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「好き」の不条理によって女子高校生が変人と交際するオンライン小説です。

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第9話 腕相撲をした。

視線を感じた。
きょろきょろとしながらも傘立てに私のかわいいかわいいビニール傘をおさめる——親骨の本数が少なくて脆弱なところなんて最高に母性を刺激される——正直いってこの傘のせいで私はもう濡れ濡れである——呼んでないよ近藤さん——本当はかわいいかわいい赤い長傘や折りたたみ傘があったのに、最近よく盗難に遭う。佳美優ちゃんのお小遣い、傘代であっぷあっぷ。お金だけでもいいからかえして。
頬についていた雨粒が顎まで垂れたのを手の甲でぬぐって、振り向く。やっぱり……東間くんの自意識過剰がうつったんだろうか。
階段をあがって暗い廊下を進み自教室をそっと覗く。うわさの東間くんが気だるそうな姿勢で本を読んでいるのが見えた。がらりと教室に入り、席に座る。
「おはよう、東間くん。今日すごく雨が強かったね」
「ああ。雨がひどいとバスも混むからな。梅雨は一本早く乗ってるんだよ」
「べつに東間くんのバス情報なんて聞いてないよ。自意識が過剰すぎるよ。自意識ングだよ」
「変なあだ名をつけるな」
王子キャラから王様キャラに昇格した東間くんを盛大な拍手で讃える。ぱちぱちと乾いた音が教室内で響いて消える。
東間くんは自身のふざけた前髪をいじりながら、間の抜けた息をついた。
「雨の日は前髪がうねるから嫌なんだよな。バスだからまだいいけど外をまともに歩いたら靴が濡れるし。泥だって跳ねる。たかが天候ごときでこんなに気が滅入ることってそうあるかよ」
「頭を坊主にして裸足になって全裸で登校したら?」
「気が滅入ったほうが百倍マシだわ」

「安物の雨合羽はガチでヤバイんすよ。フードはすぐ脱げるし顔面に雨が直撃するし丈が合わないから微妙に足が濡れるし、つーか靴カバーを別に用意しないともびしょ濡れだから。靴下じゅくじゅくだから。だから俺は裸足なんすよ、これ不可抗力なんですよマジで」
有紗は手に持っていた水筒を勢いよく置いて、対面にくっつけた私と有紗の机のちょうど中間に椅子だけ持参してきた後藤くんを睨みつけた。
「あのさあ、ふつう雨が降るってわかってたら予備の靴下もってくるよね? 特に男子なんて靴下の色も見えないし学校指定の靴下じゃなくてもいいやんけ! 直履きとかありえないんだけど。もっというと女子グループに混じって昼ご飯を食べるとか超絶ありえないんだけど。一緒に食べる男友達もいないワケ?」
だってぇ、と後藤くんはちらりと教室の端を見る。教室窓際奥の席、男子生徒たちが集まってわいわいと騒いでいた。
「俺、最弱だったし。近くでぼけっと雨を見ていた北上さんにも負けたし、女子以下だし、ここは女子とご飯を食べなきゃいけないと思って」
その意味のわからない思考、強い。
「あ? 去勢すんの?」
「申し訳ございません」
有紗の方が強かった。
教室の隅っこで男子たちの歓声が上がった。有紗が隣のナミちゃんと顔を見合わせてしかめっ面をする。ナミちゃんもしかめっ面がえしをしようとするが、ここで有紗との変顔対決が勃発し、即座に撃沈。破笑するナミちゃんをさしおいて私の隣の近藤さん。
「ああいう日常的な絡み合い、本当に生きる活力」
だめだ、この人も強かった。
唯一の希望であるナミちゃんを見てみる。笑いつかれたらしく目の端に涙を浮かべ、柔らかそうな頬も真っ赤になっている。それでもようやく落ち着いてきたらしい。笑いの一区切りと言わんばかりに深呼吸をついてちらりと有紗の方を見たところで、有紗、二度目の変顔。ナミちゃん、二度目の撃沈。
「あっ、小畑君と東間君が合体しているゾ! おひょっ!」
悍ましい近藤さんの声に再び即席腕相撲スペースを見れば、東間くんと小畑くんが向かい合って腕相撲に励んでいた。両者まったく譲らない様子で、こちらから見えるかぎりやや東間くんが優勢のようだ。
「みゆちー、旦那の方を応援しないと」
再び前を向くと有紗がチェシャ猫のように笑っていた。不思議の国の有紗だ! と感動していたところで、勝敗が決まったらしい。再び湧き上がった男子勢の声に振り向けば、がっくりと項垂れている東間くんと、椅子から立ち上がって田代くんに手を上げさせられている小畑くんの姿が見えた。田代くんはゴホゴホと咳払いをしたのち、大きく口を開いた——ここからも十分に聞こえる明瞭な声で。
「えー、ミナサン。ついにクラス最強決定戦の決着がついた。今回の勝者、小畑進がこのクラスの最強だ。彼には今後クラス代表としてありとあらゆる戦いに出向いてそれはもうありとあらゆる優遇処置を勝ち得ていただくことになる。ミナサン、勇敢なる未来の戦士に拍手!」
男子グループの間でまばらな拍手が起きる。小畑くんの手を掴んだまま、田代くんはふんふんと得意げに頷く。一方で掴まれている方の小畑くんはもじもじとして俯いている。「田代君と小畑君の組み合わせもアリだね」なんて近藤さんがつぶやきが聞こえたところで捻っていた体を元に戻せば、有紗がナミちゃんに顔を近づけて熱弁をふるっていた。
「ナミちゃん、ええんか。クラス最強の名が小畑ごときの奪われてええんか。おおう?」
「ええー? 逆に逆にだめなの?」
「あのねえ、ダメに決まってるっしょ。もしこのクラスが他のクラスに宣戦布告をされて、ナミちゃんの命を賭けて小畑と他クラスの代表が戦うことになったらどうするよ? んん? 小畑なんてどうせすぐに怖じ気付いてナミちゃんデストロイよ? 木っ端微塵こ、ミジンカスよ?」
「担任に相談するもん」
「あんなハゲに救える命などないわ! 自分の髪ですらすくえんぞあいつは!」
確かにと私とナミちゃんは納得する。己の毛根すら守れない人間が、だれかを守れるはずがない。私たちの共感を得た有紗はさらに気分良さげに後藤くんの背にまで手を伸ばしてバンバンと叩く。
「というわけで後藤、小畑を倒してこい!」
やだし無理だし一回戦で当たって負けたしぃ、と答えながらも微妙に頬を緩ませてくねくねとする後藤くん。うーん、恋する男の子、端からコミカル。
「だったらもうみゆちーが行くしかないね」
「男の子に腕力勝負は無謀だよ。……バックギャモン持ってきてもいい?」
「なんかそれ、たかはし先輩みたいだねぇ」
ナミちゃんのほわほわした指摘に血の気が引く。高橋、高橋みたいだって? 胸に手をあてて浅く息をくりかえし動悸をおさえる。なんておそろしい言葉なんだろう。ご老人をターゲットに「高橋に似ていますね」と声を掛けることで国民年金支給額削減殺人が捗ってしまう。高橋って本当に最低。
「わ、わかった。腕相撲で勝負する」
「それでこそみゆちーだ! よっしゃ、後藤。小畑を呼んでこい」
大きく頷いて席をたち小畑くんたちのもとに向かう後藤くんを見てあんぐり。ナチュラルに後藤くんが使いっ走りにされているし、いつの間にか私が小畑くんと戦うことになっている。いったい有紗はどんな奇術を使ったんだ? 恋の魔法? 私、有紗にきゅんしてる? ふとして隣に座っていた近藤さんと目があう。ほ、本当に呼んでないよ近藤さん。

気をつけるんだ本山サン、と不公平なレフェリーは私の耳元で囁いた。「小畑は相手の心理をついて格上に勝利するクラス最強の卑怯者だ」なるほど、と答えて私は親指をぐっと立てた。
集るギャラリーを「見せもんじゃないよ!」と追っ払う有紗を横目に、私は肘をついた手を差し出す小畑くんをじっと見つめる。
「な、何」
「こうやって落ち着いて見てみると、本当に彫りの深い顔だなあって。雨漏りしているところに小畑くんの顔を仰向けにおけば、ちょっとは時間稼ぎできるかも」
「あはは、おれはバケツじゃないよ本山さん」
お腹を机にくっつけて、肘をつく。こちら側に差し出されていた手を一気に握る。びくっと肩を震わせた小畑くんに猛追。
「もし私が勝ったら、小畑くんの顔。触らせてほしいな」
手の握りが強まった気がした。
沈黙のまま見つめ合う私たちの間に入る形で、田代くんががっしりと組んだ私と小畑くんの手をささえる。緊張感が高まる中で、ひゅーひゅーと指笛を鳴らす後藤くん。有紗から見向きもされませんように。
レフェリー田代くんが私と小畑くんの顔を交互に見て、それから正面を向いた。
「では両者見合って見合って、はっけよーい——」
あっ、行司田代くんだった。
気付きのタイミングで「残った!」という威勢のよい声と支えていた手が離れる感覚があった。組み合った私たちの手はちょうど中央、拮抗した状態で一見は先ほどから何も動いていないように見える。それでも近く見れば、熾烈なる戦いがすでに始まっていることがわかるはずだ。
「クラス最強だなんてすごいね、小畑くん。どんな技を使ったの?」
「技なんて使ってないよ。腕力だけで勝ったというわけでもないけど。力じゃ運動部にかないっこないし」
話しながら体重をかけてじりじりと小畑くんの拳をこちら側に引っ張ってゆく。
「東間くんとの勝負なんてすごい盛り上がりだったね」
「うん。腕相撲なんて小学校の時以来だなって話していて。『そういえばおれたち一緒の女の子を好きになって腕相撲で勝った方が告白するって決めたな。懐かしいなあ。あの時、おれが勝ったのに、おれが告白する前に東間がこっそりその子に告白したっけ。フラれてたけど』って笑いかけたら東間がしおしおしだして、あとはこう、ドバーンと」
そうやって私を話に夢中にさせたところで上半身をぐっと前に倒して力をかける小畑くん。が、組み合った手は両者まったく動いていない。「残った! 残った!」の掛け声と「なんでここでも言うんだよ!」の怒声と「なんか良いカンジだよなー。お、お、俺たちも腕相撲やろうぜ」「頭湧いてんのか後藤」の雑談が入り混じる中、小畑くんは口をぱくぱくとさせていた。
「小畑くん、倒すときはやさしく押し倒してね。私、痛いのはこわいから」
「も、本山さん……なんかその言い方すごくダメ」
「だめ?」
「上目遣いされるともっとダメ」
えへへ、と呟きながら私は先ほどめくって上向きにした小畑くんの拳を見る。力が入らないであろう小畑くんの腕をこちら側に寄せて、さらに伸ばしてだめにする。
「小畑くん、手加減していたら昼休みも終わっちゃうよ」
「あ、あはは……でもこういう時だけだから、本山さんの手を握れるの」
音楽CDを購入することでプロと握手ができるようになった現代、素人女子高校生との握手にもなんらかの価値が見出されるようになったらしい。確かに素人女子高生って字面、むちゃくちゃ人気を呼びそう。
「べつにいいのに」
「え?」
「小畑くんがそうしたいなら、いつでも手、握っていいけど」
ぽかんとして小畑くんの気が緩んだその一瞬をついて、私は小畑くんの拳を机の端にまで倒した。
「はい、ドバーン」
「え?」
まだ状況がつかめていない小畑くんに対し、私たちの対決を見ていたクラスメイトらがわあわあとしっちゃかめっちゃか。
「小畑が女子にやられた!」「小畑は女子未満ってことか!」「小畑に負けてきたやつも女子未満ってことか!」「ああみえて本山サンってすごく鍛えているのかもしれん」「その筋の人か」「マジか」「男の子と女の子の組み合わせはどうなの?」「あー、性欲というか、リアリティを感じすぎるから個人的に男女カップリングは微妙かも」「なあなあ、俺たちも腕相撲やろうぜ」「頭湧いてんのか後藤」完全に力が抜けてへろへろとしている小畑くんを前に、私は組んでいた手を静かに離して踏ん反りかえる。ああ、何にも知らない素人に技をかけて倒すの、すごく楽しい!

天罰なんだろうか。朝にも増して雨がごうごうと降り、傘入れに私の傘はなかった。
食堂で放課後メニューを頼んで時間を潰したところで、ナミちゃんに学校近くのバス停まで傘に入れてもらって、別れる。少し濡れてしまったと、鞄からタオルを取り出して肩や鞄についた水滴を払うように拭く。少し遅れてバスがやってくる。すぐさま乗車して、さっと後方の席に腰をおろす。窓際に寄りかかる。雨が屋根を叩いている音が響く。
やや曇ったガラスに雨が細かく散らばっている。バスが走りだす。動く景色と対照的に動かない雨粒をみて、私は窓に寄り掛かるのをやめて、やはり窓についた雨粒を見る。
雨が好きだという人に理由を尋ねたとき、雨粒が綺麗だからと返されたことを思い出す。窓についた水滴、葉から溢れる雫、ビニール傘をぐるぐると回した時に弾ける雨滴。晴れや曇りと違って雨や嵐は直情的だとその人は訴えていた。
——天気に感情なんてあるものか。それはつねに解釈する側の感情にすぎない。
バスが駅前までやってきて、いよいよ人が増えてくる。こもるような熱と雨のにおいが憂鬱を呼び、さらに暑苦しいことに見覚えのある顔が私の隣に座ってきた。私はこわごわと尋ねる。
「富田くん、髪切った?」
「似合う?」
質問に質問を返すな、の言葉を飲み込んで私は改めて富田くんを確認する。この季節に未だ長袖シャツであるものの、学校の制服を着ているように見えた。結ばれていた髪もバッサリと切られてさっぱりしている。それでも耳や眉が隠れるぐらいだから男子にしては長い方だ。
「風紀検査じゃ微妙なラインだね」
「大丈夫でしょ。ミユちゃんの学校だったら許容範囲だよねん」
そりゃうちの校則は緩いけど、と答える。ぎゅうぎゅうに人をつめこんだところで、バスが発車する。彼の長袖が私の肘に擦れて、気になる。
「富田くん。学校に行ったの?」
「うーん。行ったといえば行ったけど、たぶんミユちゃんが想像している感じではないと思う」
と言いながら富田くんは自身の背負っていたリュックサックを膝の上に置いて、深いため息をついた。
「ミユちゃんさあ、DIYに詳しい人とか知らない?」
「ええっと、パソコンで音楽を作るやつ?」
「たぶんそれDTMだよ、もはや頭文字Dと三文字なことしか合ってないよ」
私が唇を噛んだのをみつけて、「ごめんごめん」と富田くんが笑った。
「Do it yourself.自分でやろうってこと。もっとも俺が探しているのはDIYの中でも日曜大工について詳しい人なんだけどさ」
「何? 庭にパーゴラでも作るの?」
そんなもの作ってどうするのさ、とつぶやいて富田くんはがしがしと頭を掻く。私の頭の側面や肩に富田くんの肘ががしがしと当たる。貴様。
「パソコンゲームの箱パッケージが増えすぎてさ。今はクローゼットに置いているんだけど、こう、縦に重ねてタワーみたいになっているから、一種の地獄になってるわけね。A4が入るカラーボックスを横置きにしたら、それはそれで結構ぴったりに収納できるんだけど、やっぱり積み重ねることになっちゃう。そうじゃなくて、こう、一段一段しきりがあって、そこに一本一本収納できる形にしたいのさ……だけどパソコンゲームの箱パッケージってどれも無駄に大きさがバラバラなんだよ!」
熱烈に語る富田くんの隣で立っていたおじさんがごほごほと咳をする。富田くんは声を潜めてつづける。
「ネットで調べたら、すのこで簡単に棚が作れるらしくてさ。別に金も時間も掛けたくないから、それでいいと思ったんだけど、経験者の声が聞けるなら聞いておきたくて」
「それこそネットの人に聞けばいいんじゃない?」
「ごめん。正直なところをいうと知識より人手が欲しいんだよ」
どれだけ大きな規模のものを作る予定なんだろう、やっぱりパーゴラを作る気なんじゃないか。私の心配をよそに、富田くんは腕を組んで悩ましげな声を出した。
「工具とか家にもともとあるものじゃ足りないだろうし、貸してくれると助かるのもある。あと単純に俺って手先が不器用じゃん? 図工とか技術とか、嫌いじゃなかったけど、好きだったけど、出来たものはどれもこれもすっげえ下手くそだったからさ」
ふとして鮮明に思い出される——雨が好きだというその横顔は、課題の提出期限に間に合わないとみて技術室に残ったはいいが、木材を加工するのにやたらと時間をとった挙句に切り落としてはいけない部分を切断して現実逃避していた憂いに満ちていた気がする。
「うーん。日曜大工に詳しい人か……」
「ミユちゃんの後輩にさ、ものづくりが好きな子いなかったっけ?」
私は片手で目を覆い、すぐに手を離して窓の方を見た。雨は依然として降り続けている。
「あ、あの子はどっちかというとマフラーとかパッチワークとかその辺りだから」
「まあまあ。ちょっとは探ってみてよ。まだ付き合いあるでしょ」
「一応、あの子のお姉さんと遊ぶ約束はあるけど」
けどなあ、と呟くだけで気分が重くなる。私は頭をぶんぶんと横にふって富田くんにテンション高めに切り出した。
「ところで! 今日! 私! 腕相撲で劇的勝利を収めたんだよ! 富田くん!」
「ミユちゃん、話を切り替えるのこの上なく下手だね」
私は力こぶを作るポーズをとるフリをして、富田くんの肩に肘をぶつける。「ぎゃっ」の悲鳴に、近くのおじさんの激しい咳。富田くんは俯いてちんまり縮こまり、じとっとした視線をこちらに向けた。
「その劇的勝利って、もしかして何にも知らない女子にあの技使ったの。ミユちゃん、セコイなー」
「大丈夫。相手はクラスの男の子だし、あっちも十分に卑劣だったから」
視線の質が変わったように思われた。
「どういう経緯があったら男と腕相撲をするの?」
「奇術が——いつの間にか勝負していたというか、させられていたというか」
「一瞬、変なことを言わなかった?」
変じゃないよ、有紗の趣味だよ。心の中でつぶやいるうちに、バスが止まる。少しぎゅうぎゅう感が減って、扉が閉まり、また動き出す。
「あっ、男子側の経緯としては、雨の日の体育館利用時間を他クラスと腕相撲で奪い合うことになったから、他クラスと腕相撲に取り組むクラス代表を決める必要があったんだって」
富田くんは私の顔をまじまじと見た後、大きなため息をついた。
「ミユちゃんさ、今日、俺んちに来ない?」
「えっ、いいけどなんで?」
「最初にいいけどってなるの何で?」
質問を質問で! 私が睨み付けると、ぷいと富田くんは顔を背けた。
「久しぶりにミユちゃんと腕相撲がしたいから」
傘がないしな。
頷いた私に、富田くんは「やった」とつぶやいて今日一番の晴れやかな笑顔を見せた。その唐突なる輝きに外の雨雲たちもドン引きしたらしい。雨が引いてきて、少し外が明るくなった。もう少しして止んだら、バスからの帰り道で虹を見られるかもしれない。私もつられて笑いだし、隣のおじさんも朗らかに声を立てる。三人でわはわはと顔を見合わせ、ほころび、だれなのおじさんの言葉を飲み込みながら、私は闘志を燃やす。
以前よりパワーアップした私の腕相撲テクニックで、その笑顔を雨模様にしてあげる。