきて立ち塞がる。
「無視すんなよ、もとやまーず」
「なんで一人だけ私服なんですか」
私たちの好奇なる視線をうなずきながら受け取って、高橋は大きく両腕を広げた。
「他の男より目立つことで女の子の注目を集める作戦だ」
「ねえ、みゆちー。高橋センパイってこんなにアホなのになんで成績優秀なワケ?」
「たぶんだけど、机上のことだけが得意なだけで、現実的なことは不得意なんだろうね」
しかしようやく合点がいった。わざわざカラオケ屋前で集合しようとしたのは、高橋が派手な色のアロハシャツと短パンを履いて茂った腕毛やスネ毛を見せびらかすためだったのか。うーん、闇。
「高橋せんぱい、七波たちと予行練習できてよかったね〜」
「うん、俺も後輩と遊べてうれしいぞ! ……だけどもとやま、俺よりかっこいいやつを呼ぶのはいただけないな。幹事の俺が目立たんだろうが!」
といって仁王立ちながらに小畑くんと東間くんを見るが、二人はまったく動じずに頭をさげる。
「どうも、本山さんたちと同じクラスの東間です。こっちは小畑。カラオケに誘っていただいてありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いしますね」
「おふっ、よ、よろしくおねがいしまう……」
すっかり縮こまった高橋はさておいて、カラオケ屋に入店する。先ほどまでのじりっとした暑さから一転の空調。生きかえるう、と間延びしてつぶやくナミちゃんの声に、現在進行形の高橋剛毛ショックから萎えきっていた私の活力が生きかえる。
「君たちぃ。学生証、ちゃんと持ってきてるだろうな」
「そっちこそ大丈夫なんですか? 学校鞄とか制服とかに入れたままじゃあ」
「ははは。まさかそんな、ははは。やっちゃったあ」
生きかえったけどやっぱり死にそう。

ジュースがやってきたところで、席から立ち上がってテレビ画面の前に立った高橋が高らかに叫び出した。
「よしっ、ここでそろそろ自己紹介をしよう!」
「あ? その前に乾杯でしょ」
「乾杯だよね〜」
「高橋先輩、乾杯しましょう」
「あ、はい、そうします」
しょぼしょぼと肩を落としてグラスを持ち上げたと思うと、座っている私たちの方を端から端まで見てぐっとジュースをこちらにつきあげた。
「えーーーーーーーーーーーーー、乾杯」
ぐだっとした挨拶に合わせて各々が好きなタイミングでグラスを持ち上げて、バラバラに互いのコップとコップをぶつけつつ、ごくっと一飲み。とん、とん、どん、とどん、とん、ずれるコップを置く音。
「よし、自己紹介だ」
「アタシたち同じクラスメイトなんだけど。そしてカラオケタイムは有限なんだけど」
「名前と異性のタイプだけでいいから! お願い! お願いしますう」
高橋が頭を上下に激しく揺さぶる運動をすることで、見ているこっちが気持ち悪くなる。はあ、と大きなため息をついて有紗が籠に入っていたマイクを取り出して電源を入れた。
「柏野有紗。異性のタイプはイケメン。以上」
ぴしっと済ませた有紗はそのままマイクを右に流してナミちゃんに手渡した。ナミちゃんはマイクを両手でぐっと握る。佳美優ちゃんはナミちゃんのそんな姿にぐっとくる。
「浪川七海でーす。好きなタイプは癒し系の男の子かなあ。以上でーす」
といってナミちゃんはそいやと私にマイクを渡す。どうしたものかと頭をひねりながら。
「本山佳美優です。タイプは、ええと、まともな人。以上です」
そして隣に座っていた小畑くんにバトンタッチ。……しかしこの並び、実際の合コンとしてどうなの? 疑問を呈する前におどおどと小畑くんが口を開く。
「小畑進です。好き、好きなタイプはいつも楽しそうな人です」
マイクでも拾いきれない小ささで「以上です」とつぶやいた小畑くんはぐっと首を縮こめながら東間くんにマイクを渡す。東間くんは受け取ったマイクを一瞬じっと見たと思うと、私たちの方を向いて。
「東間清澄です。好きな異性のタイプはお淑やかな人かな。今日はどうぞよろしく。以上です!」
と無駄にスマイルを振りまいたあと、さっと腰をあげて高橋の方にマイクを向ける。高橋は何を勘違いしたのか東間くんが持っているマイクのそばに近づいて中腰で話し始めた。
「高橋慶喜ですっ! 好きなタイプは顔が可愛い子です! みんな以上です言い過ぎだと思いますっ! 以上です」
と言い切って中腰を解き、ぱちぱちとひとりでに拍手をしだす。私たちはそれぞれジュースを飲んだり、電子目次本を操作しはじめたり。やがて高橋のひとり拍手が終焉を迎える。
「おい! だれかツッコめよ!」
「高橋せんぱーい。顔が可愛い子がタイプって冗談でもドン引きされるから本番じゃぜったいにやめたほうがいいと思うよ〜」
「そもそもやることなすこと普通にサムいわ。もっとフツーの進行でいいって」
「自己紹介で好きなタイプだけを言わせても話が広がらないような気が……」
「実際に合コンをやるときはもっとメンバーのテンションも高いと思いますから、まあ、ここまで滑ることはないでしょう」
高橋は耳を塞いで頭をぶんぶんと横に振る。
「えーい、ツッコミどころはそこじゃなーい!」
ちらりと高橋は私の方を見る。ちらりどころではなくガンッと目を合わせて、私が逸らそうとしても体ごと動いて決して視線を外そうとしない。それどころか、じりじりと物言いたげなまなざしが私に近づいてくる……やれやれ、同じ中学校で三年間ともに青春を陰鬱なボードゲームで潰してきた誼みである。私が口を開くそぶりを見せただけで、高橋はぱっと顔を輝かせる。まったく。
「先輩の下の名前は慶喜じゃなかったと思うんですが」
「そこは普通に合ってるがな」

最初にバラードを入れて怒られる高橋や勝手にコーラスや合いの手を入れて怒られる高橋や下手くそに洋楽を歌って怒られる高橋やドラマのタイアップ曲を入れながらもサビ以外の部分があやふやで怒られる高橋やその他怒られる高橋を堪能してすっかりカラオケタイムも終盤に差し掛かる。今は東間くんが無難にドラマのタイアップ曲を歌っている最中なので私の思考も高橋の音程ぐらい散漫だ。
「すごいうまいなあ、おまえのクラスメイト……碁盤もってきてない?」
「勝ち目がないと見たらすぐにボードゲームで人を負かそうとするのやめましょうよ」
「もとやまは本当にツッコミが下手だなあ。ここは『碁石がないと意味がないですよ』だろ」
なんて意味のない会話なんだろう。本人映像ではないカラオケ映像の脈略を考えるぐらい意味がない。ちらっと見てみると東間くんが歌い終え、次に曲を入れていた小畑くんとハイタッチでバトンタッチ、私の隣にどっと腰をおろす。と、高橋が私の前で腕を伸ばして東間くんの肩をちょんちょんと叩いた。
「いやあ、東間君。よかったよ」
「ありがとうございます! これ今ハマっているバンドの曲なんですよ」
「そうなんだあ。ちなみにカラオケはいつもだれと行ってるの? 彼女? 彼女?」
東間くんはにこやかなまま、あははと棒読みでつぶやく。どうでもいいけど、私越しに会話するのはやめてほしい。
「彼女はいないです。カラオケはいっつも小畑と行っています。僕と小畑はかなり趣味が合うんで」
「ふうん。じゃもし小畑君が女体化したら相性ばっちりの小畑君と付き合うんだ」
い、いや、本当に呼んでないですよ近藤さん。
死ねよ、という東間くんの呟きが小畑くんの歌声でかき消される。情熱的で盛り上がりのあるドラマのタイアップ曲だ。サビにおいてはあまりの熱さに息を飲んでしまう。熱い。今、ドラマのタイアップ曲の酷使が最高に熱い。
東間くんの冷ややかさと高橋の寒さをよそに、ナミちゃんと有紗があたたかい声援を送っていた。
「小畑、なんかキャラと違うし、じわウケ」
「でも上手いよね〜っ。声質はバラード系って感じなのに」
きゃあきゃあの合いの手に隣から歯ぎしりの音。
「い、いったい俺と何が違うっていうんだァ」
「ちょっと違うんですけど先輩。女子が歌うときはノるのに男子が歌いはじめると雑談しはじめるの、人として無理です」
ぐふっと空気を吐いてはあはあと言いながら胸を押さえる高橋を無視して小畑くんの方を見る。
口を大きく開けて、ハキハキと歌っている。体が歌にあわせて自然に動いているようで、ものすごい力強さと勢いを視覚から伝わってくる。すごく必死で一生懸命なのに、高橋の空気ぶち壊しバラードみたいな自己陶酔さを微塵も感じない。ただ楽しそうなんだと思う。だから聞いているだけで楽しい。
同じ歌詞と曲でも、だれが歌うのか、どんな機会で、どんな姿勢で、どんな気持ちで——意外性と日常性の絡まった延長上では何一つ同じ歌にはならない。聴き手がだれかというのもそうだ。有紗やナミちゃんは小畑くんの意外性に感心している。一方で私は心の底から納得している。初めて聴いたのに、小畑くんはこんな歌い方をするものだと昔から知っていたみたいにしっくりくる。
歌い終えた小畑くんがみんなの拍手と茶化しを受けて、もじもじとしながら席に戻る。と、私と目があった。
「すごく、よかった」
「あ、ありがと」
熱気も収まらぬうちに有紗とナミちゃんのデュエットがはじまる。男パートを有紗が、女パートをナミちゃんがそれぞれなりきりながら歌っている。それを聴いてわいわいと盛り上がる私たちに対し、しょんぼりと眉を垂れ下げた高橋が私をうるうると見つめてきた。今さら気にしなくてもいいですよ、の言葉で高橋はぱっと前を向いて立ち上がりゆりゆりきゃっきゃとタンバリンをしゃかしゃか振っては、歌っている二人の方まで歩いてきて踊り出す。あんなに注意されたのになんで悪化しているんだと呆れたところで「存在がうるせー」の罵声が間奏中に響き、カラオケルームに激しい笑声が連なった。