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「好き」の不条理によって女子高校生が変人と交際するオンライン小説です。

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第11話 食堂に行った。

高橋が伏線について「布石」と連呼していたのを「布石は碁じゃないですか」そうたしなめていたのを思い出した。

遡ること、朝。バスに乗り遅れた私は目をこすりながら教室に入る。すでにぱらぱらといるクラスメイトに挨拶をしながらとぼとぼと自分の席まで歩き、机に鞄を置いて椅子に手を掛ける、と後ろからぎゅぎゅっと抱きつかれた。
「みゆちー! おは大ニュース転校生!」
「おはよう、有紗。新学期も速報性が高いね」
何言ってんだこいつ、といった表情で有紗が私から離れて一歩退く。くそう、私もツッコめばよかった。唇を噛む私を横目に、隣でおとなしく植物図鑑を読んでいた東間くんが口を開く。
「なんでも二年生らしいよ。僕たちのクラスではないようだけど、たぶん三組になるんじゃないかな。あそこは退学者が出たばかりだし」
「げー三組か、見に行くにはちいとだるいなあ」
「えっ。見に行くの?」
あったりまえじゃーん、と思い切りに背中を叩かれて思わず咳き込む——苦しみの一瞬によぎったのは、中学二年生の夏休み明け。やってきた転校生を元子ちゃんや富田くんと一緒に覗きにいったこと、転入生はちょうど席を立っていて見ることができなかったこと、「野次馬どもが」そこのクラス担任にそれぞれ頭を叩かれたこと——有紗、中学二年生並みだった。

遡ることを遡ること、始業式終了後。掃除も学級活動も終え、まずまずの二学期はじまりを終えたところで解散となった。体を反らしてのびをすると、東間くんと話そうとしていたらしい小畑くんと目があった。
「久し……後期補習のせいで、あんまり久しぶりって感覚じゃないよね」
「あはは。確かに、それ分かるかも。おれと本山さんは三日ぶりぐらいだよね」
わはわはと笑い合っていたところで、肩にかけた軽そうな鞄をぼんぼんと揺らしながら有紗とナミちゃんが急いで私たちの間に入った。
「アタシとナミちゃんはみゆちーと二日ぶりだよ!」
「勝った、勝ったね! 小畑くんに勝ったね!」
どやっと踏ん反りかえる二人に、小畑くんはたじたじとして私の方をちらっと見たあとで、後ろの東間くんに視線を向けた。が、薄情ナルシスト東間くんは鞄にしまっていた英単語帳をおもむろに取り出し読み始める。小畑くんが再び二人の方に立ち向かってみれば「しかも夏休み中に海を行ったかんね! みゆちーと!」「絵本のワークショップにもいったよう!」「小畑はどうせ夏季補習の間にしか会ってないんだろ! ワロワロ!」なる煽りが続く。この無意味な争いを止めようとしたところで、肩に手を乗せられた。
「俺とは一日ぶりだよね、ミユちゃん」
なにやら幼馴染み深い幻聴だぞ、私がぎょっと振り向く前に重なる叫び声。
「この人だれなの本山さん!」「転入生だー!」「みゆちーの幼馴染みじゃん!」「うるせえ!」あっ、東間くん、うっかり地を出てやんの〜、とおちゃらけたところで振り返る。あっ、私の幼馴染みじゃん。
「ミユちゃん、放課後あいてない? 学校案内してほしいんだけど」
「えっと……そういうのって普通は自分のクラスの人に頼むものじゃないかな」
「ああ。してくれるって人もいたんだけど、幼馴染みに案内してもらう約束をしていたんでーって断ったのさ」
「してないよね」
「してないけどさー」
はにかむ富田くんを前に、私は自分の背に突き刺さる視線に気づいた。富田くんの横に立って咳払い。
「彼は富田くん、私の幼馴染みです。今、初めて知ったので詳しくは分かりませんが、私たちの学校に転学してきたみたいです」
拍手! といえば、みなが淡々に拍手をする。ぱちん、と最後に虚しい響きが残ったところで富田くんが私の方を見た。
「そういう他己紹介の時って下の名前まで言うものじゃないかな!」
「大丈夫。富田くんは富田くんだよ」
「やや、ミユちゃんそれ忘れてるだけ! ゆきとしだよ富田幸利!」
拍手! といえば、みなが淡々に拍手をする。ぱつ、と最後に半端な響きが残ったところで富田くんが私の方を見た。
「いちいち拍手する必要、ある?」
「拍手の輪を広げることであなたの下位会員が獲得した報酬の一部を搾取できるよ」
「なんで突然に無限連鎖講が始まってるの?」
なんではこっちの言葉だよ国民年金たまごをぶつけちゃうゾ、と心の中で毒を吐いていたところでナミちゃんが手をあげた。
「はいはーい。七海たちも自己紹介するー! 七海は浪川七海だよ〜、略してセブン・シーだよ〜」
きょとんとして瞬きを繰り返す富田くんに私はそっと耳打ちをする。
「自己紹介を終えるたびに、拍手してあげてね」
「幼稚園時代に戻った気持ちだよ」

職員室、講堂、視聴覚室、情報学習室、一階に降りて保健室、図書館ときて靴箱をスルーし昇降口から食堂に接続する渡り廊下に出る。有紗とナミちゃんと、そして何故かついてきた小畑くんについてきた東くんと共にぞろぞろと縦一列で歩いていると、先頭の富田くんがちらっとこちらを振り向いた。
「あのさ、ミユちゃん」
「あそこに見えるのが体育館、前に端っこだけ見えるのがグラウンド。で、ここからは見えづらいけど体育館とグラウンドのちょうど間ぐらいにあるのがプール」
「説明はありがたいけど、縦一列で歩いて説明する必要性なくない?」
私たちはぴたっと足をとめた。一気に場は静まり、体育館の床に幾度も叩きつけられるバスケットボールの音まで聞こえてくる。遅れて立ち止まった富田くんの前に、私は片手をぴしっとあげた。
「私は道化師」
「アタシは魔法使い!」
「七海はキューティピンク!」
「お、おれは公務員?」
「僕はひとまず大学進学かな」
ずらっと挙げられた手を見て、富田くんは目を見開きわなわなと唇を震わせた。
「て、テーマがバラバラ……」

いつもよりひっそりとした食堂に入ってさっそく軽食を注文する。放課後の食堂では基本的に揚げ物メニューを取り扱っていて特にフライドポテトと唐揚げが生徒の間で大人気なんだよ、と説明すれば「ふうん。俺んとこはそもそも放課後に利用できなかったよ」としんみり。注文の品を受け取って、すぐそばにある席についた。机にはおにぎり唐揚げおにぎり対面におにぎりおにぎりおにぎりの紙皿が並び、富田くんが私の顔をじっと見ている。
「まあ富田くんは料理できるし、食堂で買うことはあんまりないのかな」
「そ、そだねー、気力の続くかぎりお弁当を持参するよ」
あたたかなおにぎりの湯気にもくもくとやられている内に、富田くんの真向かいに座っていた有紗が左隣の小畑くんの脇腹を肘でつついていた。
「小畑、言ってやれ! お弁当男子に匹敵する特技を!」
「ええ……特技、特技か。うーーーん……あと五分ぐらい待ってもらっていい?」
「五分も経ったら真実も虚構だアホ! ぱっと思いつくのをぽっと出せばいいのさ! ぽっと!」
うーんうーんと唸る小畑くんをさしおいて、富田くんの右隣のナミちゃん。
「富田くんはお料理だとなにが得意なの?」
「卵料理かな。卵が好きでよく作るからさ」
卵料理は作りがいがあるよねー、ねー、と顔を見合わせてなごやかに同調する二人、を前にまだ唸っている小畑くん、に対し有紗右隣の東間くん。
「小畑はDTPが得意じゃなかったっけ」
「東間、それはdesktop publishingの略称。卓上出版。ごくごくふつうの男子高校生に程遠い言葉の一つだから」
「んじゃ、DTM?」
「それはdesktop musicの略称! computer music! ごくごくふつうの男子高校生にも親しみやすい範囲だけど違う!」
アタシを挟んで会話をするなっ、と有紗が小畑くんの脇腹を小刻みに肘でつつく。つつかれるたびに「ぐふっ」と呻く小畑くんの方を向いて、富田くんがきっらきらと目を輝かせた。
「もしやDIY?」
「えっ、あ、うん……DIYというか、日曜大工というか……」
「それはごくごくふつうの男子高校生にも親しみやすい範囲なのか?」
つっこむ東間くんに「アタシを挟んでナスボケビ!」と有紗が肘攻撃の標的に切り替える。痛い痛いと声をあげる東間くんを無視して話は進む。
「わー、日曜大工かあ! どういうの作るの?」
「九割が本棚かな。本棚って既製品もあるけど買うとすごく高くて。カラーボックスみたいな組み立て式の安い本棚は本の重みで棚板が歪むし……用途に合ってない棚を買うと奥行が深めなものが多くて取りづらいし、いや、まあ既製品の愚痴はどうでもいいんだけど……他にはトイレ棚やキッチンスツールを作ったかな」
聞き覚えのある単語に私は即座に声をあげた。
「トイレ棚と……キッチントイレ!」
食事中にトイレの話をするな、ペパトイレ! と有紗の肘による攻撃対象が小畑くんに移った。よくわからないけど——勝った!

エスピーエフワンバイフォージグソーオオイレツギスコヤサシガネクランプケビキ……カクカク言葉に疲弊した私たちは、真っさらになった紙皿を廃棄して、食堂内にある自動販売機でジュースを買い、ちびちびとそれを飲みながら食堂に居座っていた。
「僕はオープンキャンパスに行ったり夏期講習に出たりしたぐらいで、あとは小畑と田代と後藤で祭りをいくつか回ったぐらいだね……言葉にすると、びっくりするぐらい味気のない夏だったな」
「みんなそんなもんだよねえ。七海も結構、計画を立てたんだけど終わってみると今年の夏もそう大したことはできなかったかも。日記を読み返したら友達と出かけたことか、お料理教室や手芸教室に通ったことぐらいしか書いてなかったもん」
「分かる。そういうの八月の十日ぐらいになるとその辺り諦めがついてくるよね。意気込んだわりに今年もこんな感じかーって。おれも中学校の時の友達と集まった遊んだとかキャンプをしたとか、いつでもやろうと思えばできそうなことしかしてないよ」
「アタシも新しいことは全然してないし、暇なときはあったさ。でも楽しかった思い出が少しずつあるならそれでよくない? そりゃハイスペック完璧彼氏は空から降ってこなかったし、この世のどこかに隠された三億円はどんなに歩き回っても見つけられなかった。それでも十分楽しかったわ。遊園地にプールにも川にも海にも夏祭りにも行った。後悔なんて山だけ!」
「大したことはしてないけど、私も有紗に同感だな。毎日きつきつにスケジュールをつめたりとか、成果を出したりとかだけが充実じゃないよ。友達の家に泊まって夜通しホラー映画を見てみたり、電車であまり馴染みのないところに降りてぶらぶらしたり、地域の催しにふらっと参加してみたり。そうやってゆったりだらだらと過ごせるのも長期休みの醍醐味だと思うな」
みんなでわいわいと夏休みの思い出を引きずっていたところで、ふと富田くんが口をきゅっと結んでいるのに気づいた。
「十人十色ですなー。で、トミーは何をしたわけ?」
ペットボトルの蓋をぎゅっぎゅっと閉めながら問う有紗には富田くんの顔が見えていなかった。
「あはは、さ、散歩とか」
「とか?」
「駅ビルで時間をつぶしたりとか」
「とか?」
どうやって有紗を止めるべきか、と思案したところで富田くんはもう投げやりと言わんばかりの声音で叫んだ。
「ミユちゃんとお家デートをした!」
静寂。冷房の音がごうごうと聞こえる中で、小畑くんが椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。
「人間家具にしてやる!」
ジグソーで人体をジグジグジグソーする小畑くんの図が浮かび、辺りは一瞬にして夏から冬に様変わり。はあはあと息を荒げる小畑くんを立たせたまま、話は体育祭の話に移ってゆく。よかった、小畑くんの犠牲で富田くんが救われて——勝った!

むなしい勝利だ。どうせ、プロになるわけでもないのに。
グラウンドから聞こえてきた歓声がバスの走行音でようやく引き剥がされてゆく。有紗やナミちゃんたちの姿も見えなくなって、私は背もたれに身をふかぶかと預けている富田くんを見る。東間くんは駅に寄って帰るらしかった。
「俺、やってけるかなあ」
「やっていけるよ。暇つぶしに貴賎なんてないんだから、富田くんはもっと堂々としてもいい」
ミユちゃんは、と言いかけて富田くんは片手で顔を隠し、空っぽの新しい鞄をぐしゃっと力を込めて抱きしめた。
「やっぱり俺にはミユちゃんしかいないのよねん。……みんな、喋るのが早口で、少し聞き取りづらい」
「いずれ慣れて聞き取れるようになるよ。それに私しかいないなんて、冗談」
バスが停車し人が増えてくる。新しく乗車した人はみなそれぞれ離れた席に腰をかける。バスが再び動きだす。冷房の方を見て、私は半袖からはみ出た腕を撫でる。
「ねー、ミユちゃん。聞きたいこと、あるでしょ。一つだけ、聞いてもいいよ!」
同学年で転校できたってことはそこまで引きこもりじゃなかったの? 中途半端だったの? 東間くんだったの? 髪を切ったのは伏線だったの? でもやっぱりまだまだ長いよ? なんでこの学校にしたの? 顔を隠した手を退けて、富田くんは笑っている。ぷかぷかと浮かべた数多なる質問は次々と消えてゆく。
「転学と編入学の違いって何なの?」
「もうミユちゃん大好き」
質問に答えろや。私の視線に気づいたのか、富田くんは慌てて続けた。
「基本的に編入学は退学した人がやるのさ。転学は前の学校に籍のある人だけができる。中途半端な時期までの単位もきちんと引き継がれるから、もちろん俺も転学してきたわけ!」
へえー、雑学。私が感心していたところで、「もうひとつ質問してもいいよ」とやんわり付け足された。
「引き継ぐような単位があったの?」
「もうミユちゃん結婚して」
「リバイバル・プロポーズ?」
「もうミユちゃんやめて」
笑いあっている間に、私は違うことを思い返す。ずっと前の夏の終わり、河川敷におもちゃ花火とバケツを持ち込んでひたすらに遊んでいたこと。パチパチと四方に火花が弾け広がるスパーク花火にきゃっきゃと騒いだり、燃えているうちに火花の色が変わる変色花火にうっとりとしたり。地面を激しく燃えながら這いずる回転走行花火、点火すればひゅーっと上方に向かって飛んで輝くロケット花火……締めにやった線香花火の繊細さより、たくさん用意したとりどりのおもちゃ花火を、次々に消化してゆく様の方が切なかったこと。すべてはその夏のためだけに燃え尽きる運命だったのだろうか? 問いにはすでに何着もの返信がきている。夏が始まるという件名で、夏が終わるという本文で。