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「好き」の不条理によって女子高校生が変人と交際するオンライン小説です。

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第2話 雑誌を買いに行った。

「見て〜! これ雑誌の付録〜! かわかわじゃない?」
見なくてもわかる。ナミちゃんの笑顔がいちばんかわいい。
ナミちゃんは「おべんとーん」と口に出しながら、巾着袋をもたっとテーブルに置いた。巾着袋にはいかにも防御力の低そうなキャラクターの顔面がプリントされている。その間抜けさといったら眺めているだけでふにゃっとしそうだし、ナミちゃんはすでにふにゃっとしている。が、ナミちゃんの右隣にいた有紗はやけにパリっとした頷き。
「ふーん、アタシのお弁当袋と同じぐらいにカワイイね」
「なんだとっ、どんなお弁当袋なのさ!」
有紗は笑いながらお弁当箱をテーブルの上に置いた。お弁当箱を包む巾着袋にはいかにも防御力も敏捷性も低そうなキャラクターの顔面が……ん?
「か、被った! ありさちゃんと被った!」
「ワンペアだね」
「じつはスリーカードでした」
「ぎゃー、近藤ちゃんとも被ったー!!!」
そしてテーブルの上に集まる同じ柄のお弁当袋。
ゆるっとふわっとした軟弱キャラクターの生首三つ。
一瞬の静寂、じろりと三人の視線が私に集まる。私はしぶしぶといつもと変わり映えのないお弁当袋をテーブルの上に置いた。
「ここまできて違うって空気読めなさすぎじゃない?」
「理不尽すぎる」

トートバック、ポーチ、ブランケット、マフラー、マニキュア、ハンドクリーム、タイツ。これらが一雑誌の付録としてつく時代である。どれもこれも実用性のあるものばかりで、デザインもなかなか優れており、多くは千円前後で購入可能、さらにはファッションや雑貨の最新情報が載った雑誌までがついてくる! ……バラエティあふれる膨大な情報を迅速かつ相互に配信できるインターネットが身近になったゆえに情報そのものの価値が下がってしまった現代の闇と出版業界の悲鳴を伝わってくるが、お小遣いだけで日々を温める女子高校生にとってはそんなことより付録がおいしい。
そして女子高校生は、暇さえあればおいしさに食いつく。
「部活サボってよかったの〜? 部長さん、怒んない?」
ナミちゃんと有紗と私で狭い通路を並んで歩く。私が後ろに下がろうとするたびに二人まで後ろに下がる。何度やっても何度も下がる。二人の優しさには頭が下がるが、通行人の視線が痛いのでやっぱり頭がぐぬぬと下がる。
「いや、まず佐々木からサボってるから。あいつ部長という名のクズだから」
「なんかやらかしちゃった?」
「マジありえないんだよ。一年と部内恋愛してさ、フラれてんの」
「それは気まずいね」
「気まずいというよりさあ、『こいつ恋愛では失敗したくせに部活だとえらそうだな』的な感じになるじゃん? だから、部内での求心力が落ちているというか。みんなモチベ低いんだよね」
他人の恋愛事情ごときでモチベーションが左右される運動部、うーん、バドミントン部。
晴れ晴れとした放課後、ずんずんと会話の雲行きが怪しくなってきたところで、目的地に着く。
駅ビル内の本屋はいつ見てもごちゃごちゃしている。扉や仕切りがないものだから、客がそろりと出入りをするし、狭いスペースを考慮して縦方向にレイアウトされた本を見ると大きな敵が立ちふさがっているような感覚に陥る。そして後ずさりをしてみれば棚にぶつかり、平置きされている本をずらし、大惨事。
それでもいろいろな本を狭きにぎゅっとつめたそこでは、思わぬ発見をできて楽しい。
「あっ、ゆるみーちゃんのキャラブック、新しいの出てたんだあ」
ナミちゃんが平置きされていたキャラブックを手にとってほわほわしていた。ぱらぱらと本をめくってふんふんと頷いているナミちゃんの横で、ちらっと覗き見る。以前、見た時もそうだったけれど、丸っこくて児童がよろこびそうなかわいいキャラクターがゆるゆる日常を送っているイラストと、それに添えた和みきってゆるゆるに弛緩した短文が載せられている、大したストーリーがあるわけでもない謎の本だ。どこに需要があるのかさっぱりだったけど、なるほどナミちゃんみたいな人が買うのか。さっそく思わぬ発見をしていると、ナミちゃんはため息をついて本を元の場所になおした。
「あれ、買わないの?」
「ぱらっと見るだけだよ〜。本を買うより文房具とかキーホルダーとかを買ったほうがいいし、それにこういう本って一度読んだらもう読まないよ〜」
ふわっとしながら、苛烈にシビアだった。
三人で雑誌コーナーに向かう。普通の単行本や文庫本はそこまで品揃えがよくない駅ビル本屋も、最新で人気の新書と雑誌だけはほどよく揃えてある。
「島崎の野郎がさあ、『新しいことを知るのに新書はいいぞ』とか抜かしてたけど、あんなの広くて浅いことしか書いてないじゃんかね。そりゃてめーみたいなおっさんには気軽に読めていいかもしれないけど、体力も時間もある若者に推奨するもんじゃなくね?」
「まあ、最初は広く浅く知っておいて、気になったところから掘り下げていけばって意図なんじゃない? ところで島崎って誰?」
「担任」
「うん、有紗のいう通りだと思う。はじめに広く浅くわかったつもりになるのは、危険だよね。思考の地盤を築けていないうちから新書や入門書をはじめても、過程をすっ飛ばして結果を手にいれるだけだよ。掘り下げてゆけば相応にどんどん難しくなるだろうけど、最初にだれかが教えてくれたわかりやすいお手本を知っていたら、難しいことを自分で噛み砕くのを怠って、他人の解釈で済ませるようになる。本当だったら既存の解釈に限らない見方ができたかもしれないのに、最初からそのチャンスを逃してしまう……そうやって若人の純粋さを歪めかねないアドバイスをする島崎って本当にろくでもないよねー」
だよねー、の賛同を得ながら新書の表紙を見て飛ばして、華やかな女性雑誌に注目してみる。いやあ、どれもこれもキラキラピンク赤もしくは快活なイエローブルー目に痛いホワイト色いろいろ。
『小悪魔』『マニッシュ』『レイヤード』『着回し』などの言葉が表紙で踊っているのを無視して、私たちはだいたい表紙の端にある付録の情報に目をやる。そう、今日は付録を買いに——付録のある雑誌を買いに来たのである。決してキャラブックやハゲ担任の存在しえない需要について語りにきたわけではない。
「あらあ、あのお弁当袋はないね〜。あまりにもかわいすぎて、みんな買っちゃったのかなあ」
その理論でいくとナミちゃんはすでに買い占められて私の隣に存在しないはずだゾ。有紗、高級感ある赤表紙の雑誌を手にとって頷きながら。
「この雑誌の付録、大人くない?」
と聞いてくる。おとなくない……大人苦無……。
「あー、超アダルトかもー」
「ナミちゃん、その言い方は本当になんだかアダルトだよ」
たしなめつつ有紗の持っている雑誌表紙を見てみる。赤と黒を基調としたポーチらしい。写真では大きめに見えるが、実物は雑誌付録定番のこじんまりしたサイズだろう。
「最近、付録でよくダブルファスナーを見るけど流行ってるのかな」
「さあ。ちょっとでも作りを豪華そうに見せるための戦略じゃね?」
「ひとつしかないよりふたつあったほうが、嬉しいかんじがするもんね〜」
そう言いながらナミちゃんも赤黒ポーチ……がついた雑誌を掴む。二人は大そうこの付録を気に入ったらしい。理由はよくわからないけど、ダブルファスナー、なんだか売れてる。

三人でいろいろと言い合いながら、雑誌コーナーをぐるぐる見終えて、最終的に私の手元には一冊の雑誌があった。「物」をテーマにした雑誌だそうで、そんなことより付録に長財布がついてくる。
「しぶしぶチョイスだね〜」
「財布だったらちょっとした時に使えそうかなって。結局、使わないのに買っちゃうのはどうかなって気もするし」
「いくら安くても損は損だしなーそれ」
「でもでも? 雑誌の情報で元は取れるんじゃない?」
アハハと乾いた笑いをかわして、三人でレジに向かう。が、ナミちゃんがぴたっと立ち止まって棚のかげから何かを覗き始めた。
「何とつぜん奇行やってんの?」
「小畑くんたちがいるよ」
「えっ、マジで。みゆちー、小畑がいるってよ」
作意ある報告を受け流しつつ、私もちろっと見てみる。確かに小畑くんがいる。その隣には確か同じクラスのご、ご、ご……ずんずんと二人のもとに向かいだした大天使有紗について行きながらその可憐なる言葉を拝聴いたす。
「げっ、ライトノベルってオタクが好きなあれじゃん。小畑はともかく後藤もそっち系なんだ」
同じクラスの後藤くんがびくっと身体をふるわせて一歩を退いた。おかげで小畑くんにぶつかるが、安心の巨体。びくともせず、私たちに軽い会釈をした。
「あはは。オタクが好き、って言うけどわりと面白いものが多いよ。特にこの本屋は狭いから、コミカライズされたりアニメ化したりしている作品しか置いてないみたいだし」
「アニメ化とか関係ねーし。というかアニメの時点でオタクだし」
確かに、と心の中で頷くが小畑くんに寄りかかったままな後藤くんの表情がみるみる青ざめてゆくのが気になる。後藤くんはあわ、あわ、と唇をぱくぱく動かして。
「で、でもぉ、最近はオタクってそこまで忌み嫌われるもんじゃないでしょー。アニメとか普通に見るよなー、なあ、小畑」
「えっ? う、うーん。夕方ぐらいのアニメは見るけど、こういうライトノベルのアニメは見ないかな。放映されている時間には寝ているし。といって録画して見るほど見たいわけじゃないし」
小畑ェ、と後藤くんが涙目になっているのを見て、ナミちゃんが少し背伸びをしてひそひそと私に囁いた。
「後藤くんってありさちゃんのことが好きらしいよ」
当人らが近くにいる前でウィスパーボイスとはいえそんなことをよく口走れるなナミちゃん——という心の動揺が「うなっ」という悲鳴に変わる。有紗も小畑くんも後藤くんも私の方をぎょっと見たが、有紗が「みゆちーは時々おかしくなるから」と説明してなんとか追及を免れた。
ライトノベルについて後藤くんが有紗に対して仰々しく弁護をし始めたところで、私とナミちゃんは少しだけ退いてこそこその延長戦。
「それって誰から聞いたの?」
「近藤ちゃん。後藤くんと趣味仲間らしくて、それでひみつの相談されたんだって〜。近藤ちゃんは『わざわざ現実で泣かなくてもいい。二次元というドリームがあるのだから』ってアドバイスしたらしいけどっ」
さりげにひどいな近藤さん。というか言いふらしちゃってるよ近藤さん。
「うーん。でも確かに有紗は厳しいだろうね」
「七海的にはイケてると思うけどっ、後藤くん。でも無理だよねぇ、ありさちゃんは」
二人でうんうんと頷いているところで、何やら熱く盛り上がっている有紗と後藤くんを残して小畑くんがこちらにやってきた。
「あはは、むちゃくちゃに喧嘩してたから抜け出してきちゃった」
「ほわ〜っ、小畑くんってやっぱり災害が来たら逃げちゃうひと?」
「え? うん。災害に立ち向かってもどうしようもないしね」
小畑くんの回答に対し、ナミちゃんはなぜだかこちらを見てにこにこしはじめた。なぜだろう。わからない。でもナミちゃんのにこにこ顔は不可解なぐらいかわいい!
「後藤くんと一緒に来たの?」
「いや、たまたま会っただけだよ。おれ、少しは読むけどライトノベルってあんまり詳しくないから、おすすめを教えてもらおうと思って話してたんだけど……」
しかしこの小畑くん特有の打算めいた響きは一体なんなんだろう。やっぱり自称優等生な現実机蹴自己愛者の友人だけあって、何か薄暗いものを抱えているのではないか。わからない。でも小畑くんの微笑みは不可解なぐらい安心する。
三人でほのぼのしていたところで、有紗がずんずんと、その後ろを後藤くんがしょぼしょぼと歩いてきた。
「ちょっとみゆちー! 小畑といちゃついて友達を放っておくなんてひどくない?」
「いちゃついてないし、ナチュラルにナミちゃんを勘定しない有紗もひどいよ」
「そうだそうだ! 七海もいたよう!」
しらねー、と有紗は雑誌を掴んだ手でレジを指差した。
「とりあえず本屋でぎゃあぎゃあ長居するのは迷惑だし、さっさと金を払って次の店に行こう」
「次の店って?」
「後藤がおごってくれるって。カフェ」
いやいや、ここで甲斐性を見せるにしても五人分の支払いはさすがにきついんじゃないかな。三人で後藤くんを見てみる。後藤くんは目を見開いて口をぱくぱくさせながら有紗をみている。あっ、有紗がテキトーなことを言っているパターンだ。
「大丈夫だよ、後藤くん! ちゃんと私たち、それぞれ払うから」
「うんうん。七海の分も心配しなくていいよ〜」
「おれの分ももちろん気にしなくていいよ」
私たちの言葉に後藤くんは表情を柔らかくさせた。まさか本当に信じていたのだろうか。有紗はふんっと踏ん反り返って。
「みんなの優しさに免じて、アタシもアタシの分は自分で払ってあげる」
と言ったのに対して後藤くんが目をぱっと輝かせて頭をぶんぶんと下げたので、さすがの私たちもこらえきれずに吹き出した。

「ところで本山さんは何を買ったの?」
私たちの前で後藤くんが有紗とナミちゃんに挟まれながらおどおどとしている。隣を歩いている小畑くんをちらっと見て答える。
「物をテーマにした雑誌。付録が財布だから使えそうだなと思って買っちゃった」
「そっか、でもその雑誌って男性向けじゃない?」
そうなの? と問おうとしたところで、小畑くんが自身の鞄からがさごそと固形物を取り出して、私の前にちらつかせた。
「お揃いだね」
それは決して小畑くんと私だけものではないのだ。
「そうだね」
だけどこれは、やはり二人のお揃いだと思う。
助けを求めるためだろうか。後藤くんが疲弊した様子で振り向いて声をあげた。
「あっ、それ雑誌の付録だろー? 俺も同じの持ってるよ」
有紗は後藤くんの後ろに回り、無防備に空いていた脇にそっと腕を伸ばしてそのまま羽交い締めにした。
「ここまできて同じって空気読めなさすぎじゃない!?」
「り、理不尽すぎる!」
みなで声を出して笑いあう中で。
ざんねん、と掠れたつぶやきが聞こえた気がした。