やわらかよろず

雑記です。

液タブすごいっち!!!!!!!!!!!!!!!!! 国民に定額給付金で10万円を配るより液晶タブレットを配ったほうがQOLが上がるっち。液タブはとても楽しい。定額給付金で購入してそのまま積んでいた教本を引っぱり出して絵の練習をしている。紙で描くように描ける。もちろん実際にはデジタルで描いているから取り消しやレイヤーなどの便利な機能で紙より楽に描ける。人類に液タブを持たせたら人生が楽しくて戦争とかなくなるよマジで。特殊詐欺も家庭裁判もなくなるから。詩人を目指していたけど絵師を目指したくなってきたな。ヘタクソだけどさ。そういう気持ちに・・・夢と希望に満ち溢れるようになるよ。おかげでイラストページもようやく2020年分を追加できた。今後のやりたいことを実現するためにも絵の練習を頑張るぞ。

金曜を有休で3連休にして土日も晴れていたのにどこにも行かなかった。思うと10月はまったく外出していない。無意味にホテルに泊まったりUSJに行ったりGo To Eatでディナーを食べにいっただけだ。あと木曜に飲み会に参加した。土日はいつものように部屋でだらだらと過ごした。自転車のライトがつかなくなったから修理してもらいにいったついでに書店に寄ったのみ。しかし金曜の私は少し違った。まず溜めていたバーコードを切り取って懸賞ハガキを7口分用意した。それに詩を書いて2誌に投稿した。なくなりそうな切手を郵便局で補充して磁気が弱くなって使えなくなっていた通帳も窓口で対応してもらった。有休をとった日にやるにしてはあまりにもカスのような1日である。しかしいつも休みの日はカスなのでだいぶ上等なカスだ。「未来の私に感謝されるだろう」と思える働きっぷりだ。このように未来の自分を助ける一日を着実にくり返していけば図書の本の返却期限に追われることもないはずだがカスだ。新型コロナ感染症の第二波がいつ来るのかもわからないが返却期限の第二波が迫っている。液タブすごいっち!!!!!!!!!!

これは2020年10月25日に書いた。


とくに書くことがない。先週はGo To Eatで2店を予約して会社帰りに寄ったぐらい。人生をよくすることはなにひとつしていない。生産的なことはなにも。あとドミノ・ピザでいろいろと注文したぐらい。おひとり様メニューがけっこういい。1199円でMサイズピザ+サイドメニューを注文できる。あるいは同じ価格でパスタ+サイドメニュー+デザートを頼むこともできる。お得な感じがする。といってもLサイズ半額クーポン+Lサイズのプレーンピザには敵わない。冬に向けて肥えてく。ところで先々週にプライムセールについてエッセイページを作成すると書いた。やめることにした。よくよく考えるとセール品をあまり買っていなかった。安売りで購入したのは片手で数えられるぐらい。

・Kindle Paperwhite
・液晶タブレット
・着る毛布
・スロークッカー
・コカ・コーラゼロ

液晶タブレットはPCに接続するケーブルを揃える関係でまだ使っていない。スロー・クッカーは箱すら開けていない。Kindle Paperwhiteはよい感じだ。今まではAndroidタブレットにKindleのアプリを入れて電子書籍を読んでいた。しかし「メモとハイライト」のページで引いたハイライトを確認すると最後の数文字が表示されないバグがあった。もうずっと直らないバグ。Kindleだともちろんそんなことはない。たぶんKindleを購入させるための策略。それとお風呂で読める。手で作った影がふんわりとしていて優しいところもよい。積読がいやになるほどあるからKindleで読む意識を高められたらいい。図書の本は今日になって返却日を超えた分をようやく読み終えた。まだ返却日が来週の本が残っている。積読を崩せそうにない。

これは2020年10月21日に書いた。


夜の8時にすやすやして朝の1時に起きたプライムデー初日。プライムセールで5万円ぐらい衝動買いした。手取り15万円の3分の1が30分の1日で消えた。時間があるときに購入品のエッセイページを作成する。今は時間がない。それもこれも先週の火曜日におそろしい罪を犯したからだ。火曜日は振替休暇でUSJに行った。もう4回目・・・5回目? とにかく年間パス・ライトで何度も行っている。目的はハロウィンイベントを楽しむこと。それと今まで乗らなかったアトラクションに乗ること。今回はハリウッド・ドリーム・ザ・ライドとミニオン・ハチャメチャ・アイスとフライング・スヌーピーに乗った。年間パスの余裕からちょっとずつしか乗らない。せっかくのハロウィンらしくハロウィンフードを食べる。くろねこミニオンまんにハロウィーン・ミニオン・シュークリームにハロウィーン・スヌーピー・シェイク。ゾンビーツやら偶然に通りかかって見たショーやら仮装しているミニオンたちの写真を撮るなど楽しい一日だった。あのときまでは。ワンダーランド・シーズンズ・ジョイ(たぶん)がたまたま近くで始まっていた。見ようと思って行と列になっている2行1列目に入りこむ。他のショーも空いているところに任意で入っていくかたちだったから問題ないと思っていた。着ぐるみどものダンスショー。近くにいたお姉さんが他の客を誘導している。「写真を撮りたいかたは後ろに並んでください」そして写真撮影開始。ポーズを決める着ぐるみども。ショーではなかった! みんな並んでいた! 割りこみになった! 罪を犯した意識からとぼとぼと帰った。このあと3日ぐらい意気消沈していた。金曜日にタイタンシネマライブに行ってようやく回復した。長かった。シネマライブの前後はカキフライを求めて食事をした。先週になって急にカキフライにハマリはじめたのだ。しかし最初に寄った「重亭」ではカキフライが冬季限定だった。仕方なくハンバーグステーキを注文。見た目はハンバーグなのにナイフで割るとステーキのようなジュージューだくだく感。とはいえカキフライが食べたい。家に帰る前に「ザめしや24」に寄って食べる。・・・。そうだ。今までもカキフライなんてたくさん食べてきたし広島で牡蠣がメインのフードフェスティバルにも行ったのにここまで熱烈にカキフライを求めたことはなかった。私はカキフライを好んでいるのではない。キッチンオリジンのカキフライが好きなんだ。とにかく先週に引き続いてカキフライ弁当を食べて続けている。それで元気が出たのはよいが3日ほど凹んでいるあいだに図書の返却日が近づいてきた。近づいてきたというより昨日だった。プライムデーで散財している場合でもないしこの文章を書いている場合でもない。

これは2020年10月13日に書いた。


先々週に書いた良い知らせについて書いておこう。「文芸思潮」現代詩賞で二次予選を通過した。三次予選は通過できなかったけれども。とてもうれしい。雑誌の予選通過作品発表に自分の名前がある。読んでみるとかなりの人数が三次予選を通過していそうだ。一次敗退者+一次通過者+二次通過者<三次通過者になりそうなぐらい。そう考えると二次予選通過ってうれしくないことではないか。そんなことはない。連番で買った10枚の宝くじで300円が当たるような喜びがある。うれしくなさそう。

先週の土曜日は大阪いらっしゃいキャンペーンで大阪市内のホテルに泊まった。無意味な宿泊。2500円分のポイント還元とディナーで使える2000円のクーポンと地域共通クーポン1000円と朝食がついてGoToトラベルで4505円。ディナーではホテルの1Fにあった中華料理屋でコース料理を頼んだ。税抜2000円。辛いし熱い。涙を浮かべて鼻水をたらしながら食べた。朝食も中華料理屋のそれっぽい定食だった。こちらは辛くなかった。地域共通クーポンは551HORAI蓬莱の豚まんに使った。6個。地域共通クーポン使用の審査が終わっていない店があるようで551では2店舗に断られた。それとクーポンの期限がチェックイン~チェックアウトの日までだった。使える店はネットで調べるとマップで出てくる。一度に大量の対象店舗が表示されて何がなんだかわからない。マップに掲載されていても使おうとすると断られる。全部コンビニに吸いとられそう。

創作について。「あれをやったぞ」と雑記に書けたらよいのに特にやっていない。ヒマだからぬいぐるみをドット絵にするか・・・とも考えない。そんなことはふつうの人は考えないし私はふつうの人である。しかしこのままではドット絵になっていないぬいぐるみがたまってゆく。それはどうでもいい。今のところ早急にやらなければならないタスクはテキストレボリューションのWebアンソロに向けて短編小説を書くこと。まだ1文字も書いていない。ウソ。ずっと前にちょっと書いた。そのまま放置している。たぶんやろうとしたら1日でやれる。だって4000字以内で書くし。頑張れば1時間で2000字書けるし。即興で。さらにすでに書いた文章がある。なら2時間もあれば書けるはずなのに書かない。ふつうの人ではなくて異常者なのかもしれない。たぶんふつうの人は2時間ぐらい前を向くことができる。私はつまらない本を読むと8分で集中力が切れる。8分! しかしその8分だって10回も積み立てれば80分になる。1時間と20分。十分ではないか。そうはうまくいかない。どうでもいいんだけどこの雑記が現在5万6000字らしい。今年の1月から書きはじめて10か月目に入ろうとしている。10か月で5万6000字。私の今年の10か月は1時間程度で読了するライトノベルよりも薄っぺらく短く早く読み終わる。おそろしい。何がおそろしいって今年にかぎらず毎年そうだったような気がしておそろしい。よい人間になる前にまずはライトノベルの主人公になりたい。

これは2020年10月5日に書いた。


9月末にも10月1日にも更新できない半端な人間。先週は金曜日に有休をとって島根に行った。まずは出雲大社。これがすごく雰囲気のよい場所だった。バスから降りて立ち寄った瞬間に気にいってしまった。雨なのに楽しかったもん。それでこれまた雰囲気のよい駅からバスなども利用して松江のホテルに泊まった。電車に乗っているときに晴れて美しい宍道湖を見ることができた。でもホテルから歩いて白潟公園に夕焼けを見にいったときにはやはり曇っていた。雰囲気はあったし風も気持ちよくはあった。島根県立美術館の近くまで歩いて宍道湖うさぎを見た。入水自殺しているかのようだった。次の日も天気が悪かった。まずはレイクラインに乗って小泉八雲記念館に行く。なんとその日はちょうど彼の命日らしかった。よい展示。そのおとなりにある小泉八雲旧居に。よい感じ。お次は武家屋敷。屋敷内だけではなく庭も歩いて見られるのでよい。早めの昼食は「出雲そば処 八雲庵」で鴨なんばんと割子一段。それから明々庵に。上りがつらい。ロッカーに荷物を預けて移動するという習慣がない。なんとか下って松江城へ。空いていてよかった。出たあとで写真を撮ったらちょうど晴れたのでさらによかった。ぶらりと興雲閣でオシャンティな気持ちになりながら「ちどり茶屋」で冷たいぜんざいを食べる。あとは島根県物産観光館でしまねっこのグッズを買ってカラコロ工房にちらっと寄りカラコロ広場で休憩をしてふたたび白潟公園でどんよりとした宍道湖を眺めてレイクラインで駅まで戻って待機していた。ほんとうはもっと観光する時間があったのにリュックを背負う肩が限界を迎えていた。1時間半ぐらい時間をつぶして待ったもの。それはWEST EXPRESS 銀河。夜に走って朝につく列車で抽選ツアーに参加申しこみをして当選した。席はクシェットで一応はごろんと横になることができる。とてもよいツアーだった。まず旅行中は特典付きの観光パスポートで手ぬぐいとレイクラインの1日乗車券をもらえたし銀河に乗車したあとは夕食として駅弁が配られたり途中下車して夜食のピザやきれいなクルス詰めをもらったり駅に接続している図書館の物販でおみやげを買ったりした。ピクルスをゼリーと誤認していた私はとてもからい思いをした。寝心地はというと1時間に1回は目が覚めていた夜行バスよりはよかった。2~3時間に1回の間隔で起きた。それも停車中に。銀河は夜から朝にかけてゆっくりとずっと走るわけではなく朝に着くようにたびたび長く停車するようだ。それでなんとか大阪に帰ってきてぐったりとした。定番の観光地を回っただけなのに島根のことがとても好きになった。島根に住みたくなるぐらい。何度も書くが雰囲気がよい。その場でぐるぐると回転して目にうつる景色がすべてシームレスにつながって調和しているよう。これが金沢だったらドギュンドギュンとしていた。ドギュンドギュンと。次は天気がいいときに訪れたい。行きたいところがまだまだある。

あとはもう今週の話になるけど詩を投稿した。我ながらえらいなと思う。毎月詩を投稿するというルーチンがあることがえらい。詩ってそんなに機械的にスケジューリングして書くことなのか。それで懸賞の当選品が水曜日に届いた。というわけで「懸賞で健闘する」のページを作成した。当選品を記録するエッセイ。これは当選すれば更新する。だからもう二度と更新しない可能性もある。同時に「読書月間2020」のページも公開した。積読を減らしたいのに図書の本を借りてしまった。そうそう。島根から朝帰りをした日曜日に力をふりしぼってやっと予約していた図書を引き取りにいった。今度こそは延滞しないようにしたい。面白そうな本ばかり借りたからきっと大丈夫だ。いちばんの楽しみはナオミ・オルダーマンの『パワー』で今まであった他の人の予約がないからと衝動で借りてしまった。それで読書月間をしつつ最近購入したまま積んでいるゲーム・・・『美少女万華鏡』の最終作や『シロナガス島への帰還』『ベオグラードメトロの子供たち』などなどで遊べたらいい。イヤ遊ぶのは来月でもいいかな。じつは読書月間のほかに10月中にはじめようとしていることがある。創作に関すること。今年中に完成させておきたいものがある。そうしたいというだけで予定はいつだって未定だ。だって予定を立てると絶対にやらないし。予定を立てると絶対にやらないってなんだよ。

これは2020年10月2日に書いた。


マジでうつ病かもしれん。先週から次のような取り組みを始めた。1週間ごとに10個の目標を決めて次の週に何個できたかをふりかえろう。達成0。10個もやることがあって0個。金曜日に休んだから月~日の1週間で考えても3連休だったのに0。なんなら反省ですら月曜日にしないでシルバーウィーク明けの今日にやった。ここまで自制できないのは障害者だからじゃないのか? しかも5連休のうちの2日は何もしなかった。日曜日は大阪府に住んでいるのに「大阪いらっしゃい」のキャンペーンを使うのとじゃらんの期間限定ポイントを消化するためだけに大阪市内のホテルに泊まった。変なホテル。ロボホンハリウッドルームに泊まった。ロボホンとおしゃべりできる。性的。夕飯は近くにあった「北極星」のオムライスを食べた。室内は和風なのに流れている音楽は洋風レストラン風。祝日である月曜日は滋賀に行って「彦根城」でひこにゃんのショーを最前列で5分くらい見て天守に入場して「玄宮園」に行って大浴場のついたホテルに。彦根城には家族連れがたくさんいてドン引きした。連休に滋賀かよ。京都やUSJに行けよ。火曜日は自転車をレンタルして「豊郷小学校旧校舎群」に行く。今年は自転車に乗ってばっかりだな。それで自転車を返したあとに「滋賀県立琵琶湖博物館」に行った。整理券を配られてだいたい1時間半待ち。日曜日や月曜日は昼の12時には整理券も少なくなっていたようなので運がよかった。運がよかったというか連休の最終日に滋賀になんていられないだろう。時間をつぶすために「水生植物公園みずの森」に行く。インスタ映えしそうなスポットだった。きれいな景色を見ながらハスソフトをはすはすと食べた。琵琶湖博物館はなかなか内容が充実していたがノートパソコンとポメラと充電器とひこにゃんのぬいぐるみを入れたリュックサックを背負ったまま回るには展示の文字が細かすぎた。ロッカーに荷物を預けることをいつも忘れてしまう。水族展示室という名の水族館は説明がシンプルでよかった。しかも水族館より人が少なくて快適に見られる。帰る前には「にほのうみ」でブラックバスとビワマスの天丼を食べた。あとになって思えば鮒寿司も注文しておけばよかった。月曜日に泊まったホテルの近くにあるスーパーで買った平和堂の鯖ずしを鮒ずしと勘違いしていた。「もう食べたからいいや」マジでうつ病かもしれん。とにかくそれで連休終了。滋賀には2020年中にもう1度行く。「今こそ滋賀を旅しよう!」キャンペーンでもらえる1泊あたり5000円のクーポンブックの有効期限が今年までだから。こういう期限が心理的な圧迫になってくる。やりたいことがいっぱいだ。図書館の本もまた借りてしまった。まだ受け取りにすら行っていない。10月は積読解消月間にしようと決めたから9月中に図書の本をできるだけ減らさないといけない。でもついこの前に届いた同人ゲームで遊びたい気持ちもある。明日の木曜日は送迎会に参加。明後日の金曜日は抽選で当たったツアーで日曜日の朝まで外出。雑誌への詩の投稿がまだ済んでいない。タスクはいろいろあるのに何一つできない。うつ病かもしれん。

最近ずっと「公開する」と言っていた短編小説については諦めた。完成はさせる。でもコンテストの締切に合わせて完成させようと思う。締切なしで書くことなど出来ない。ゴールデンウィーク中に己の意志だけで小説を完成できたことは奇跡だった。それにコンテストに応募することはクローズド懸賞に応募することに等しい。つまりワクワクする。「懸賞小説」とも言うしやはりコンテストへの応募にはハガキにバーコードと切手を貼って必要事項を書いて封筒に糊づけしてポストに投函するような作業の楽しみがある。この心境に至った・・・というより好きの原点に戻ったのはつい数週間前に懸賞に当選したのもそうだが良い知らせのおかげでもあった。もっと努力するぞと思える知らせだった。10個のうち0個しかできない人間の「もっと」が何なのかはわからないがたぶん1個ぐらいはする気になった。うつ病であってくれ。

これは2020年9月23日に書いた。


仕事で忙しかったっチ! 開幕言い訳。ちょっとした残業と休日出勤で充たされた1週間だった。ふだんの仕事は毎日ノー残業デーなのに忙しい週だけ本当に忙しい。短編小説を書くヒマはあったけど書かなかった。もうなんにもしなかった。太陽の塔の内部を見学して詩を投稿してテキストレボリューションに参加申込をしたぐらい。そうそう。2020年も同人誌即売会に参加する。Webと郵送でやりとりが完結する通販型。販売するものはまだ決まっていない。これから書く。短編小説すら書かないのにこれから書く。同人誌即売会に参加した1回目や2回目の悪夢を今から思いだす。発送当日の夜に小説1本や2本を書いてコピーして発送したこと。しかも発送日を勘違いしていて運営に迷惑をかけた。しかもまったく売れない。まぼろしとなった3回目もやはり当日に書きはじめたあげくに発送日を間違えた。無言でキャンセルできるスタジオYouのイベントでよかった。参加費を無意味に払うだけで済んだ。そんな暗い過去(2019年)を抱えつつ懲りずに同人誌即売会に参加する理由。それは新作を必ず完成できること。同人誌即売会に参加するとコンテストの締切より「やらないといけない」気持ちになる。理屈はよくわからない。仕事の納品日や回答日を厳守するのに近いかもしれない。私はこのように怠惰である。しかしさすがに仕事はまともにやる。うまくできるかは別として。無能なのでうまくできないことが多い。仕事の締切を守ることは健全で健常な社会人の当然のマナーだ。どんな仕事であれ。だけど個人的に決めた締切は守らない。やらない。スタートしない。なぜだろうと最近になって考えはじめた。26歳にして。両親は24歳で私を生んだというのに。26歳半ばにしてなぜ仕事はまじめにやって創作はまじめにやれないのかを考えはじめた。その結果がこれ。

・仕事
ネットサーフィンやぼんやりするためにタスクを早く解消しようとする

・創作
ネットサーフィンやぼんやりを先にしてからタスクを解消する

要は監視がないとゆるくなることに全力を投じて集中力がなくなってしまう。創作に仕事と同じような強制力は働かない。仕事をしないでぼんやりすると後で自分がつらくなる。創作をしないでぼんやりしてもつらくならない。その違いがある。こう書くと私はぼんやりしたいだけの人間に見える。そうではない。なんなら忙しいことが好きだ。でもその忙しさとは残業をするとか休日出勤をするとかではなく定時退社できる範囲でやるべきことがたくさんあること。仕事はともかく日常には定時が存在しない。そこに無限の苦しみがある。これは私が就寝時間を決めていないせいでもある。おそらくふつうの人は寝る時間が第二の定時になるはずだ。私は違う。いつのまにか眠ってしまう。たぶん眠くなくても横になるだけで寝てしまう。もう気ままに寝る。すぐにぐっすりと寝る。紅茶飲料を常飲していたときは4時間睡眠。最近は5時間~7時間睡眠。短い場合と長い場合とで2時間も差がある時点でなにかがおかしい。せめて1時間の誤差でないと。だから次のようにやってみようと考えた。

・夜11時を第二の定時とする
・夜10時半に残業するか決める
・夜12時までには寝る
・タスクを解消するか定時以降にぼんやりする

理屈では毎日5時間ぐらい創作できる。やりはじめる前からわかる。理屈なんてなんの現実にも役に立たない。私は夜の9時にだって寝る。

これは2020年9月15日に書いた。


すごく印象的な悪夢を見た。三人組が殺人鬼のいる家に突入する直前で警察に電話を掛ける。「すぐに助けに来てください! ここは青森県・・・」青森県だったらすぐに助けに来られない! 急いで飛び起きた。ちょうど扉をトントンとノックするような音が聞こえてきて震えた。気のせいだった。私の夢にはいつも自分が出てこない。ホラー展開のときだけ主人公になれる。今回は私の出演がなかった。その意味でも印象的だ。暗示的ではない。悪夢を見る理由はカフェインだ。カフェインはカス。

ところで先週はこう書いた。今週は短編を公開すると思う。実際に短編小説『1と2と31のパララックス』を公開した。でも再録だ。新作ではない。本当は新作を公開するつもりだったのに。今が9月の8日であることを信じられない。最近はずっとぽんやりと過ごしている気がする。先週は桂離宮を参観して抽選で当たったツアーの本申込と入金をしてクローズド懸賞に4口応募したぐらい。懸賞といえば「実感!黒の力キャンペーン」のWチャンスに当選して「デンタルプロ商品詰め合わせセット」が届いた。歯ブラシと歯間ブラシ。サンプル品を送り付けられたような気持ちだ。喜んで使っている。たまごサンドも食べた。グッドサイフォンカフェ。見た目はおなじみのたまごやきサンドで味もふつうである。でもすごく居心地のよいカフェだった。雰囲気がよい。余計なBGMがない。静かすぎるわけでもない。長居が許される空気である。カード払いもできる。たまごサンドを乗せた皿にポテチをおしゃれな感じで添えて出してくれる。もし私にたまごサンドをいっしょに食べるだけの恋人がいたとしたら逢瀬の候補はここだろう。イヤな変人。とにかく私の人生を総括するような薄っぺらい1週間を送った。

あとはペラッペラの意欲で創作を進めている。私より若い人たちがたくさんの作品を量産しているところを見ると「がんばるぞ!」と勇気をもらえる。もらえるだけ。歯ブラシと歯間ブラシをもらってその日の夜から使いはじめる程度の力になる。私には積読や積ゲーならぬ積アイディアがたくさんある。しかもけっこうな頻度で罪が増える。誤字だが誤りではない。先週も1タイトル分のアイディアが出た。アイディアは1年に少なくて30タイトルは増えるから1年に30タイトル以上を完成させないと積みアイディアが減らない。すべてが短編ならまだしも私がめったに完成させられない中編やまったく完成できない長編のアイディアも増える。気が狂っておる。とにかく今は完成できそうなものから完成させるしかない。今週こそは新作を公開するぞ!

これは2020年9月8日に書いた。


いいことはあった。午後の紅茶おいしい無糖「BIG紅茶缶当たる!」キャンペーンに当選してスパイスギフトや皿の入ったSPICY缶が送られてきたしCAMPFIREで支援していた「福岡発!中国茶カフェのコロナショック閉店を回避し、身体によい中国茶を皆に届けたい」で茶とクッキーのセットが送られてきた。でも楽しみにしていた8月の最後の4連休はぐだぐだになってしまった。小説を書こうと思って書けなかったのだ。せっかく有休を2日も使ったというのに家でだらだらするだけ。金曜日はタイタンシネマライブを観にいった。その前に「アラビヤコーヒー」でたまごサンドを食べた。日曜日は京都にある「喫茶マドラグ」に行った。もちろんお目当てはコロナのたまごサンドだ。2020年においては不吉な予感しかしない名前。平日の昼過ぎにもかかわらず満席で少しだけ待っての入店。待っているときに注文したからすぐに出てきた。1人では絶対に食べてはいけない量。でも見た目はおいしそうだ。用意されていたフォークを刺して食べる。ボロボロ。あまりにもやわらかすぎるたまご。これは・・・。1皿に4つあるうちの1つはぼろぼろしつつもフォークで口に運ぶ。この時点でうすうすと気づいていた。

食べにくいやつ!
たまごがちょっと熱いやつ!
塩がないと味がないやつ!
ソースで手が汚れるやつ!

カフェで出されるたまごサンドの味は大まかに4種類にわけられると思っている。「単体でおいしいやつ」「単体でもおいしいけど塩をかけるともっとおいしいやつ」「塩がないと味がないやつ」「塩があっても味がないやつ」塩が用意されていない場合の後ろの2つの判断基準はソースやだしのほのかな味があるかないかだ。最後に該当するものは1度しか食べたことない。はじめて食べたたまごサンド。あれはまさしく「虚無」だった。虚無に陥りながらもたまごサンドにハマれたのは2番目に行った店が「単体でおいしいやつ」だったからだ。Y・C 梅田店。残念ながらもっとも少ないタイプだ。たいていのたまごサンドは虚無に近い味がする。それで有名なこのたまごサンド。パンにソースがついている。それで手が汚れるからついてはいる。たまごも完全に味がないわけではない。分厚いのにフォークで刺せばぼろぼろと崩れる程度にやわらかく個性もある。しかし単体でこの量を1人で食べるのはつらい。つらい味だ。塩がいる。「塩がないと味がないやつ」はさらに2つに分けることができる。店側が塩をあらかじめ用意するパターンとしないパターンだ。この店は後者だった。要はこれが完成形の味。通好みだ。口コミの評価が高いからもっと幅広い客層にウケるような「単体でおいしいやつ」なのかと思った。食べきることには苦労したがいい店だった。接客の感じがとてもよかった。すぐに水を注いでくれるし。水を何度も注いでくれるだけで好きになってしまう。椅子もゆったりしていてよい。いるだけで幸せになってくる感でいえば「喫茶サンシャイン」の次ぐらいだ。満腹でつらかったのにそう思えたのは相当よかったということ。何度もくりかえすがいい店だった。たまごサンドも4人組で1皿を注文したらちょうどいいと思う。1人で食べる量ではない。

4連休でやったことは本当にこれだけだ。少ないのではないかと先週懸念していたインプットもしていない。おなじみの脱水症状からの頭痛で熱っぽくなった時間もあった。カフェインでギンギンにして治した。詩をコンテストに応募した。10分ぐらいで書いたものを。でも一番の悩みは小説だ。長編を書こうとして悩んでいる。どれから完成させればよいのか。今までコンテストの締切にあわせることで短編小説を完成させてきた。でもその要領で長編小説を完成できない。唯一完成している長編小説『multiple』も一応はコンテスト応募作だ。じつは応募期限にギリギリ間に合っていない。「Web小説だしちょっと時間を過ぎても対象にならないかな」と思いながら期限を過ぎて規定の文字数を超えた。それに長編をコンテストに応募することには抵抗がある。長編は短編と比べて読むのに時間が掛かる。つまり審査に時間が掛かる。1年の審査を経てから落選作をWebに投稿しようと思うとサイトの更新内容がなくなってしまう。だからコンテストには関係なく・・・あるいはWeb小説コンテストに応募しようと長編小説を書いている。また最初の問題に戻ってくる。どれから完成させればよいのか。2020年のはじめに私はあらかじめ何をしたいのか決めようとした。このやわらかよろずの一番下には読みたい本を書いている。まったく読んでいない。そして読もうとした本を読んでいないために他の本を読めない。あらかじめ決めてしまったことで苦しめられている。Todoの罠だ。小説のコンテストにおいてもこの罠に引っかかった。「コンテストに応募している」のページで応募したいコンテストを列挙していた。もう消した。何も決めてはいけない。あれをやろうと決めてはいけない。決めた時点でやれなくなる。どれから完成させればよいのか。それも決めてはいけない。決めてはいけないと思ったらこう悩む。「ではどれから完成させればよいのか」と言いつつ今週は短編を公開すると思う。

これは2020年9月1日に書いた。


楽しくなかったな金沢。水・木・金の夏期休暇を取ったはいいが予約が遅くなって木・金・土の2泊3日になった金沢旅行。5連休の1日目は2日目の朝7時に出発するサンダーバードに間に合うように新大阪に泊まることにした。実際にはそんなことをしなくても間に合う。GoToで安く泊まれるから気晴らしに泊まっただけだ。チェックイン前に鶴見緑地に行った。熱かった。誤変換ではない。熱い。頭痛に苦しみながらアパホテルに入る。人生初のアパホテル。これが凄かった。背中から吸いついて離れられない寝心地のよい大きなベッド。試用品としてもらったリポビタンアルコベールの3本セット。大浴場にはだれもいない。テレビも大きい。冷房がガンガンに効いて涼しい。金沢では2つのホテルに泊まったが思えばここが一番だった。紅茶飲料とコーヒー牛乳でカフェインをキメて頭痛を治してテンションマックスで笑いながら寝て起きて4時間睡眠。カフェインを摂るとそうなる。二度寝をしたら最悪の事態を招きかねないと目をこすりながらサンダーバードに直行する。時間がギリギリになったのもあって駆け込んだ電車がべつの快速電車。二度寝をしなかったせいで最悪の事態が。眠気も吹きとんでパニックになった。冷静になった。「サンダーバードの停車駅にこの快速電車が先に到着するから問題なし」何事もなかったかのように高槻駅で乗車。このドタバタ感も後になって考えればスリルのあふれる冒険感があってよかったかもしれない。金沢についた。あとはもうダイジェスト。

木曜日
・ひがし茶屋街 人がいない。
・兼六園 横にも縦にも大きいね。
・金沢城公園 石垣がシャレオツ。
・金沢21世紀美術館 予定どおりチラっと寄っただけ。グーグルマップのクチコミを見るに正しい判断だった。
・武家屋敷跡 野村家 こういうのたくさん見てきたな。
・長町武家屋敷跡 散歩道。
・尾山神社 ここに書くことを忘れていた。シャレオツ。
・近江町市場 16時にはほぼ終わっていた。

金曜日
・千里浜なぎさドライブウェイ 自転車で。想像していたより走りづらかった。
・宇宙科学博物館コスモアイル羽咋 「石川県」のスポットでは一番内容が充実していた。お土産屋の気合もすごい。

土曜日
・白川郷 「岐阜県」のスポット。いちばんよかった。3時間ぐらいで展望台と和田家と神田家と合掌造り民家園を見た。夏を歩いてきた。他の季節でも行きたい。
・鈴木大拙館 金沢に戻ってきてしまった。積読を思い出した。

つらかったな。特に金曜日がつらかった。まず金沢駅から羽咋駅に向かう電車のボックス席に座った。すると地元の人らしいおばちゃんが向かい側に座って話しかけて来た。違う駅で他の人と合流するそうだ。他の席は空いている。それで他の人もやってきた。私の隣に座ろうとする。「私が違う席に行きますよ」と言って席を譲る。おばちゃんたちはぺちゃくちゃとおしゃべりに夢中だ。片方はマスクをつけていない。どうして最初に座っていた私が席を譲らないといけないのか。この時点で悲しくなる。そして羽咋駅。入場のときはSuicaを使えたのに現金で払わないといけない。これですべてのやる気がなくなる。本当は宇宙科学博物館に行ったあとでのとじま水族館に向かうつもりだったのに。ハントンライスも2食試してみたが「洋食」以外の感想がなかったしゴーゴーカレーでは支払い時に「現金で払いますか?」と聞かれて思わず「はい」と答えてしまった。なんでそんなことを聞くか。現金以外の決済ができるなら私は現金では絶対に払わない。思うと金沢旅行では現金払いが多かった。どのスポットも現金払い。現金払いしかできない街には愛がないよ。どの店だって手数料は惜しいし苦しい。それでも利用者の役に立つことを考える。現金払い以外の支払い手段があることで不幸になる利用者はいない。現金払いしかできなくてイヤな気持ちになる利用者はいる。愛があれば利用者のことを考えるし利用者はその愛にきっと応える。私は現金払いしかできない場所を何度も訪れようと思わない。金沢には何度も見たくなるようなスポットがなかったのでたとえカード払いできたとしても二度と訪れない。帰りのサンダーバードで生まれ育った福岡市のことを思いだして泣いた。何もないことがマンホールからして示されている福岡市。何もかもあってもこんなに無常なんて。

悲しいことには蓋をして日常に戻ろう。小説を書こうと思ってしばらく使っていなかったポメラを引っ張り出した。ポメラのなかにある2017年の日記メモを読んでいると当時の私は読書をしたり映画を観たりゲームをクリアしていた。毎日。この2017年から変わったことは大阪に異動したことだけで業務量も変わっていないのにインプット量が減っている。2020年に読んだ本を数えたらあまりにも少なくてぞっとした。アウトプット・・・創作のペースが非常によくないのもインプットの少なさに起因しているのかもしれない。思えば2017年がいちばん書いていたような。そうでもないか。もう少しで完結しそうな短編が1本ある。夜の7時に書き出して11時までに終わるぐらい。要は平日でもやろうと思えばやれる量。でもやる気がしない。あとはアンソロジーに寄稿していた『1と2と31のパララックス』を小説家になろうに投稿したい。これはすぐにできる。原稿をコピー&ペーストして投稿ボタンを押すだけだから。だけど公開年別である小説一覧ページにおいて「WEBで読める」カテゴリの2019年に入れるべきか2020年に入れるべきか悩んでしまって動き出せない。こういうくだらない悩みがたくさんある。あまり大っぴらには言えないが私は世界でもっとも不幸なグループのひとりだ。そんな暗い気持ちにも蓋をしたいところだが蓋という単語がいやでもマンホールと結びついて福岡市に飛躍し金沢市が連想される。どうして最初に座っていた私が席を譲らないといけないのか。いつもそう思う。

これは2020年8月26日に書いた。


noteがやらかしてくれたせいで休日の午前中がつぶれた。利用者のあらゆる情報が流出「していた」noteのアカウントを削除しようとしてぶつかった難問。これは前にも書いた。バックアップ機能がない。エクスポートできない。エクスポートもできないブログサービスなんて滅びたほうがよい。たしか私が小学生のときに利用していたヤプログにだってエクスポート機能はあった。たぶん。幸いにして流出「していた」ことが話題になる前から全記事を非公開にしていた。そもそも私の記事なんてだれも読まない。興味がない。だが一度セキュリティに問題があると看做されたサービスは集中的におもちゃにされる。それに一つのやらかしは一つで済まない。というわけで下書きにしていた記事をひたすらにコピペしてローカルに保存して退会した。ついでに使っていなかったScrapboxのアカウントも消した。Scrapboxは一度ログインしてから1年以上は経っていたはずなのに再ログインを求められなかった。Yahoo!なんてことあるごとにSMS認証をしなければならないというのに。noteもScrapboxもクセのある退会方法だった。noteはヘルプ画面からでないと退会できない。Scrapboxは作成したプロジェクトを削除しないと退会できない。あらゆるWebサービスはユーザーの離脱を避けたい。それに例外はない。ではどう対策するか。そこに良心や良識の差が出る。

それにしても先週の土日は暑かった。とてもよい天気なのにまるで外に出られる気がしなかった。でもカレー欲に負けてロイヤルホストでジャワカレーを食べた。干した洗濯物はパリっと乾いた。あとはひんやりとした部屋で昼寝。土日にやった有意義なことはnoteから退会したことだけだ。虚無。なにもない土日だったが週でふりかえると充実していた。詩を2誌に投稿したし振替休日には兵庫に行った。須磨海浜水族園で親子連れを避けながら魚を見て30分前に満員になったショーは見られずに大量のゴミがぷかぷかと浮いている須磨海水浴場を眺めてバスに乗って電車に乗って姫路城に入城して好古園を鑑賞して帰った。アーモンドトーストも食べた。はまもとコーヒーとカフェ・ラ・ダダ。たまごサンドが恋しくなる味だった。最近たまごサンドを食べていない。たぶん7月18日か19日に食べてからというもの食べていない。いや8月中もスーパーで買って食べたかな。コンビニでも買って食べような・・・たまごサンドはいくら食べてもよい食べ物なので日付はどうでもいい。最近たまごサンドを食べていない。新しいカフェに行く必要がある。

創作の進捗はよくない。もう何も完成させられない気がしてきた。あと気がかりなことがある。たまに「小説家になろう」に投稿した最新小説のアクセス解析を見てみる。多くて50アクセスだ。いつ見ても特に変動がない。しかし最近『内心ころり』のアクセス数がおかしい。12日からずっとアクセスがある。1~3アクセス。晒されているのではないか。心当たりはある。まず最近の雑記で新型コロナ感染症流行の状況下にもかかわらず旅行の計画を書いた。それと何ら不条理文学でないことを不条理文学にしようとした。『内心ころり』の内容にもいくつか倫理的に問題視されそうな描写がある。まあこれはいい。並の人間相手ならリアル倫理バトルで勝利する自信がある。とにかく不安だ。おそろしい。もしこの文章を読んでいる人で私の小説を晒している人がいたらやめてほしい。人間はすぐに人を燃やそうとする。だがそんなものは燃やしても燃やさなくてもすぐに消えるはかない存在だ。蚊を殺すことに躍起になってはならない。蟻を踏み潰すことに人生を費やしてはいけない。もっと大きなものに命を捧げなさい。歴史と関わりなさい。たとえば・・・たとえばnoteにエクスポート機能をつけるように運動するとか。

これは2020年8月17日に書いた。


カレンダーでは3連休。しかし派遣社員のせいで9日に休日出勤をするはめになった。とはいえ10日に出勤する予定だったから3連休なんて元からなかった。でも休・勤・休と休・休・勤だったら後者のほうがよいに決まっている。振替を次の水曜日にとった。だから3連休〜金曜日で休・勤・休・勤・休・勤・勤となる。なにこれ。派遣社員は親族が危篤かもしれないと言い訳したが実際の理由は私と他の社員の会話を聞いたからだろう。まず他の社員が派遣社員を疑っていた。彼女に休日出勤できるだけの実力はあるのかと。実力も何もやってみなければいつまでもやれないし私や他の派遣社員たちが余計に休日出勤をしなければならなくなる。他の社員から本人に確認をとってくれと頼まれたから聞いておく。「がんばります」別室でその言葉を報告する。他の社員は大声で笑いながら茶化す。「本当にできるの?」派遣社員が部屋の後ろで作業に必要なものを取りにきたタイミングだった。定時が過ぎてから「聞こえてたんですけど」と派遣社員から相談された。あの社員はああいう人間なので悪気がないとフォローをした。次の日に上長からこそっと窘められた。上長が派遣社員から相談された話ではやけに表現が誇張されていて「使えない」という新たな単語が増えていた。言われてもない言葉を言われるなんてクリエイターの才能がある。半日でころりと親族が危篤になったこの派遣社員は私の連休中にPCR検査を受けて陰性だったらしい。陰性の頭に偽がついてそう。とにかく最低限の2連休が失われて休・勤・休となった。隣の席の先輩は私のかわりに10日に出勤することになった。不条理文学として売れないかなこれ。

それにしても新型コロナ感染症が身近に迫りつつある。派遣社員がPCR検査を受けたのもそうだし会社と遠い縁のある会社で死人が出た。3月や4月より緊迫感がある。でも社員には在宅勤務がない。ゆるせない。ゆるせないので外出したかったけど暑かった。長袖のほうがきっと涼しいぐらいに露出した腕がじりじりと熱を帯びる暑さ。ときどき行く人気のカフェはあいかわらずの混雑でまるでそこだけはマスクをつけなくてもよい楽園かのようにだれもかれもがマスクをつけずにおしゃべりをしていた。一人客ですらマスクを外して勉強をしている。マスクをつけずに咳をしている客も。レシートを渡されるときに指が微妙に触れた。私が感染したら1週間前の石垣島ではなくここが原因に違いない。見てみるとグーグルマップのレビューに感染症対策ができていないと何件か投稿されていた。さすがは人気のカフェ。

お盆休みがないかわりに付与された夏季休暇で連休を作っている。8月中はあと2回。5連休と4連休。何をしようか考えている。

・ホテルを1日1府県ずつとって関西旅行をする
・大阪いらっしゃい+gotoキャンペーンで大阪のホテル巡りをする
・金沢旅行をする
・温泉旅行をする
・創作をする

私は旅行が好きではない。しかしホテルの予約などをして予定を入れないかぎり私はどこまでも怠けてひんやりとした部屋でアイスを食べて昼寝する。それはそれでいいように思われる。だが似たような休日ばかり送っていると先週と先々週の違いがわからなくなる。人生は各週に相似する。好きなことばかりしてはいけない。好きなことなんてどれも似通っているのだから。己の魂に沿わないこともやるべきだ。とはいえ創作もしたい。あれもこれもやりたいことがある。シナリオも書いている。ここ最近ずっと「シナリオを書いている」と書いているがすべて別のタイトルである。そうやって同時並行で書くから完成しない説もある。小説も書きたい。やはりこれも同時並行だから完成する気がしない。詩も投稿しなければならない。サイトも改装したい。改装を控えているためにコンテンツを追加しにくい心理状態にある。作りたいのに作りたいものがないと悩んでいる人が世の中にはいるらしい。そう言いながら彼らはなんだかんだ作っている。作りたいものがあるのに作れない私とは別種の生き物だ。どうしたら作りたいものがないくせに作りたいと思えるのだろう。その意欲だけを見習いたい。私にもっとも足りないのはやりたいことの前にやりたいと思うことだ。このままでは旅行と同様にいやいや創作をしているみたいになって今の仕事こそ好きなことのように転回してしまう。平日の5日間は好きなことをして休日の2日間はイヤなことをする日々・・・割合で考えるとそう悪くない話だった。数字だけを見てもだめな例。

これは2020年8月10日に書いた。


3泊4日の旅行から帰ってきた。石垣島。7月27日に飛行機を予約して29日にホテルを予約した。アクティビティの予約もなし。無計画で3泊4日。海で泳いだのは1日目だけ。移動の時間にどこに行こうか考えようとするがネットに情報があまりない。「石垣島って名前が有名なだけでそこまで面白くない場所なのでは?」空港から市街地に向かうバスに乗ってバスや港の時刻表を調べる。免許がないからレンタカーは使えない。

1日目
空港→バスターミナル→バスで米原のヤエヤマヤシ群落→徒歩で米原ビーチでシュノーケリング→徒歩で米子焼工房→バスで川平郵便局→徒歩で川平湾→グラスボート→バスでホテル

2日目
石垣港→竹富島でサイクリング→ビーチをすべて見る→石垣港→黒島でサイクリング→西の浜以外すべて見る(場所がわからず)→石垣港→ホテル

3日目
石垣港→西表島の大原港→仲間川のマングローブクルーズに参加→タクシー1850円で西表野生生物保護センター→徒歩40分で水牛車乗り場→水牛車で由布島→バスで星砂の浜→バスで大原港→徒歩で玉森スーパー→徒歩で大原港→石垣港→ホテル

石垣島のバスは5日間2000円のみちくさフリーパスを購入。西表島では1日1050円のフリーパスを購入。石垣島のフリーパスはかなりお得。西表島の方はそもそもバスが上りと下りでそれぞれ4本しか走っていない。本来なら夏に合わせて臨時便が追加されるらしかった。新型コロナ感染症のせいで・・・。時刻表を見てけっこう無茶な移動をした。↑の乗り方ならパスで元は取れる。最終便で石垣港に帰ることになるが。レンタカーを使えない人間は素直に1日ツアーに参加したほうがよい。

問題は最終日である4日目だ。台風が近づいているせいか頭痛がひどく天気も悪かった。ユーグレナモールに寄って鍾乳洞を見て帰るか・・・。当日の朝8時にそう考えた。朝の9時ちょっと。ユーグレナモールは閑散としていた。店がまったく開いていない。おそらくもっとも有名であろう石垣島公設市場も開いていなかった。朝の10時から。新型コロナ感染症のせいで・・・。仕方なく鍾乳洞まで歩く。バスはない。バスターミナルにあるフリーペーパーにも載っているような観光地なのにバスがない。ひどい雨も降る。4日間で日中に雨が降らなかったのは2日目だけだ。1日目にとつぜん降った雨なんかスコール!だった。屋根の下で雨宿りをしても斜めに刺さってくる。とにかく雨に濡れて鍾乳洞を見に行った。これが最悪だった。鍾乳洞の観光スポットが並んでいる。そのうちのダメな方に行った。グーグルマップを信じずに看板にフラフラとついていってしまった罰だった。「鍾乳洞」で調べてもグーグルマップの検索結果に出てこない(載せるに値しない)そのスポットでは雨に濡れてきたという理由で入場料を子ども料金にしてもらえた。1000円である。しかし雨だということで本来の順路からいくつかピックアップした鍾乳洞のみを見るように勧められた。勧められた3つの鍾乳洞のうちの1つを見たところでオーナーが2つ目のスポットまで車で送ると言ってくれた。「社長で無借金でやっている」「携帯電話の番号教えて」「マスクの下を見せて」「何歳? 19歳?(26歳)」「社長で無借金でやっている(2回目)」「英語喋れる」「ちょくちょく電話するよ」「果物とか送るよ。あとで電話で住所を教えて」車の送迎で電話番号を使うのかと思って教えたのに私用で使う気マンマンだった。鍾乳洞を見たら空港まで帰りますと言ったら空港行があるバス停まで送ってくれた。本当はユーグレナモールまで歩いてショップを巡るだけの時間があった。しかし頭痛が限界だった。バスの中であの鍾乳洞は私のように間違えて来る人を狙った詐欺まがいのB級スポットと知った。B級スポットというのはやさしい表現で酷評レビューが大半だ。事前にまったく調べてこなかったツケが。しかも結局2つの鍾乳洞しか見ていない。子ども1000円。オーナーの電話は空港で石垣牛カレーを食べながら着信拒否をした。次に電話が掛かってきたときに住所は教えられないと伝えればよい話だった。少なくともそうしたほうが親切だ。だが着信拒否をした。

ここ最近の創作の話。「詐欺師は死ね」をテーマに書いているシナリオがある。また「詐欺師は死ね」に通じる違うテーマのシナリオも同時に書いている。詐欺師が死んだほうがよい理由を私はいくらでも挙げることができる。その理由を軸にすればいくらでも物語を作ることができる。「詐欺をしてはいけない」ではない。そうすると「詐欺をしないと生きていけない人間はどうすればよいのか」とカスのような反論を思いつく人が出てくる。だから先に「詐欺師は死ね」としておく。死ねばよい。それでありとあらゆる問題が解決する。先に人の心を踏みにじるのはいつも詐欺師である。詐欺師の心がどうなろうと自業自得なのでだれの良心も痛まない。踏みにじられたくなければいつも誠実であればよい。いつも誠実でいられないのなら死ねばよい。まさにそういう話を書いていたので創作意欲が増した。よし今日からいっぱい書くぞ。そう意気ごんだ23時30分。風呂に入って寝る。

これは2020年8月2日に書いた。


4連休が終わった。まだ2時間あるけど。DLsiteのサマーセールで成人向けの同人CGを購入する時間に充てるから無いも同然の時間。というわけで終わった。どこに出かけることもなく。創作を完成させるわけでもなく。虚無の4連休を過ごした。だって雨。あるいは曇り。いったいどこに行けばよいというのか。もちろん博物館や美術館といったスポットは雨でも行ける。しかしそういうスポットは晴れのときに行きたいスポットと併せて行きたい。創作はちょっとだけやった。おかげで個人サイトを静的サイトに作りなおす計画がかなり進んだ。7月中のリニューアルは後述の理由でむずかしそうだが8月にはWordpressを脱して静的サイトに改装できるかもしれない。思い描いていたような作りにできた。今のサイトよりユーザーに親切な作りになると思う。問題はシングルページだけで32ページあること。『multiple』と『等身大きゅうり』でプラス21ページはある。合計して60ページ程度を作る。もし何か誤りがあっても簡単には作り直せない量だ。慎重に進めたい。

今回の4連休は散々な結果だった。「今回」の4連休は。じつは夏季休暇を入れて30日~2日で4連休を組んでいる。4連休のあとに3日だけ出勤して4連休。えへへ。といってもYahoo天気がahooなので予定を立てにくい。今のところ行きたい県は曇りの予報が出ている。こうなったら確実に梅雨明けしそうな九州にするか。九州か・・・九州か・・・。

これは2020年7月26日に書いた。


4連休に入る前によろずろうと思ったら寝落ちした。朝の1時に起きたよ。前日の夜の8時に寝て。仕方がないから朝から詩を書いて投稿した。それで朝7時に力が尽きて今は朝の9時。連休初日の朝からコレ。今回の連休もろくな過ごし方をしなさそう。

先週の土日は奇跡的に晴れた。というわけで「ムーミン展」に行った。ペン画を描きたくなるような展覧会だった。アイディアを得たところもあった。展覧会に行くたびにそのような感想を抱くのだが実際には描かないしアイディアを現実に起こさない。カス。とりあえず図録と限定ぬいぐるみを購入する。そしてZOOQLEへ。キーウィのぬいぐるみを購入するためだ。天王寺動物園には大阪に転勤する前に観光で行った。そのときにもキーウィのぬいぐるみが売っていた。買った。だがそのあとでフェリシモとコラボしたリアルぬいぐるみが発売された。買うしかない。キーウィのぬいぐるみは期間限定でフルーツのようにラッピングされていた。ふわふわしている。かわいい。日曜日は箕面の滝まで行った。もうほとんど山登り。筋肉痛にならない程度に疲れた。目的の大滝はとても迫力があって非科学的な癒しを感じた。あまり近寄れなくても落ちた水を頬に感じる。行く途中で寄った山本珈琲店でたまごサンドを食べた。今までの人生において最も食べにくいサンド。ボロボロとたまごがこぼれて中のソースで手が汚れる。不衛生な食べ方をしたせいか箕面駅の近くでマンホールカードを貰って日本の1号店らしいミスタードーナッツで限定ドーナッツを注文しているときに信じられないほどの腹痛に襲われた。許さない山本珈琲店。あれはフォークで刺して食べないと野菜とソースでたまごが滑る。2020年だけで20店ぐらいたまごサンドを食べてきた私が言うのだから間違いない。いや半年とひと月で20店ってそこまでないか。もっとたまごサンドを食べよう。そしていかにあのたまごサンドにフォークが必要だったかを力説しよう。最悪なモチベーション。

4連休の予定。前日に考えるつもりだったのに略。まず目標としては夜の10時より前に眠らないようにしよう。人生が狂いそうになる。それと創作を進めたい。できれば連休中に1作を公開できるとよい。あとは外出をしよう。先のことを考えられない愚民らしく。大阪は1日で121人の感染者が出たそうだ。関係ない。在宅勤務を命じられない程度の命なのだからもうどうなってもかまわない。会社や他人が。どうなってもかまわない。そう書いているうちに天気が悪くなってきた。天気だけはまだ利他的な心をもっているらしい。もちろんそれは勘違いである。天気には心がないから利己的にならないというだけ。打たれるだけで体が溶ける雨が降ればよい。エゴイストどもはみな死ねばよい。それで在宅勤務ができるようになればよい。週に1度でも在宅勤務になれば人はもっと他者のことを考えられるはずである。マジで。1日10000000000人ぐらい感染者が出ろ。そして私に在宅勤務をさせろ。・・・。雨に打たれて死ぬ第一号になりそう。

これは2020年7月23日に書いた。


木曜日に更新するはずが金曜日に更新するはずになった。土曜日の午前3時。更新する前に寝落ちしてしまった。ここのところずっと体調が悪い。気圧に影響を受けているというより脱水症状だ。水分を摂らないとすぐに頭痛がする。仕事が忙しいとなかなか水を飲めない。忙しいと言っても定時退社だ。残業はほとんどない。それでも昇給のおかげでやっと手取り15万円になった。26歳の夏にしてようやく人権のある手取りになった。といっても数時間分の残業代+福利厚生サービスで還元された分でギリギリ15万円になっている気がしないでもない。人権がない。

延滞していた図書館の本を返却した。ようやく積読を消化できる。いつもは毎日ちょっとずつ読んでいたのに延滞のせいでこの数か月はほとんど本を読めなかった。でも諦めずにきちんと読んでよかった。創作のヒントになりそうな小説を読めた。やはり創作意欲を高めるには小説を読むことがいちばんよい。次に漫画を読むこと。Kindleのセールで漫画を大量に購入した。使い道のないボーナスの使い道のひとつだ。高めた意欲がしおれる前にシナリオを書いている。ゲームのシナリオだ。ずっと前からノベルゲームを完成させたいと思っていたのに完成させなかった。なぜか。作りはじめようとしないからだ。小説を書けない理由と同じである。中高生のときは10本以上のADVを作った。イラストもシナリオもリメイクできないような出来だ。だから新しいタイトルを作る。アイディアは20タイトル以上ある。きちんと数えていないから30本以上あるかもしれない。考えるだけで気が遠くなっていく。ゲームだけを作りたいわけではないのに。小説だって書きたいのに。2021年から漫画を描くつもりでストーリーをいくつか考えているのに。詩人を目指しているのに。詩はきちんと投稿した。もう習慣になりつつある。シナリオを書くことも習慣にしようと考えた。会社の昼休みに書く。5分から30分ぐらい。これで「昼に書いた続きを書こう」と夜にも思えたなら成功だ。今のところ成功はしていない。

夏季休暇や休日出勤の予定が決まってきた。決まってきたはいいが悩んでしまう。新型コロナ感染症を恐れているのではない。社員だけ在宅勤務がない現状に復讐するつもりだから心情としては問題ない。だが多くの人は新型コロナ感染症を恐れている。だから外出しても以前と同じようなサービスを受けられると限らない。行こうと思っていた博物館では展示物が減っていた。そのくせ入園料は変わらない。この前に行った京都市動物園はひどかった。展示に近づけなかったり中止されていたりする。どうせ行くなら海や山に行くしかない。しかし海水浴場も開設中止になるし夏に山なんて行きたくない。どこに行けばよいのか。休館する前に展覧会を巡っておくか。図書を借りにいくか。ようやく積読を……積読を……。

これは2020年7月18日に書いた。


特に書くことがない。雨で外出しなかったし創作も進まなかったし。短編小説を書いている。でも完成しないかもしれない。いつも以上にノリだけで書いている。あとは延滞している図書4冊のうち2冊を返した。えらい。えらくない。延滞している時点でとんでもない。それとクローズド懸賞のハガキを作っている。それだけ。

「特別定額給付金で買ったもの」のページを作成した。大したことに使っていない。ほしいものがない。必要なのにないものはたくさんある。アイロンとか。それはボーナスで買うことにした。ボーナスでアイロンを買う。ボーナスの他の使い道としてはSteamでセールをしているゲーム制作ツールを購入した。いつ使うのかもわからない。あとは災害が起こったときのために非常食を買った。ボーナスで。まずしい。心がまずしい。とりあえずボーナスのうち20万円は使おうと思っている。10万円はショッピングに。もう10万円は投資に。残りは貯金。でも10万円も出して買うものが思いつかない。こんなことだから30歳になるまでに1000万円を貯めようという目標で26歳にして800万円が貯まることになる。若いうちに自分を磨くとか資産を築くとか有意義な使い方をすればよかった。ミニマリストですらない。外出するたびに自分へのおみやげが増える。ぬいぐるみ。ポストカード。マグネット。図録。乱雑になる部屋。要はやはり貧困である。考えることから為すことまで高級には程遠い。お金持ちになったらやりたいと思うことが仕事を辞めてボランティア活動をすることだ。もうだめだ。私はそういう星の人間だ。ボーナスでアイロンを買う星人。

これは2020年7月9日に書いた。


2020年の前半が終わったと7月1日に書く予定が寝落ちしてしまった。寝る時間も起きる時間も睡眠時間もバラバラだ。1日は夜の9時に寝た。2日の朝2時に起きた。今日も確実に寝落ちするだろう。強烈な眠気がくる。先週の雑記も眠たいときに書いたからか文章がめちゃくちゃになっていた。ちょっと直した。眠い時に書いてはいけない。でも今もすごく眠い。2時に起きた朝の6時だし。

最近あったこと。クラウドファンディングのプロジェクト「SAVE THE JAM – 「印刷で遊ぶ。印刷と遊ぶ。」を残したい -」からリターンが届いた。ポストカードとトートバッグと書籍。トートバッグに描かれたネコちゃんは線のカラーがランダムらしい。黒だった。正統派。3月に初めて買った株の優待としてカタログギフトも届いた。オリックスの優待。10万円の特別定額給付金で購入するか迷って買わなかった防災バッグを申し込んだ。すごく楽しみ・・・ではない。防災バッグが届くんだから。あと昇給でボーナスが増えた。元が低すぎるので大したことのない額。使い道はあとで考える。先週の休日はUSJに行った。これで3回目。「進撃の巨人 XRライド」に並んで終わった。220分待ち。飲み物とスマートフォンをロッカーに預けてしまったために1人で虚無の時間を過ごしていた。つばを飲んで耐えた。それからショップに寄った。年間パスの提示でグッズを20%オフで購入できる。ぬいぐるみと靴下と帽子を購入した。USJを出たあとはTAKOPAでたこ焼きを食べて帰った。月曜日は有休をとって京都に行った。金閣寺と龍安寺と仁和寺。人がほとんどいなかった。きぬかけの路を歩いて龍安寺と仁和寺に向かった。この路にはもっと人がいなかった。すれちがいもしない。路というより道路沿いだ。車もほとんどない。仁和寺御殿には私しかいなかった。平日ってすごい。すごい平日にしか買えないことで無名な定額小為替を金閣寺郵便局で購入した。7月に詩のコンテストに応募するための準備だ。ここ1週間で詩を6篇投稿した。クローズド懸賞のはがきも2枚出した。いつものとおり凡庸に生きている。

しかしこの調子ではよくない。2020年の前半が終わってしまった。もう後半戦。もう7月2日である。「2020年に公開した作品」を公開するにはあと6ヶ月しかない。それ以降に公開してしまうと2021年や2022年に公開したことになってしまう。2021年。なんて美しくない響き。2020年で世界がいちど終わって2025年が来るまで眠っていたほうがよいのではないか。そんなことは起きないから私が頑張らなければならない。作りたいタイトルがたくさんある。6月中に少しでも手をつけるつもりだった。少しも手をつけなかった。信じられない。6月には30日もあったのに。明日から頑張りたい。今日は寝落ちする。

これは2020年7月2日に書いた。


すごく悲しいことがあった。職場の派遣社員が大したことのない頼みごとを苛烈に断ってくる。泣いた。それから胸がバクバクした。ストレスによって鼓動がこんなにも早くなるとは。つねに精神が病んでいる人は寿命が短くなりそうだと思った。よく考えると頭痛でカフェインを摂ったせいでバクバクしているだけかもしれなかった。くたばれカフェイン。その悲しいことはまあ解決した。それにしても本当に悲しい。私のかわりに言い争ってくれた先輩にその派遣社員は「感情的にならないでください」と言った。(暗黒微笑)とつけてもよいセリフだった。まるで漫画のような。私より年上の人だ。子どもがいる。そんな人間がその歳になってまでやりたくないことをやらないことでアイデンティティを確立しようとしている。キツイ。最初の部署にいた私より十歳年上ながら派遣社員の陰口を叩くことや休職歴を自慢することでしか人間性を保てなかった先輩と同じぐらい引いた。こういう年齢相応の寛容さをもたずに悪意だけは一人前の大人に会うとこわくてこわくてたまらない。なぜなら彼らはその歳までその人格で生きてこれた。要はだれにも注意されなかった。許容されていた。私とトラブルになる人はたいてい私以外からの評判も悪い。でもだれも指摘しない。うまくやっているように見せている。でも陰で嫌われている。私は私で子どもっぽくすぐに表情や態度に現れるから彼らとトラブルになる。でも周囲はトラブルを起こさない。だからその当人はまったく己をおかしいと思わずに生きていくことになる。おそろしい。家庭でもそのような態度なのか。子どもはあれが普通だと思って生きるのか。良い歳をして高潔であることを少しでも目指そうとしない人間は今まで何をして生きてきたのだろう。五分前にとつぜん生まれてきたのと変わりがないように思える。つまり今までなんてすべて無駄。こわい。すごくこわい。人格のキツイ人間が存在すること自体が怪異。その派遣社員に話しかけられても目を合わせないようにしている。こういうことをするからトラブルになるとわかっているが仕方ない。こわいものはこわい。背けられるなら背けたい。逃げられるなら逃げたい。

善き人間であることをつねに目指している私は図書の延滞から逃げるように京都に行った。展覧会に行くためだ。京都国立近代美術館に行って「チェコ・デザイン 100年の旅」と「ポーランドの映画ポスター」を観たあとで平安神宮神苑を拝観した足で京都市動物園へ。新型肺炎の影響もあって動物をあまり見られなかった。人はたくさんいた。そのあとは無鄰菴に行ってから蹴上インクラインをちょこっと歩いて帰った。たまごサンドもきちんと食べた。やまもと喫茶。京都はGoogleマップで「たまごサンド」と調べると候補がたくさん出てくるからよい。あとはクローズド懸賞に応募したりライトノベルの新刊を読んだりと悲しいことがあった以外は充実した一週間だった。新刊を読む前に読むものがあることを忘れていたわけではなかった。早く大人になりたいと思ったことは一度もない。早く高潔になりたいと思ったことは百度ぐらいある。

これは2020年6月26日に書いた。


つらい気がした。気のせいだった。6月はじめから気力がなかった気がした。気のせいだった。脱水症状から引き起こした頭痛を解消するためにカフェインを摂りすぎて睡眠が浅くなり出社のギリギリまで何度も寝てしまう結果だけを見て「つらい」と言っていただけだった。人を殴りそうな気分だったのもカフェインで情緒不安定になっていただけだろう。よく眠ったらそのような感情は消えた。カフェインはカス。くたばれカフェイン。

とはいえ先週に挙げた問題は解決していない。延滞している図書は返却していないしサイトの改装はまだできないしツールは買えていないし世界は冷房を使わないし在宅勤務もない。なんにもない。やりたいことは少しやった。まず『現代詩手帖』と『ユリイカ』に詩を投稿した。3月から雑誌に投稿をしている。しかし結果は見ていなかった。書きはじめたばかりだし掲載されないだろうと踏んだわけではない。まず詩の雑誌が書店に置いていない。紀伊国屋書店にしか置いていない。いろいろな書店を回った結果だから間違いない。今日やっと現代詩手帖の6月号を購入した。当然ながら載っていない。雑誌のあいだにはがきサイズの紙が挟まっていた。「大阪府学習支援図書カードご利用の皆さんへ ~次代を担う子どもたちへのメッセージ」やけに店員のお姉さんが親切だと思った。クレジットカードのポイントで交換したクオカードを使用しただけというのに。よく学生に間違えられもする。チケットを購入するときに学生料金かをまず聞かれる。メスキータ展のときもそうだった。平日に行ったのもあって人はほとんどいなかった。かなり近くでゆっくりと眺めることができてよかった。版画をやりたくなる。後半にマンガの見開き扉っぽい構図が並んでいてニヤニヤした。画集が3000円で高いなと思いつつも購入して家で開くと大きかった。342×222mmらしい。なぜこんなサイズに。それと大阪くらしの今昔館に行った。常設展と特別展。特別展は「和紙の建築模型」で実際に会場に入場するまでは「和紙」がテーマだと勘違いしていた。その勘違いのおかげで起こし絵図を知ることができた。ペーパークラフトをしたくなる。たまごサンドは2つ食べた。マヅラ喫茶店と珈琲の森。どちらも安い。500円と450円。しかも珈琲の森はドリンクまでついてこのお値段。今まで食べてきた喫茶店のたまごサンドたちは700円~1000円ぐらいだった。パスタやハンバーグを食べられる値段。珈琲の森は提供されるのも速かった。最速。スマートフォンでネットサーフィンする余裕もなくやってきた。ミックストーストサンド。今までで一番食べやすかった。ケーキに使うような小さめのフォークを刺して食べる。皿に落ちない。ぱくぱくと端から食べていってもバランスを崩さない。おいちかった。

あと3月に初めて購入した株の配当金が入ってきた。びっくりした。配当金ってこんなに貰えるのか。26歳の今になって初めて知った。株ってすごい。夏のボーナスで貯金が800万円になる。こんなに貯めておかないで株を買っておけばよかった。そうしたら口座に預けておくよりお金が増えたのに。いや増えたところで使い道がないか。でも100株で4100円だ。13万円ぐらいで買った株の配当金が4100円だ。300円ではない。すごい。贅沢できちゃう。できないか。でも手取り14万円からすると4100円は大金だ。そうでもないか。『現代詩手帖』『詩と思想』『ユリイカ』の3誌をまとめて買える。書店に売ってないから買えないか。

これは2020年6月19日に書いた。


精神的につらい。うつ病かもしれない。6月が始まってからずっと気力がないような気がする。だれかにムカつくことを言われたら近くにある鈍器を掴んで殴ってしまいそうだ。筋肉痛もひどかった。先週の日曜日に友ヶ島に行ったせいだ。2時間ぐらいで第5砲台跡→第2砲台跡→友ヶ島灯台→第1砲台跡→子午線広場→旧海軍聴音所跡→小展望台→タカノス山展望台→第3砲台跡を回った。すばらしき快晴。背中はびしょぬれになり一度ずっこけて一度ランタンを落として地面に電池をぶちまけた。月曜日には足がガクガクになった。その筋肉痛もおさまらないままエキスポシティに行って服を買ったりチーズダブルハンバーグを食べたり万博記念公園でバラ園を見たり大阪日本民芸館で民芸品を眺めて箸を買ったりした。日本庭園を歩き回ったことで筋肉痛はからだを酷使すればするほどやわらぐということを知った。金曜日はなんばに行ってタイタンシネマライブを観に行った。マスクをつけながら眼鏡をかけると曇ると知った。他にも特別定額給付金の10万円でいろいろなものを購入した。クラウドファンディングのパトロンになった。たまごサンドだって食べた。ベシャメルカフェと心斎橋ミツヤ。しかも北新地サンドでタマゴカツサンドを購入して食べた。ふわふわトロトロの玉子と言うよりマヨネーズだった。マヨネーズも大好き! こうやって列挙してみると普段どおりのように思われる。会社に行きたくないというわけでもない。ごはんもきちんと食べている。お風呂にも毎日入っている。睡眠時間はバラバラで友ヶ島に行った日はなぜか2時間しか眠れなかったが寝れている。死にたいという気持ちもない。鼠におけるヘルペスとうつ病の関連性についてニュースを読んだがヘルペスの症状が出たこともない。そもそも鼠でもない。問題ないように見える。だが放心している。

理由はよくわからない。とりあえず最近の悩みを書いてみよう。

・図書館の本を延滞している
・在宅勤務がなくなった
・1日にアイスを3本も食べてしまった
・Wordpressを止める必要がでてきた
・給付金で買おうと思っていたツールのセールが終了し1万円以上値上がりしていた
・この半年にやりたいことを書き出したらものすごい量になった
・長編小説を書けないことを理由に発達障害を疑いはじめた
・自動マイナス2度で冷房を入れている私の部屋が世界でいちばんクール現象

上から5つまではいいだろう。問題は下3つだ。

・この半年にやりたいことを書き出したらものすごい量になった

作りたいものがたくさんある。本当にたくさんある。自分でもドン引きするほどある。夏休みが終わったあとに宿題をやろうとして何から手をつければよいのかわからなくて結局なにもやらずに始業式を迎える気持ちだ。

・長編小説を書けないことを理由に発達障害を疑いはじめた

私の大好きな小説はほとんど長編小説だ。しかもライトノベルやシリーズものにあるような実質短編・中編集の長編ではなく『カラマーゾフの兄弟』『虚栄の市』『風と共に去りぬ』『アンナ・カレーニナ』のような長編が好きだ。登場人物がいっぱい出てくるとそれだけで嬉しい。人間関係や構成が複雑であればあるほど楽しい。自分も長編小説を書きたいとつねに思っている。しかし書けない。書こうとしない。かつて「発達障害の作家は長編に不向きである」という文章を読んだことがあった。真偽は知らない。もしかしたら私は発達障害で長編小説を書けないのかもしれない。ううう。

・自動マイナス2度で冷房を入れている私の部屋が世界でいちばんクール現象

新型肺炎(新型コロナ)のせいで小まめに換気をしなければならなくなった。そのせいでどこにいっても冷房がきいていない。外はもちろん暑い。室内に入っても暑い。会社は当然のように暑い。学校でなぜか必ず除湿モードに設定する教員がいた。もはや世界が彼のような意味のわからなさで生きている。すべての場所が暑い。自動マイナス2度で冷房を入れている私の部屋が世界でいちばん涼しい。

これが一般的に言う「漠然とした不安」なのかもしれない。私は漠然とした不安を抱えている。これからどうすればよいのだろう。特別定額給付金の一部でイラストを描くときに重宝しそうな資料集やポーズ集を購入した。だがいくら眺めても使い方がわからない。ポーズを1枚の絵にするビジョンが浮かばない。おそらくふつうはスケッチやデッサンに使う。でも私はそれでひとつのものとして完結しなければならないと考える。詩人を目指そうと決めたときに最初にやったことが詩の書き方を学ぶことでもなければ詩集を読むことでもなく実際に詩を書いて雑誌に投稿することだったように。私には作品にならないことに対する想像力がない。この欠如が今の現状を作り出しているような気がする。そんな気がしたところで解決方法もわからない。あああ。私にもっと想像力があれば世界は私の部屋ぐらい涼しかっただろうに。

これは2020年6月13日に書いた。


立ち直れないかもしれなかった。過去形。このサイトはWordpressで作成されている。なんら動的サイトのよさを引き出していない作りではあったが更新が楽でよかった。しかしある脆弱性になりうる要因を解決しようとしたところで問題が生じた。サーバーに問い合わせをすると姉妹サービスへの乗り換えを勧められた。姉妹サービスで今と同じスペックを実現するためには支払が増えそうだった。

それと問い合わせをする前にバックアップをとった。動的サイトではFTPでファイルを保存するだけではなくデータベースのバックアップを取らなくてはならない。手間。画像をダウンロードすると投稿していないファイルが大量にあった。自動的にあらゆるサイズの画像を作成してくれるらしい。してくれなくていい。私のイヤなことのひとつに「スパムメールが届くこと」があるのは初公開の情報だが「バックアップを取りづらいこと」もそれと並ぶぐらいイヤだ。前にnoteで日常の記録をとっていた。止めた。意識の高い人の集まるnoteにおいて広島勤務で手取り13万円の個人の日常を投稿することに罪悪感があった。それとはべつにnoteではバックアップをとる機能が存在しなかった。あのサービスが終わったら大量のテキストはどうなってしまうのだろう。というわけでnoteを止めてこのページに大阪勤務で手取り14万円の個人の日常を書くことになった。だれにでも歴史はある。とにかく動的サイトではバックアップが大変だ。1回のバックアップでスパムメールが5通ぐらい届いた気持ちになる。スパムメールが届くことがイヤでメールフォームを撤去してBBSに切り替えた人間からすると大変な苦痛だ。BBSにしてからはスパムメールはもちろん感想は1件も来ない。メールフォームを設置していたときも感想は1件も来なかったから問題はない。今の問題は動的サイトをどうするかだ。

小学生のときからサイトやブログを作っていた。だからHTMLの知識はある。とは言えない。当時はフレームやテーブルレイアウトが主流だった。たぶん。HTML5なんてファイヴな言葉はなかった。たぶん。かつていなかったスマホユーザーも多い。一からスマホ対応できるサイトを作るには新しくいろいろと調べなければならない。在宅勤務がなくなりそうだという理由で外出している場合じゃない。在宅勤務はなくなったし。ゆるせない。憤怒しながら静的サイトのテンプレート配布サイトを巡っているとよいテンプレートを見つけた。私がもともと改装しようと思っていた形を簡単に再現できる。最高だ。といっても悩ましいことがある。ひとつは『multiple』だ。全18章の小説で19ページは用意しないといけない。もうひとつはメニューだ。includeせずに作ろうと思っているからメニューの使いまわしはできない。もしグローバルメニューの内容が増えるとすべてのページに対して修正をしないといけなくなる。19ページも作っておいて後でメニューを追加することになったら気を失う。だからよく考えて作らなければならない。結果的に今より不便なサイトになるかもしれない。しかしそれについては心配していない。仮に不便なサイトになったとしても誰も書きこんでいないBBSにわざわざ苦情を書く人はいないだろうから。届かないものはない。

これは2020年6月5日に書いた。


小説が完成した。詩も投稿した。5月は短編とはいえ小説を3本も公開できてよかった。ゴールデンウィークがあったとはいえ。ゴールデンウィークを創作黄金週間と名付けて本当は7タイトルぐらい書くつもりだったとはいえ。いえ。いえ。

在宅勤務がなくなりそうでゆるせないという理由で外出をすることに決めた。しかし外出できそうな用事がない。それで先週の土曜日は公園に行った。今城塚古墳公園。公園内に埴輪がたくさん並べられている。隣にあるサニーサイドという有名なパン屋にも行って埴輪パンを公園で食べた。今城塚古代歴史館では入館時に利用申込書を書かされた。無料施設とは思えない本気の展示。ハニワ工場公園もついでに行った。ハニワ工場館でも入館時に利用申込書を書かされた。デカい埴輪窯を見ることができた。しかしものすごくよい天気だった。帽子を貫くぐらい日が照りつけていた。おかげでひどい頭痛になって日曜日はぐったりとしていた。土曜日よりもさらに晴れていたというのに。在宅勤務ができなくなる最大の要因である休暇取得も平日に1日消化した。気持ちのよい青空だった。安満遺跡公園に行った。ものすごくオシャレなドデカい公園。安満遺跡を見たかったがなんと2021年の春まで見学できないらしい。公園内にあったSUNDAY’S BAKE 569という飲食店でピザを食べた。公園内でピザ。しかも室内は満席だったので日陰のテラス席でピザ。ドミノピザってものすごく安いし分厚いんだなと思った。そして城跡公園にも行った。晴れわたっていたせいか何でもない庭園風の池が異様に美しく見えた。何枚も写真に撮ったがあの感動はついに収められなかった。あんなにきれいだったのに。歴史民俗資料館でも入館時に利用申込書を書かされた。この利用申込書にはいつも鉛筆が備えてある。どうして鉛筆なんだろう。鉛筆は消毒しやすいのだろうか。久しぶりに使う鉛筆はいやな感触がする。帰りはROUTE271とジュエボワットに寄った。そこそこ評価の高いパン屋。並んだり並ばなかったりした。というわけで4つの公園に行った。全部高槻市。どうなっているんだ高槻市。ヘンな公園がありすぎじゃないか。本当は先週の日曜日に行こうと思っていた摂津峡公園もまだ控えている。あくあぴあ芥川という無料施設も存在するらしい。高槻市ってすごい。自分が生まれるならこういうところに生まれたかった。福岡市なんてさ。福岡市なんて・・・福岡市だからな・・・。

これは2020年5月29日に書いた。


小説が完成しそうだ。昨日になってやっと3時間も書いた。あと1時間や2時間があれば完成する。しかし昨日の状態を作り出すために10日間をムダにしたことを考えると油断はできない。ムダにしたとはいえ詩を投稿した。給付金10万円の書類も出した。懸賞熱がふたたび出て何口か応募した。マンガやエロゲの予約もした。ゴールドカードを申し込んだ。いろいろとやっているうちに大阪の緊急事態宣言が解除された。できることも増えるだろう。たまごサンドを食べにいくとか。

今年中にやりたいことをやるためにやるべきことを書き出したらもうダラダラできる時間がないことに気づいた。憂鬱だ。在宅勤務はなくなりそうだというのに。今は週1回で在宅勤務をしている。この在宅勤務でわれわれにできることはない。実質の休暇。今週は忙しかった先週の分をあわせて2回の在宅勤務をもらった。来週も1回ある。月曜日だから実質の3連休だ。遠出はできないとはいえ心が休まる。余裕がうまれる。楽になれる。ハッピーである。しかしなくなりそうだ。在宅勤務を続けるとしても社員は2週に1回になるかもしれない。もしかしたら社員だけ在宅勤務がないかもしれない。夏季休暇があるから。期間限定で7日をとらないといけない。特別休暇もある。これも期間限定で1日とらないといけない。さらに年次休暇もとらないといけない。5日分は10月までに休暇をとる日を決めないといけない。昨年分の持ち越した有休は今年度中に消化しないと消えてしまうからそれもとらないといけない。私の持ち越し分は残り10日だ。来年のことを考えると今年付与された分も消化しておかないとまずい。年末年始は公休日。休日出勤をした場合はほぼ必ず振替休暇をとらないといけない。そして仕事は決まった日に忙しくなる。休暇を取れる日が実質決まっている。つまり在宅勤務を続けると休暇の消化が難しくなる。そんなバカな。いや理屈は正しい。正しいのだがそんなバカな。私だったら在宅勤務と並行して頑張って休暇を消化する。仕事をしなくていい日を拡充する。それの何が悪いのか? 大して仕事のないヒマな日はいくらでもあるというのに。残業がないときの手取りは14万円だった。残業があっても月に数時間だから手取り15万円だ。いくら楽な仕事だとはいっても1日8時間を働いている26歳の手取りが14万円なのはおかしい。今の在宅勤務程度に実質の休暇がないと割りにあわない。ゆるせない。ゆるせないぞ。

やわらかよろずのテキストを「新型肺炎」で調べると1月31日にはすでに怖がっていた。おそらく1月24日の時点で。工場見学のついでに春節祭に行く予定をやめたのだった。今もおそろしいと思っている。ここ数か月はずっと家で大人しくしていた。だが「積極的に外出をしよう」と思った。ゆるせないからである。在宅勤務がなくなるなんてゆるせないからである。ワクチンもできておらず何一つ解決していないのにすべて終わったかのように外出をしまくれば必ず第二第三のクラスターが発生して緊急事態宣言の必要性が出てくるだろう。そうすれば在宅勤務も週1になる。みなが調子にのればのるほど患者数も死者数も増えて在宅勤務の回数も増えるだろう。株価も下がって欲しかった株を安く買えるだろう。景観もスッキリするだろう。私と愚民の連携プレイだ。ゆるさない。本当にゆるさないからな。仮に人も経済も死ぬ未来が待っていたとしても私や愚民のせいでは決してない。宣言解除を急いだ当然の結果だ。私の隣の席の先輩は数週間続く「風邪」の影響かは知らないが今週も1回休んだんだぞ。ぜったいぜったいにゆるさないからな・・・。

これは2020年5月22日に書いた。


先週中に完成させると宣言していた小説が5月5日の夜11時に書いた時点からまったく進んでいない。当時の執筆の勢いを失ってしまった。詩はきちんと投稿した。投稿やコンテストとは別に詩を書いてサイトに載せることを考えている。「小説家になろう」にも投稿するかは悩ましいところだ。投稿した作品一覧がとんでもないことになる。なんにせよ一コンテンツとして公開するにはある程度の数が必要だ。じっくりと考えるとする。

創作黄金週間はろくでもない結果で終わってしまった。私は創作をせずに何をしていたのだろうか。まず蒸しパンを作っていた。ホットケーキミックスを手に入れて牛乳とヨーグルトとチーズと卵を混ぜて電子レンジでチンしてチーズ蒸しパンを作った。牛乳とホットケーキミックスを抜いてチーズケーキも作った。おいしかった。それとテイクアウトでいろいろと食べた。やはりテイクアウト専門ではない個人店のテイクアウトは量・味・値段の点で非常にガッカリとさせられる。コメダ珈琲のテイクアウトはよかった。ふつうにおいしかった。もともとテイクアウトをやっている店もよかった。「おはぎの丹波屋」のあべ川がリピートしたくなるおいしさだった。しかしそろそろ店内で出来立てほやほやのたまごサンドを食べたくなってきた。ずっとたまごサンドのことを考えている。ホットサンドメーカーを使ってたまごサラダハムサンドを作りもした。おいしかった。ゴールデンウィークが明けてからもたまごサンドのことを考えてファミリーマートに行くと「たまごづくしサンド」という魅惑の食べ物が売っていた。3種類のたまごサンドを楽しめる。たしかスクランブルエッグとたまごサラダとたまご焼き。薄味。

たまごサンドのことを考えていたから創作ができなかったのか。答えはおそらくNOだ。おそらく。私はずっと体調が悪いらしい。さっき気づいた。今週はずっと熱っぽくて頭痛がする。そして4月27日ぐらいにも熱っぽさと頭痛があった。ゴールデンウィーク開けも頭痛はないものの熱っぽい気がした。創作黄金週間中は特にだるさを感じなかったものの「夜が暑い」から集中できないと言って冷房を入れ始めた。よく考えてみると身体が熱かっただけではないか。私と同じ時期に頭を抱えていた隣の先輩もここ最近は休みがちだ。いやいつも休んでいるのだが・・・。彼は今日の昼休みも体温計を使っていた。希望の温度には達しなかったらしく最後まで居た。みながせいぜい5連休のところを彼は10連休ほど休んでいるため他の社員は不正を疑っている。私には先輩の気持ちがわかる。熱を感じたり感じなかったりでまったく癒える気がしないのだ。しかし先輩と私が同時に休むと仕事が円滑に進まなくなる。休めない。本来なら先輩も来るべきところをひとりで休日出勤した。なぜか残業まで押しつけられた。なにもできない在宅勤務の日に起きたミスまで押しつけられそうになった。私も彼の不正を疑っている。

これは2020年5月13日に書いた。


ドット絵を更新した。朝から小説を書くとあんなに念じたのに夜の9時から書きはじめた。しかもノれなくて1時間で止めた。ドット絵を描くときと同じ時間しか作業しなかった。こうして創作黄金週間は終わった・・・。

30日 なし
 1日 短編小説1本
 2日 ドット絵2枚
 3日 ドット絵1枚
 4日 短編小説1本
 5日 ドット絵1枚
 6日 ドット絵1枚

短編小説2本とドット絵5枚。毎日更新できたときと同じ量を公開できたことになる。問題は量ではなく質だ。どれも1時間から数時間で完成させたものばかり。本当は長編小説を完成させて公開するつもりだったというのに。改めて反省して改善点を洗い出す必要がある。とりあえず今書いている短編小説は今週中には公開したい。1万字を超えるから久々に「やわらかよだつ」のサイトでも公開する。さよならゴールデンウィーク!

これは2020年5月6日に書いた。


5日。朝から小説を書くと決めて7時40分から書きはじめた。夜の7時40分から。そして11時に諦めた。「完成するかもしれないが絶対にミスをする」この時間のあいだに5000字ぐらい書いていた。うう。このペースならせめて夜の6時ぐらいから始めていれば完成したのに。どうして朝にやるといって夜にやっているのか。仕方なくぬいぐるみを片手にドット絵を描いて更新した。6日こそは! 6日こそは! 6日こそは朝から書きはじめるぞ!

これは2020年5月5日に書いた。2回目。


4日の反省。5月4日の23時56分に小説を投稿した。投稿した。投稿したはいいが誤字に気づいた。「最下層」が「最改装」になっている。3か所も。「さいかそう」を「さいかいそう」と打っていたらしい。「1012020f」を打とうとすると「10120220f」になる謎現象と同様のものが発生したと思われる。謎現象。試しに「さいかいそう」で変換したら「再改装」になった。どこから出てきたんだ「最改装」。というわけで5日の0時4分になってから誤字を修正した。うう・・・。他にも誤字があるかもしれない。早いうちに書き終えていれば見直せただろうに。夜が暑い問題はエアコンをつけることで解決した。思いだしてみると1年前の広島では4月からエアコンをつけていた。しかもコタツもつけていた。4日はエアコンをつけたことによって無事に夜の8時から小説を書きはじめて完成させることができた。どうして朝から書かないのか。いったい何をしているのか。わからない。思いだせない。昼寝をしたことは確かだ。5日こそは昼寝をせずに朝から創作をする。そのためにも今から寝る(0時30分)

これは2020年5月5日に書いた。


書いたぞ。23時56分!『苛性マニュスクリプト』

これは2020年5月4日に書いた。


これが今日1日の成果。24時間を与えられし人間の限界。
天王寺動物園で購入したキーウィのぬいぐるみ
このままでは創作黄金週間がドット絵を1枚や2枚描くだけで終わってしまう。今日は昼寝をしてしまった。じつは昨日も昼寝をしていた。あとはフリーセル。フリーセルとマインスイーパーは1日中やれそうな気がする。小説も書いてはいる。「明日こそは小説を更新するぞ」という意気ごみはウソではない。意気が消えてごみが残っただけで。ふだん文章を書くときはきまって夜なのもあって朝や昼には手がつかない。しかし最近の夜はとにかく暑い。朝や昼よりも暑い。私がまだ夢を見ていたころには30日から6日のあいだに7タイトルを公開する予定だったのに。3日の時点で1タイトルとドット絵3枚。現実はつらい。夜は暑い。

これは2020年5月3日に書いた。


イラストページを更新した。持っているものをドット絵にする。2枚。けっして「今日は更新するものがないしテキトーにドット絵を打てばいいか」と思ってそうしたわけではない。前からやりたいと考えていたことだ。前からやりたいことだったが本当は小説を公開するつもりだった。暑くて小説を書くどころではなかった。仕方なく夜の9時からぬいぐるみを片手にドットを打つことに。2枚で2時間半も掛かった。スヌーピーがとにかく難しい。実際には正面から見ると口も眉毛も見えなければ毛がフサフサしていて片目すら隠れていた。わけがわからない。現実にあるものを観察してかたちにするという点でよい練習にはなりそうだ。今後はアイキャッチ画像を作成できるぐらいの数を目指して更新したい。

明日こそは小説を更新するぞ。

これは2020年5月2日に書いた。


創作黄金週間は毎日更新すると言っていたのに初日(30日)からつまづいた。完全に私のミスだ。動画の生配信を見ていて30日に上げる予定だった小説を当日中に書き終えられなかった。とりあえず1日は1本公開した。百合小説。仕事から帰ったあとに1日分をもう1本書いて公開すればセーフだと思ったが体調の悪さがぶり返してきた。というより社員の体調がみな悪い。隣の席にいる先輩は37.1度以上の熱で帰ってしまった。熱が出て休んでいる人もいる。私はまたもや頭痛だ。熱っぽくもある。今はコーラをがぶ飲みして落ち着きつつある。ふだんからカフェインを断っていれば紅茶飲料やコーヒー飲料が頭痛薬になる。とにかく計画どおり2日~6日の出勤はなさそうだ。家にこもって創作するぞ。そして完成しなかったときの保険のためにこのページを更新しておく。

これは2020年5月1日に書いた。


体調が悪かった。先週。ちょうど業務を教えることになっていた派遣社員が熱のこもった咳をしていた。水曜日から頭痛になって頭が熱かった。金曜日に隣の席の先輩を見ると私と同じように頭を抱えていた。日曜日まで熱っぽさが続いた。おかげで先週の半分がつぶれてしまった。幸いにも頭痛と熱っぽさ以外はまったく症状が出なかった。とはいえテイクアウト週間は止めることにした。おいしくないし。ドミノピザを注文して食べた。あとは冷蔵庫に残っていたトマトとかぼちゃを電子レンジでチンして卵とチーズとしょうゆとオリーブオイルで味付けをする謎の料理を食べた。謎の味がした。

あとは詩を投稿したぐらいだ。今日と先週の土曜日で6篇を投稿した。頭痛を癒すためにカフェイン漬けにして眠れなくなった夜に他の創作も進んだ。30日からの創作黄金週間に備えていく。
 
これは2020年4月28日に書いた。


在宅勤務をすることになった。週に1回。勤務というより自宅待機だ。なにもしない。なにもできない。みんなでローテーションして週に1回なにもしない日を作る。10万円も一律でもらえそうだ。1週間で状況が目まぐるしく変わる。「これを買えばヒマを5年はつぶせる」と思えるものをたくさん買おう。サイトのコンテンツを増やせるものを。

サイトのコンテンツの話。イラストページを更新した。過去分。イラスト系のサーチエンジンにサイトを登録するという崇高な目標のためにコンテンツを増やしている。現時点で公開できそうなものはすべて公開した。あとは新規に一枚絵を3枚ぐらい描いて「2020年のイラスト」として公開すればサーチの利用者をガッカリさせない量になるだろう。ガッカリさせない質も確保していきたい。

先週は人生初のシチューを作った。具はたまねぎ。にんじん。かぼちゃ。じゃがいも。そして牛肉。キッチンバサミでカットして電子レンジで煮込んだ。さらさら野菜スープになった。最後の4皿目にはスープすら残っていなくてシチュー味の野菜と肉だけになった。野菜を入れる量が多すぎるんだろうか? じゃがいもを電子レンジでチンして柔らかくしたものに塩コショウとマヨネーズとチーズを和えた料理も作った。なんの味がしなかった。新型肺炎なのかもしれない。新型肺炎といえばテイクアウトを始める店が増えた。飲食店を支援しようと善意からテイクアウト強化週間をスタートして先週は4軒を回った。感想は「同じ店に足を運ぶことは二度とない」だった。マズイ。どこもマズイ。そのまま潰れてしまったほうが世の中のためになるぐらいマズイ。容器代も加算しているからかマズイわりに高い。テイクアウトに不慣れなために完全体を提供できていないのかもしれない。お洒落な店内で食べるとおいしく感じるのかもしれない。それにしたって支援する気持ちが萎えた。初めて作ったさらさらカレーやさらさらシチューのほうがまだおいしい。

サイトのコンテンツの話2。今年はめずらしくゴールデンウィークの休日出勤がなさそうだ。まだ確定していない。配られたスケジュールを見るかぎり私の出勤はなかった。なにもしない在宅勤務もある。新型肺炎のことを考えると外出もできない。だから2020年のゴールデンウィークは創作黄金週間にすると決めた。4月30日から5月6日まで何かを毎日更新する。余力があれば29日も。何かはすでに決めていて準備に取り掛かっている。自信がない。もし完成しなさそうだったら即興小説を書いてごまかすことにする。

これは2020年4月21日に書いた。


小説が完成しない。並行して書いていることが明らかに影響しているがどうしようもならない。たぶん完成するときは同時期に完成するだろう。短編小説についてはコンテストに出すことを諦めた。些末に囚われていると長編が書けない。少なくとも私はそうだ。先週も詩の投稿をした。やはり印刷して郵送する作業は楽しい。コンテストや懸賞に応募する趣味の原点だ。短編小説を応募できるコンテストはだいたいWeb受付だ。郵送もできるかもしれないがWebで応募できるのに郵送をすると双方が損をするだろう。印刷して応募できるコンテストに向けて書くことを思えばやる気が出るはずだ。「やる気なんてものはない」と人は言う。やりはじめてから熱中するものだと。科学的にそう証明されていると……科学的にそう証明されていると知った瞬間に「自分という人間はそういう仕組みで動くんだ」と考えられる人間は本当に私と同じ人間なのだろうか? そもそも科学的であることを大事にする理由がわからない。実験に立ち会ったわけでもない以上はただの信頼であり信仰だ。再現性はあるのか。それはそもそも適切な実験だったのか。あとで覆されるのなら水に「ありがとう」と言う疑似科学と同じではないか。水素水をバカにする人間が新書に書いてあることやネットニュースで流れてきた脳科学だか心理学だかは素直に信じるのはどうしてだろう。私は己の感覚を信じる。子どものときは血液型占いが流行っていたが「そんなものはありえない」と思っていた。今では科学的根拠がないとされている。だいたいそうだった。これからもだいたいそうだろう。人間はそうであってほしいと思うことをそうだと言い切るために科学を利用しているのだという疑いさえ持てば凡人の生活に科学の素養なんていらない。「やる気」はある。始めることはコストを「感じ」なければ動機がなくてもできる。コストを感じても動機があれば感じなくなる。私には動機というものがほとんどないに等しい。これは前に「モチベーション問題」として書いた。しかし多くの物事にコストを感じないため始めることはできる。始めても続けることができない。なぜなら「やる気」が……ここまで書いて気づいたがコストを感じないのなら途中で止めても損をしない。そっかー。学校だって面倒だったけどきちんと行ってたし会社も辞めてないもんな。損をするから。損をしないからかー。だからすぐに止めるのかー。えー。えー。でも好きなことで「ここで止めたら損する」と考える人生もきっと損か。そうすると「やる気」なんて関係ないな。はい。「やる気」は感覚的にも存在しません。終わり。

先週は人生初のカレーを作った。実際には自然教室などで作ったことがある。ほとんど手伝わなかったが。私は料理ができない。母親とお菓子作りをしたことはある。でも料理はない。料理は作ってもらうものという感覚がある。包丁なんて使いたくない。今回のカレーもキッチンバサミでニンジンの皮を剝いてカットした。指に痣ができた。火も使いたくない。電子レンジ調理。カボチャの白っぽいところがカビではないか気になる。たまねぎを切っても涙はでない。トマトを入れすぎた。なんの肉を入れるか忘れておそらく定番であろう牛肉が500円。カレー屋さんでカレーを食べたほうが経済的かつ美味い気がする。いくらチンしてもスープはさらさらとしている。甘口のルー。おいしかった。4食分。この調子で料理を覚えていきたい。包丁を覚えるつもりはない。

善良な市民だから不要不急の外出はしなかった。平日の休みに詩のコンテストの布石として定額小為替を購入したのと映画館に行ったのみ。緊急事態宣言が発令されるとのことでしばらく上映がなくなると踏んで『ミッドサマー』を観た。片手で数えられる人数だ。周囲もガラ空き。この状況で映画を観に行く人たちだけあって観客のマナーはよくなかった。これからは仕事でもないのに外でうろついている人間はろくでもない人間だけになるだろう。違う意味で家に引きこもっていたほうがよい。そして新しいヘッドフォンを買った。前に使っていたヘッドフォンの左耳は踏ん付けたせいで外れていた。せっかくテープでくっつけても片耳しか聴こえないときもあった。SuperluxのHD681を購入したことでまずわかったことはときどき片耳しか聴こえないのはPC側の接触不良だということ。クソゴミカスWindows10パソコン。今まで富士通のデスクトップパソコンや一体型を使ってきたのにドスパラに手を出したのが運の尽きだった。windows7はPhotoshopElementsとえもふりとRen’pyと動画サイトとEvernoteとWordを同時に起動しながら一週間ぐらい再起動をしなくても利用できたのに今のパソコンでそれは出来ない。すべての挙動がおかしくなる。新しいPhotoshopElementsはトリミング機能を使うたびに自動でトリミングの範囲を決めてくれるという無意味な新機能によって時間がムダに掛かる。Escキーを押して処理をキャンセルしないといけない。音楽を流したままPCを8時間ほど放置するとWindowsのコピー&ペースト機能が利かなくなりファイルの名前を変更しようとすると「をててててまままま」になる。「やる気」が失われる。しかし良いヘッドフォンだ。私にヘッドフォンの良し悪しはわからないが。音がよく聴こえる。今まで使っていたヘッドフォンは音量を3にしても小さく聴こえた。今は3にしていると少し大きい。試しに私がむかし作ったBGMを聴いてみた。前のヘッドフォンと変わらないショボさだった。ショボいものはどんなに道具を良くしてもショボいままであるということ。「楽しめないのは素養がないからだ」のカウンターパンチにしていきたい。

これは2020年4月14日に書いた。


緊急事態宣言が発令されたらしい。私にはあまり関係のないことだ。仕事はインフラ関連だから休めない。テレワークもおそらくできない。30万円も貰えない。手取り15万円だから。広島にいたときは13万円だったから。生活はなにも変わらない。

先々週のこと。クラウドファンディングのプロジェクト「休校の影響で乳を捨てたくない!飛騨産・美味しい乳製品をたくさんの方に届けたい!」からリターンが届いた。牛乳2本とのむヨーグルトとヨーグルトとモッツァレラチーズ。どれもおいしかった。モッツァレラチーズは先週になってカプレーゼに使った。レシピによればトマトを切らないといけない。しかし私はまったく料理したことがない。包丁を握ったことすらほとんどない。調理自習や脅すのに利用したぐらいだ。そもそも引っ越しの段ボールから包丁が見当たらない。だからキッチンバサミを購入した。料理を乗せるための大きなガラス皿も。出来上がったトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼは悪くない味だった。料理も悪くない。

先週の外出も悪くない。必要不急の外出だった。たとえば2月から予約していた「コンペイトウミュージアム」での金平糖手作り体験。新型肺炎の影響で貸切での体験となった。気まずかったが楽しかった。帰りには「タロコーヒー」に寄ってたまごサンドを食べた。たまごサンドは人生に必要だ。それとコンテストに詩を応募するのに郵便局に行ったついでに散歩をしてケーキ屋を2軒回った。詩を書くことは私の夢でありコンテストは必要至急だ。あとはきちんと自粛した。悪くない。

小説のコンテストにまったく小説を応募できないことも悪くないと言いたいところだがやはり悪い。コンテストに向けて小説を完成させないとサイトのコンテンツが増えない。更新できない。応募締切なしに作品を完成させられないから。そして応募締切があっても作品を完成させられないから。悪い。ここ半年ぐらい理由を考えている。「やりたいことがたくさんありすぎるから」「書きたいものがたくさんありすぎるから」が有力視されていた。だが最近になって違う考えが浮上した。

「小説を書くこと自体が面白くない」

たとえばイラストを描くとしよう。線は思いどおりに引けない。プロなら違うかもしれないがアマチュアである私は少なくともそうだ。色も想定していたのとまったく違うように作用する。1ドットのずれが違う表情を作る。小説を書くとしよう。タイピングで打ちこんだ文字は打ちこんだ文字だ。頭からそっくりそのまま取りだした文字だ。誤字脱字をすることはある。それは単純なミスだ。タイプミスか頭が間違えていたか。改めて考えてみると私は空しくなってくる。イラストには想像を描き起こすだけの行為の楽しみがあっても小説にはそれがない。私にとって小説を書くことは議事録を取ることに近い。工夫が足りないからそう感じるかもしれない。いや私は工夫をしている方だ。たぶん。文体や語彙などは作品毎にコントロールしているつもりだ。つねに他のものを描こうという意識もある。でもその意識こそが問題だという気がしてきた。意識にあることを起こしているだけだという意識が私を憂鬱にさせるのだ。シュルレアリスムの技法に学ぶべきか。むしろ学ばないべきか。図書館で本を借りて勉強したいところだがそれは許されない状況だ。なにせ新型肺炎で休館中……なのもあるが貸出期限の過ぎた本をまだ返却していない。コンテストに向けて小説を書いている場合ではなかった。

これは2020年4月7日に書いた。


4月に合わせて更新しようとしたら先週から何をやっていたのか忘れた。とりあえず小説のコンテストに向けて小説を書かなかったことは確かだ。最初に設定した目標を一つも達成できないような気がしてきた。がんばれ4月。がんばれ26歳。

新型肺炎について。とても頭がいいなと思わされる方がつねに慎重な意見を述べ続けており安心した。また知識をひけらかしてはいるが頭は大してよくないなと思わされる東京住みの人が小池百合子の記者会見のすぐあとに3連休に撮った地方旅行の写真を投稿していたからやはり安心した。さらに外出自粛要請が出た週末も当然のように外出していたからもはや嬉しくなってきた。災害や緊急事態においては見えてこないものが見えてくる。しかしそれは注意深く観察さえすればふだんから露出しているものだ。愚かな人間はいつもどんなときも一生をもって愚かなのである。私も愚かな人間だ。何かをしたい何かをやりたい何かを食べたい何かをほしいという気持ちを抑えられたためしがない。もう26歳なのに己の欲望を制御できないなんて人として恥ずかしい。先週もうどんを食べたくなって「ひだりうま」に行った。列ができるぐらい有名な店だ。おいちい牡蠣がごろごろ入っていた。散歩して公園にも行った。公園には桜が咲いていた。背のばしベンチでからだを伸ばして青空と桜を見た。帰りには知らないパン屋に寄った。そして今週も――それは来週の雑記に書くとしよう。

3月末に詩を投稿した。3月から詩をはじめて一か月で11篇を作ったことになる。一般的に多いか少ないかわからない。一般的に詩なんて作らないだろうし。作る人たちからみるとまだまだだろう。まずは量をこなさないと上達しない。思いついたことはなんでも書いていきたい。

それと今週になってサイトを更新した。「イラスト」「エッセイ」の一覧ページを作成している。「エッセイ」は今まで作ったページのリンク集だ。「イラスト」は新規のコンテンツを公開している。新規と言っても過去に描いたイラストだけだ。一覧ページを作ったからには「イラスト」も「エッセイ」も積極的に更新していこうと思う。イラストは人体を練習したい。人体がわからない。人体以外はわかるのかというとわからない。小中学生のときに風景画やよくわからないイメージ画で賞をとっていたが完全に塗りのおかげだった。デッサンはトイレットペーパーばかり描いていた。1年後にはHなCG集をDL販売して100DLされるぐらいの腕前になりたい。

もう30代も間近ということで26歳になってからやりたいことを考えていた。26歳にならずともやりたいことについてはいつも考えては疲弊している。やりたいことが多すぎる。しかし「30歳までには一通りはやっておこう」とは思った。なんでも。ここ一年ぐらいで急に思いはじめたことだ。小中学生のときに私たちは学校であらゆることを経験させられてきた。家の事情や方針によってできないことやらないことをやってきた。この世にはたくさんいるだろう。修学旅行でしか県外に出たことのない人。家庭科でしか裁縫したこともない。はんだこてを握ったのはあの日以来。観劇なんて。スキーなんて。そういう人たちが。でも一度は経験した。だから知ることができるし知っていれば調べることができるしもう一度始めることができる。最初から知ることができなければ始めることもできない。人はいつ死ぬかわからないがいつ死んでもよいように挑戦していかないといけない。明日死ぬとわかっていて得意なことだけをするのと60年後も生きているかもしれないのに得意なことだけをするのは違う。嫌いかもしれないことや好きになるかどうかわからないことも始めてみること。気にくわないならすぐ止めればいいだけだ。子どものときの私もそうやって親に新しい趣味の道具を揃えさせてはすぐに飽きて止めた。当時もやりたいことがたくさんあった……私は一生やりたいことの奴隷なのか? それにしては不思議なことだ。そこから自由になりたいとまったく思わないのだ。

これは2020年4月1日に書いた。


26歳になった。お祝いに「プチフランス」でおいちいケーキを買って食べた。誕生日プレゼントではないが明日には楽しみにしている荷物が届く。いいスタートだ。25歳の最終日は雑誌に詩を投稿できた。いい終わりだ。

先週にも書いたボケの話。また仕事でミスをした。納品物を違う場所に発送した。言い訳はある。伝票は仕切り兼ラベルによって整理されていた。本来ならラベルはその奥にある伝票と対応していた。ラベルの手前にある伝票を取った。おしまい。最近のミスに共通することは「しっかりと文章を読んでいれば」起こりえないということだ。本気で若年性認知症を疑っている。私はふだんから運動もしないし食生活もデタラメだし人とも話さないし意識が低いし頭を働かせない。ボケるために生きているようなものだ。それと視力がかなり低下しているとも感じている。先月までは眼鏡を必要としなかった作業で急に眼鏡を必要とするようになった。いや思えば先月も眼鏡を少し使った。先々月まではいらなかったのに。早急に対策を練らないといけないと思って百ます計算の本と読むだけで視力がよくなる本を購入した。購入ボタンをクリックしたときに「もうボケているのではないか」とよぎった。

そんなボケにも3連休。多くの人が外出していた。私もそうだ。たとえば死んだように昼寝をしてから「パン工房シャルドン」に行った。有名なパン屋らしい。店が閉まる20分前に行ったの色々なパンがあった。それから帰り道にもパン屋に寄った。風が強くて自転車で坂を下りるときは本当に気持ちよかった。京都にも行った。たまごサンドを食べるために。「渉成園」で3本しか咲いていない桜を見た後で4店を回るつもりが「喫茶アマゾン」「喫茶ガボール」の2店でおなかいっぱいになった。「喫茶ガボール」のたまごサンドはコンビニのたまごサンドを4つ並べて1皿にしたようなボリュームだった。つらかった。そのまま歩いて京都御苑に。京都御所を見学してから近衛兵跡にあるしだれ桜を見て帰った。

しかし愚かなことをしたと思う。外出の話だ。本当なら自粛するべきだった。いくら天気がよくても。いくら屋外でも。この文章のおわりに書くある理由でどうしても外出するしかなかったのだ。ところで5月にはコミックマーケットが開催される。たくさんの人が集まる大きなイベントだ。東京に住んでいたときに2回だけ行った。どちらも冬で午後から行った。それでもすごい混雑だった。会場だけではなくて通路まで人がたくさんいた。電車も混んでいた。朝にはもっといるのだろう。今年のコミックマーケットはまだ中止になっていない。でも抽選によって出展できることが決まった当日に「辞退します」と宣言した人たちを見かけた。英断だと思った。開催が2か月も先なら今のような新型肺炎による自粛をしなくてもよい状況になっているかもしれないし気温の変化によって新型肺炎が流行らなくなるかもしれない……と考える人たちもいただろう。しかし彼らはそうは考えなかった。本当にかしこい。頭がいい。知能が高い。利口だ。偉い。素晴らしい。優しい。思いやりがある。大事にできる家族や友人や仲間がいる。真っ当な社会人。人格者。よい人間だ。私はずっと記憶するだろう。彼らがきちんと考えて真っ先に辞退を表明したことを。どんなにバカげたものを作っても「この人は事態を楽観視しなかった聡い人間なんだ」と思い出すだろう。一生忘れないだろう。好きな人が辞退を表明してさらに好きになった。本当はそうしたいのに状況を見るにそうできない――しかし他の人間は状況の判断ができなくてしたいことをしている。それでも耐え忍んでいる彼らに言いたい。あなたがたは本当に美しい。強い自制心をもった人間に私は小学生のころから憧れていた気がする。自信をもってほしい。勇気とはそういう意味であるから。勇敢とはそのような態度であるから。賢者とはあなたがたのことであるから。

話は変わらないようで変わる。ここ数年「外出した」「遠出した」といった達成感によって何もできないまま人生が終わってしまうのではないかと考えることがある。たとえばやりたいことがある。でもそのやりたいことを成し遂げるには時間がかかる。その時間のなかでは達成感を得られない。だから「気分転換」や「息抜き」で出かけるとする。外出は金と時間があればどんな無能にもできるし努力の必要もない。失敗することもそうない。確実に「何かをした」という満足感を得られる。その満足感に負けてやりたいことがおざなりになってくる。やりたいことがない人間ならなおさらだろう。「何かをした」だからよい一日だった。でもそれが千日だったら? 一万日だったら? よいことの連続がよいことだとは限らない。本当に一番うれしいことはやりたいことをやれたときだ。「とりあえず動いた」から「時間を無駄にしなかった」ことが人生の一番の功績になってはならない。何かをしなくちゃという焦燥感はやりたいことのために使うべきだ。やりたいことをやれていない。やるべきことをやっていない。それで「息抜き」なんて笑わせる。すぐにできることに逃げるな。そうは思うが外出でもしないと運動もしないし遠いところを見ることができない。ボケと視力低下が進行する。26歳になった。

これは2020年3月24日に書いた。


この絶望を全人類に分け与えてやりたい。コンテストに向けて詩を書いていた。先週中に応募するつもりで完成させた。しかし募集要項を改めて確認すると枚数制限をオーバーしていることに気づいた。全体をあえて冗長にすることでいかに心地よい瞬間であったのかを描写する構成をとっていた。短くできない。応募できない。さらに翌月まで発行されないと思っていた『詩と思想』の最新号がすでに発売されていたと知った。amazonで予約注文をしようと開いたページが2019の4月号で気づいた。『詩と思想』の最新号はamazonでもヨドバシ.comでもhontoでも購入できない。だから先週の土日は書店を巡ることになった。「TSUTAYA BOOK STORE」「MARUZEN & ジュンク堂書店」「TSUTAYA BOOKSTORE」「紀伊國屋書店」と行って最後の紀伊國屋でゲットした。カフェにも行って2日連続でパンケーキを食べた。「Eggs ‘n Things」と「星乃珈琲店」。「Eggs ‘n Things」では隣のテーブルで3人の女の子が取り分けて食べていたパンケーキを一人で食べた。パンケーキの上にあるクリームが誇張表現でもなく山になっていた。山のようにではなく。クリームの山。「星乃珈琲店」ではチーズオムライスとセットの小さなパンケーキを食べた。表面がカリカリとしていてシロップとよく合った。リラックマのショップにも行った。リラックマがソファになっていた。婉曲表現でもなくソファになっていた。ソファのリラックマ。とにかく雑誌を買うために安らかな休日が潰れた。

それにしても最近はミスが目立つ。

・2月の初めにコンテストの締切を2つ間違えた
・ここ2か月で10回はメールでミスをしている
・募集要項の枚数制限を誤認した
・最新号が発売されないと勘違いしていた

列挙するだけでも病気としか思えない。どれもつい最近のことで以前はなかったことだ。今週の月曜の朝になってCcに入れるべき宛先を件名に入れて送信したことに気づいた私はいよいよ恐怖状態に陥った。

・少し前に風邪になってから異常をきたした?
・若年性認知症?
・読書量が減って文章を読む力が衰えている?
・視力が低下した?

何が原因かわからないが何が原因でも危ない気がする。とりあえず本を読みつつ手を動かしてリラックマストアで買ったセンチメンタルサーカスのノートに文章を書きうつすトレーニングを始めた。視力は……視力は……仕事中に遠いところを見つめるとする。

これは2020年3月17日に書いた。


なんかもうずっとコロナ。休日に散歩をするとすれ違う人が咳をしている。スーパーで買い物をしに行くと小さな子どもが咳をしている。職場でも体調の悪そうな人がいる。ニュースのせいで目につくだけなのかみんな少しずつ侵されているのかわからない。たぶん花粉症だろう。

「詩人を目指す」

先週は人生ではじめて詩を投稿した。プリンターを段ボールから取り出して設置して詰め替えインクを探して入れてクリーニングを何回もしてようやく印刷できた。疲れた。今は詩のコンテストに向けて1篇を書いている。たぶん今週中に応募する。小説も書いている。やはり今週中に1作は完成させたい。もう1年の4分の1である3月の3分の1になろうとしている。誕生日も近づいている。もうすぐで26歳になる。25歳のうちに完成させたい話がある。しかし26歳のうちに完成させてもいい話なので頑張るか悩む。頑張るか悩むって最低な人間の発想。

これは2020年3月9日に書いた。


中止になるだろうと思いつつもチケットを購入したR-1ぐらんぷりの敗者復活戦ライブビューイングがやはり中止になった。仕方ない。今は外出を避けるべきだ。そうだとわかっていても「ゴッホ展」に行ってしまった。あとで行こうと思っていた展覧会「インポッシブル・アーキテクチャー」が新型肺炎の影響で中止になってしまったからだ。行くことを先延ばしにするうちに「ゴッホ展」も中止になってしまうかもしれない。実際3日になって4日から15日までの休館が決まった。そういうわけで日曜日は「ゴッホ展」に行って画集とぬいぐるみを買って三ノ宮に行きエスタシオンカフェで死ぬほど熱いたまごサンドを食べて元町に行って「パンやきどころ RIKI」に並んでパンを買い南京町を眺めながら三ノ宮駅まで帰る途中で「神戸ノート」を購入しパンを買って帰った。まだ2回しか行ったことがないのに神戸はすごくいいところだと思った。かわいいマンホールがたくさんある。

そして先週にも書いていた本当にやりたいことを始めた。

「詩人を目指す」

詩を書いている。最近になって小説の執筆にスランプを感じているから――ではない。自作小説はあくまでコンテスト応募と連動している。私にとってそれらは趣味だ。詩人になることは夢だ。子どものころに私は窓際会社員になりたいと思った。そしてなった。今度は詩人になろうと思った。詩人になるためにこれからは詩も書く。良い詩を書くために勉強する。たとえば漢検を受けようと考えている。多くの言葉を知ることが表現のゆたかさにつながるからだ。「神戸ノート」はもちろん百字練習帳をチョイスした。

これは2020年3月3日に書いた。


毎月なにかを更新したいと思っているが現実はむずかしい。この雑記をコンテンツとして考えるなら1週間に1回は更新していることになる。だが読点もないようなこの無気力なテキストが一体なんのコンテンツになるというのか。

いろいろとあった。今週末のウォーキング大会がコロナの影響で中止になったこと。通信大学の入学を秋以降にすると決めたこと。これで直近の重荷がなくなった。そして先週は月曜日から日曜日までおやすみが4回もあった。人類は週休4日制に移行するべきだと思う。ひたすらに幸福な一週間だった。映画館で『1917 命をかけた伝令』を観たし造幣局の見学に行ったし大阪城に行って梅園と天守閣を見たし「ザ・コナモン・バル 利休」でタコ焼きみたいに1皿に何枚もあるミニお好み焼きを食べたし「おいで」ですごくおいしいたまごサンドを食べたし「mog」のパンケーキを食べたし「R-1ぐらんぷり2020」の準決勝を見たし「サンシャイン」ですごくおいしいモーニングを食べたし神戸市立王子動物園で笹をむさぼるパンダを見たし「パルテンツァ」でプレーンのチーズケーキを買ったし生田神社に行ったし「トミーズ」「イスズベーカリー」「フロイン堂」「ケルン」でパンを買ったし家に帰ってからふるさと納税の返礼品として「トロイカ」のチーズケーキが届いたし洗濯物はきちんと乾いたし土日は何もせずにごろごろとしていられた。さらに今週の月曜日は祝日だった。下鴨神社で梅を見て水みくじをやって「加茂みたらし茶屋」に並んでみたらし団子を食べて旧三井家下鴨別邸に行って「コーヒーハウスマキ」で和風味のたまごサンドを食べて「出町ふたば」に並んで豆餅を5つ買って「エスブルー」のパンを買って京都御所の梅林に行って護王神社でイノシシの像を見てだいぶ遅れてやってきたバスに乗って北野天満宮に行って梅を見て白い服の人たちが並んで何かをしているところを近くで見てさあいよいよ梅苑に行くぞと思ったら16時締切。そのとき16時7分。なんなら梅苑を楽しみに京都まで来たのに。バスが遅れたせいで……2回もお店に並んだせいで……狭い3Fで眺望を見せられるだけで何の説明もなしに特別料金を請求された旧三井家下鴨別邸に行かなければ……ふてくされてバスに乗って京都駅で「イノダコーヒ」でたまごサンドを食べて「志津屋」でたまごサンドを買って帰った。

ところでつい数日前に叔父が死んだらしい。彼の年齢は知らない。私の父が50歳か51歳であることを考えると40代だろう。父は三兄弟だが死んだ次男だけ顔が似ていなかった。死因は知らない。父の父つまり祖父は病気で喉をやられて喋れなくなってしばらくして死んだ。何歳だったかは知らない。でも祖母や母方の祖父母は健在だから早いうちに死んだのかもしれない。死んだ叔父には子どもが二人いた。私が知らないだけで三人や四人いたかもしれないが。たぶん今はまだ小学生だろう。中学生かもしれない。幼くして親が片方だけになるのはどういう気持ちなのだろう。片親に偏見はない。しかしイヤな思い出に片親が関わってくる割合が異常に高い。私にイヤな絡みかたをしてくる人で片親・精神病・元いじめられっ子のいずれかでない人はなかなかいない。今のところ。生きているうちにその割合も低くなるかもしれない。とにかく彼らはどうなるのだろう。すべて叔父の死に方によるだろう。父親が自殺したらしい部活の先輩には一風変わったところがあった。私も思春期に両親が自殺したら悩んだだろう。自殺は遺伝すると聞いたことがある。それは精神病が遺伝するからではないかと思うのだが「私も途中で自殺するかもしれない」と考えると人生の指針が変わってゆくだろう。病死であれば一時は精神的ショックを受けるかもしれないが立ち直ることができるだろう。彼らは祖父の葬式にも来ていたのだ。人が死ぬことは知っているはずだ。多くの病死は本人や家族が経過を把握しているというのもある。事故死だったら辛いだろう。事故死はもしかしたら死ななかったのかもしれないのだ。すごく悲しくなる。涙が出てくる。死んだことはもう覆せないので叔父の死が自殺と事故死と殺人のどれでもないことを祈る。

そして私は改めて先延ばしが害悪であることを発見した。100年計画と人は言う。60代80代を見据えてと言う。老後にゆたかな暮らしをできるようにと言う。でも人は40代でも死ぬ。30代でも20代でも死ぬ。私が10代のうちに死ななかったのは奇跡である。いくら統計的に10代のうちに死ぬ人間の方が少ないとしても。だれもが昨日死ぬかもしれなかったのに昨日死ななかったのだ。単純に生死の話だけではない。たとえば機能が働かなくなること。私は20歳か19歳のときに『ネタバレゾナンス』的な状況に陥ったことがある。「見えるものがすべて見えているために何も見えない」状況である。高次脳機能障害で実際にありそうな症状だ。健康状態の人間に説明するのにはむずかしい。イラストを描くときに奥にあるものをぼかしたり余計なものをそぎ落としたりするテクニックがある。画面の情報が減って主題が見やすくなる。私が陥った状況ではすべてのものが同じぐらいに存在していた。確かにすべてのものは同じぐらいに存在しているのだが人間はそれだと何も認識できない。もちろんすぐに回復した。このようなことは頭をぶつけることでおそらく誰にでも起こりうる。機能を失うだけではなく病になることや五体満足でいられないこともあるし精神が病むことだってありうる。生きているかぎり。生の前提が覆されることもある。たとえば女の権利が男と同様に認められることでインターネットでは「女尊男卑」なんて表現もでてきている。これが数十年前はおそらくそうではなかった。そして数十年前に生きていた人たちは今も生きている可能性が高いのだが数十年前のようには生きていけない。男尊女卑だからこそ生きていけた人たちが生きづらさを感じるようになるわけだ。何にでも言える。同性愛をバカにすることでしか人との連帯を保てなかった人間は現代の感覚では相応に批判されるが当時はその反応が相応でなかったわけだ。さらに追い打ちをかけるように現代の感覚に適応できない人間は安直に「旧い」「空気が読めない」「アップデートできてない」と自己責任論で叱責される。しかし自分のもつ価値観が単に一時代の流行を内面化したものにすぎないと何人が割り切ることができるだろう? 今が生きやすいからと言って未来が生きやすいとは限らない。極めつけに環境の問題がある。まず良い友や良い上司や良い親や良い伴侶がいつまでも良いものとは限らない。死の可能性もあるし脳が壊れて人格が変わることもあるし壊れてなくても態度が変わることはいくらでもある。次に災害である。災害は衣食住を困難にするだけではなく経済的にも打撃を与える。最近の新型肺炎もそうだ。地球環境もそう。いつまでも人間にとって住みやすい環境であることを地球は約束してくれない。これらは特別に悲観的なものの考え方ではない。少なくとも私はいくらでもこんなことを思いつけるがこの頃はたまごサンドを食べることにハマっている。私が悲観的に考えることはやりたいことのうち優先度の低いやりたいことを先に消化して本当にやりたいことがやれないまま終わってしまうことだ。旧三井家下鴨別邸に行ったせいで梅苑を見られなかったように。

だから私は通信大学の入学を秋以降に伸ばした。それより先にしたいことがあるからだ。じつは去年の11月ぐらいから優先してやりたいと思うことができた。今週中に一歩を踏み出すつもりだ。今週中に死ななければ来週のうちにページを増やしてリンクを貼る。

これは2020年2月26日に書いた。


もう小説を書けないかもしれない。2月20日の締切に向けて小説を一文も書こうともしなかった。一文字も書かなかった。最近はずっと寝るか外出するかのどちらかだ。仕事で緊張状態の続く1週間だったせいか先週の土日は死んだように眠っていた。土曜日は一歩も外に出ずDominoピザでLサイズピザを注文して1日かけて食べた。日曜日にある稲妻フェスティバルも行く予定だったが天気が悪かったのでパス。映画館に行くのも延期。祝日には京都に行って伏見稲荷大社と京都タワーと「ちびまる子ちゃん展」に行った。伏見稲荷大社では四ツ辻まで登って絶景を見た。筋肉痛になった。京都タワーでは京都タワーVRを楽しんだ。あと「京都 本家 第一旭本店」という有名なラーメン屋に並んでラーメンを食べた。おいしかった。金曜日はなんとか残業を回避してタイタンシネマライブへ。2018年12月から観ている。作りたいものがあってお笑いについて関心が出てきた。大阪に来たことだし2020年はもう少しお笑いをインプットしたい。シネマに行く前に「自由軒」という有名なカレー屋さんに行った。おいしかった。シネマに行った後は「純喫茶アメリカン」というこれまた有名な喫茶店に行った。卵サンドが900円もした。おいしかった。おみやげに「まったりプリン」を買って家に帰って食べた。おいしかった。おわり。

短編なら一日で完成させられそうな作品がいくつかある。しかし私は短編より長編を完結させたい。あまりにも完成させないために長編のストックが大変なことになっている。完成させられない理由をインターネットで調べると「完璧主義だから」と出てくる。完璧主義だから作り始めようともしないのだろうか。一文も書かないのか。何かが違う気がする。あいかわらずやらなければならないことが多い。まだ抽選で確定していないが4月にも予定を入れた。予定だけではなくタスクもある。やる気を出そうと思って小説の書き方について述べた本を図書館から借りて数冊読んだ。特に何も思わなかった。一文も書きはじめない人間に役に立つ情報はなかった。よく「1日1分でも良いから向き合え」と書かれている。やり始めたら勢いで続くものだと。何度も失敗したテクニックだ。1日1分でも良いから向き合おうとすると本当に1日1分しか向き合わない。

ところで今週の月曜日になってから咳が出るようになった。土日にたっぷり寝たのは何だったのか。思えばシネマライブでとなりの女が咳をしていた。マスクもせずに。ハンカチで押さえることなく。途中からマスクをしだした。なぜ最初からマスクしなかったのだろう。2020年になってから体調が万全の時がない。新型肺炎のニュースはいつも気にしている。そのくせ今日も予定を入れている。

これは2020年2月18日に書いた。


風邪は治ったが今週になってから頭痛がする。先週は映画館で『ロニートとエスティ』を観て本を7冊読了して市役所でマイナンバー関連の更新手続きを行ったぐらいで一つも無理しなかったのに。2020年になってから健康な日の方が少ないのではないか。しかし休んではいられない。今週は予定がある。そのうちの一つは平日の夜にあることで残業をすると間に合わない可能性が高い。今の部署では定時退社が常である。しかし特定の日には残業をしてでも決められた業務を終わらせないといけない。それで今週の月曜日は22時まで残業した。そして今の部署で残業になる理由の9割は一個人の努力ではどうにもならないことだ。だから祈るしかない。予定に間に合いますように。来週以降も予定を入れている。予定に合わせて有休を申請しないといけない。あと来週はコンテストの締切がある。それと新たなことを始めるために手続きもしなければならない。他にもいろいろとやりたいことがあるが列挙しようとすると吐き気がしてくる。思うにストレスで体調不良が続くのではないか?

やりたいことの一つにサイトの改装がある。これはずっと前からやるやると言ってやれていない。今のサイトにおいて直したい箇所がたくさんある。リンクとわからない画像リンク。スマートフォンにおいて一見してリンクとわからないテキストリンク。PCにおいてコンテンツを最後まで閲覧したあとにわざわざスクロールを上に戻さないと押下できないメニューリンク。Webの要はリンクのはずだ。異なる文書と文書をつなげる仕組みがひとりの人間でしかない私たちの世界を拡張した。リンクの分かりやすさを追求したい。また小説一覧ページも変更予定だ。こちらは近日中に。タイトル/公開日付/文字数のいずれかの項目でソートできるようにする。そして百合やBL要素があることを示す。タイトルを列挙しているだけの今より親切になるはずだ。問題は画面サイズが小さいスマートフォンでどのように表示させるかだが……やるべきことをやってから考えるとしよう。

これは2020年2月11日に書いた。


コンテストの締切を2つも間違えた。2020年のコンテスト応募は未だゼロ。きちんと締切を確認しておけばよかった。余裕があると勘違いして先週もろくに動かなかった。具体的にはボーリングに行った。映画館で『ジョジョ・ラビット』と『フォードvsフェラーリ』を観た。面白い本を読んだ。それだけ。風邪はまだ長引いている。だいぶ楽になったとはいえ。

それにしてもコンテストの締切を間違えるなんて。偶然にもPrimeReadingでなんとなく読んでみた『会社では教えてもらえない 仕事が速い人の手帳・メモのキホン』が私の悩みに答えた。この手の本――30分から1時間までに読了するビジネス書にしてはめずらしく参考にできることが書かれている。それは手帳に予定の何日前であるかを書くというテクニック。さっそくミスタードーナッツの福袋に入っていた手帳にコンテスト締切のカウントダウンを記入してみた。次に応募しようと決めているコンテストまですでに15日を切っていることがわかった。去年の12月ぐらいに知っておけばよかった。ちなみにこの本の読了時間は27分。単行本の定価を調べたら1540円。27分1540円。

これは2020年2月7日に書いた。


完全なる風邪。先週は兵庫にあるキユーピーの工場を見学した。楽しかった。春節祭にも行きたかった。しかし新型肺炎が怖かった。せっかく兵庫にまで来たのにと思いながら西宮駅に寄って「淡路島バーガー」に行き淡路島バーガーを食べて帰った。それと「PIXARのひみつ展」に行った。3Dをやりたくなる展覧会。あとはカフェでおいしい卵サンドを食べたりパンケーキを食べたり。良い金曜日と土曜日だった。予定していた映画は時間が合わなくて延期したが。これで日曜日に創作に没頭できたなら最高の週末だった。しかし風邪を引いた。最初は頭痛から来て喉の違和にくしゃみに鼻水。咳だけが出ていない。体調は日に日によくなっている。気がする。少なくとも気力は戻ってきた。日曜は仕事があるから土曜のうちに創作をしよう。そう言いながら映画の予約をしようとしている自分がいる。熱に浮かされているのだろうか?

これは2020年1月31日に書いた。


今週になって気を失うように寝ている。原因は不明。先週は外食外食外食外食外食ケーキ屋に行って『パラサイト 半地下の家族』を観て「Butter」と「belle-ville」でパンケーキを食べ「カラヴァッジョ展」「小畑健展」「ニフレル」に行った。外食外食外食外食ケーキ屋とニフレル以外はすべて日曜日の出来事だ。1日に2パンケーキも食んだことが強烈な睡眠欲の原因なのだろうか? 

金曜日に振休をとったから旅行しようかと考えたものの天気予報を見れば曇りと雨。とりあえず金曜日には予定を入れた。あと映画も観る予定だ。2020年は映画館と展覧会に行く回数を増やす。せっかく広島から大阪に異動になったのだし。そう考えると東京に居たときに何もしなかったのは惜しかった。だが東京でも広島でも妙に不便な場所に社宅があった。駅近とはいえ。だから遠出する気にはなれなかった。今はそこそこ良い場所に住んでいる。少なくとも外出が苦にならない場所に住んでいる。次はいつ転勤になるのかわからない。広島ではもう数年いられるだろうと余裕ぶっていたために中国地方で行きたかった場所に行き損ねた。北海道に転勤できたら生活を楽しんだあとで会社を辞めたい……気もするが未来のことはわからない。きっと景気は悪い。今の会社にしがみついていたほうが良いかもしれない。しかし年齢制限のあるアレをやってみたいという気持ちはある。北海道に行きたい。転勤チャンスがあるため北海道旅行を躊躇している。大阪も転勤の数か月前に出張を利用してブレジャーしたばかりだった。

ともあれ土日は空いている。行きたいイベントがあるため合わせて予定を入れるかもしれないが。そろそろコンテストに向けて1作を書き上げたい。

これは2020年1月23日に書いた。


モチベーション問題。2020年では「サーチエンジンに登録するために」コンテンツを増やそうと決めた。しかしこれはモチベーションになるのか。ふつうはおそらく次のように考える。

(作品を増やすことで)たくさんの人に知られたい
(知られることで)商業化したい
(商業化することで)名声を得たい

ところが私のモチベーションはこうだ。

(作品を完成させることで)コンテンツを増やしたい
(コンテンツを増やすことで)サーチエンジンに登録したい

私は会社員である。驚くべき安月給。ただし社宅にいる。仕事を辞めないかぎり住む場所には困らない。貯金は700万ほど。両親にこちらから連絡したことはない。それでも私が困窮したら彼らは救わずにはいられない。かわいい一人っ子だから。仮に助けてもらったとしても老後は見ないが。プライベートで介護をしなければならない人間はどんなに良いことがあっても不幸だ。生活は安定している。オリンピック後の不況にも耐えられるはずだ。何が言いたいのかといえば私には焦る理由がない。何も不足していない。創作で承認欲求を満たしたいという気持ちもない……小説家になろうで公開している短編小説のなかでアクセス数の突出しているタイトルがある。『クラスメイトが痴漢している女装男』。他の短編が10アクセスや50アクセスなのに対して1000アクセス以上ある。承認欲求を満たしたい人間なら成功例にしたがって煽情的なタイトルをつけたりシリーズ化したりする。だが私はそうしない。たとえタイトルに「痴漢」のワードを入れるだけでアクセスが増えると知っててもそうしない。そこまでして人に注目されたくない。みなの前で賞状を受け取ることが恥ずかしいという理由で同じ部活の違うチームに学校内表彰を譲ったこともある。中学のときに画で賞をもらっていた時期に考えたことは「作りたかったから作っただけなのに。もっと賞状を必要としている人間がいただろうにかわいそう」だった。私は気ままに創作したい。とはいえ余裕を保ってはいられない。作りたいタイトルがたくさんある。前にも書いたが150タイトル以上。でも動き出すことができない。頭の中に二桁のタイトルが同時に動いているが手は動かない。コンテストの締切当日にならないと。もちろん完成しない。まれに完成して23時50分ぐらいに提出する。でも圧倒的に完成しないことが多い。そして作りたいタイトルは日々の生活でいくらでも増える。

頑張りたいとはいつも思っている。だけど頑張れたことがない。高校3年生のときに私は勉強ができないのだと初めて気づいた。私は机に向かうことができない。受験勉強用の部屋を作ってこたつとパソコンを持ちこんでいた冬。何もかも諦めて公立の前期にしか出願しなかった。当然のように落ちた。部屋の片隅にパンフレットが落ちていたという理由で専門学校のゲーム学科に行った。3年も。親の仕送りで実家と同市内にある学校の近くに部屋を借りて一人暮らしした。一回でいいからバイトをやれと言われてやったバイトが年賀状の仕分け。プロフィールに趣味(資格・検定)と書いた。あれは専門学校で各試験2か月ほど勉強させられて合格しただけ。自宅勉強はまったくしていない。応用情報もセキュリティスペシャリストも。その専門学校に対して私はある負い目を感じている。卒業制作であるゲームに「あとでアップデートして完成させます」とネットワーク環境でアップデートできる機能をつけて卒業したが一切アップデートしなかった。未完成のまま卒業。縁を切りたい。そういうわけで通信大学のパンフレットを請求した。それと運動をしようと思ってウォーキング大会に申しこんだ。このように常に新しいことを始めようとはしている。本当に頑張りたい。だが「頑張りたい」以外に頑張りたい理由がない。

これは2020年1月17日に書いた。


2019年とはさっそく違う始まり方をしている。まずは福袋を買った。これからはミスタードーナッツの引換券とすき家のクーポン券を頼りに生きるつもりだ。3coinsのふわもこ福袋の中身もさっそく使っている。今は腹巻を巻いている。年末年始の休日出勤は1回。3日は神社の屋台で明石焼きを食べた。4日は行ったことのないスーパーに行った。面白いエロゲーもクリアーした。あとでまた書く。5日は喫茶店で朝食をとって海遊館からキャプテンラインでUSJに行き「せなけいこ展」を見た。USJはこれで2回目になる。ザ・フライング・ダイナソーとジュラシック・パーク・ザ・ライドに乗った。17時30分にあるクリスマスライブショー「クリスタルの約束」を見るために地面に座って四十五分ほど待った。寒さのためかiPhoneの電源が落ちて充電切れになってしまった。「せなけいこ展」では画集を買った。フォトコーナーで記念撮影できなくて残念だ。7日から東京に行った。8日と9日にある研修を受けるために。7日は振替休暇をとっていた。本当はゴッホ展にでも行くつもりだった。しかし体調不良で夕方までずっと寝込んでいた。惜しいことをした。

2019年と同じ始まり方もしている。応募したいと思っていたコンテストの締切にさっそく間に合わなかった。そのコンテストに参加するために短編小説の案を9タイトルも出した。1タイトルも完成しなかった。何度も同じことを繰りかえしている。理由はわかっている。やろうとしない。書こうとしない。締切の当日にならないとドキュメントを開かない。どうすればよいのか。完成できなかった9タイトルはレギュレーションに沿う要素のみならずテーマもきちんと練っている。だから他のコンテストにも出そうと思えば出せる。だが他のコンテストに出したいアイディアもまた複数タイトルある。それにもまだ手をつけていない。こうやって作品の未完成が続くとコンテンツが増えない。ではコンテンツを増やしたいというモチベーションだけで毎日作ることができるのか。むずかしい気がする。

これは2020年1月10日に書いた。


雑記を書く。もともとこのページは予定を書くページだった。しかし予定どおりに進まないことがほとんどなので止めた。

2019年は散々な年だった。作品は完成できない。設定した目標はろくに達成できない。本も130冊しか読まなかった。異常な事態だった。2018年は180冊を読んだので2019年は200冊は読もうと考えていた。むしろ50冊も読書量が減った。面白いと思える作品も当然のように減った。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『マノン・レスコー』『アメリカ』はよかった。『アメリカ』は『失踪者』のことだ。カフカの中長編はこれでだいたい読んだ。次点で『嫉妬』『城』も悪くなかった。アラン・ロブ=グリエも新しく読める数が減りつつある。2019年の最後に読んだのは『嘔吐』だった。高校生のときに『実存主義とは何か』『水入らず』を読んで以来になる。2020年はまだ何も読んでいない。まずは『セロトニン』を読む。ミシェル・ウエルベックも小説は『ランサローテ島』以外は読んだ。最初に読んだ『素粒子』以外ぱっとしないが惰性で読んでいる。本を読まないかわりに外出をした。2019年は月に2回の外出をノルマに設定していた。沖縄やセブ島でのシュノーケリングは楽しかった。ブラジリアンパークでバンジージャンプをしたことも。ナガシマスパーランドで朝から夕方まで遊んでなばなの里でイルミネーションを見たこと。USJでは年パスを購入した。すべて一人で行った。外出のことについてはエッセイとしてまとめるつもりだ。

2020年こそは長編小説を書きたい。しかし他にやりたいこともある。新しく始めたいこと。いろいろとある。積読や積ゲーもたまっている。作品のアイディアは残り150ある。そして増える。「コンテストに応募している」でも書いたが目標設定のやり方を変えることにした。「本を200冊は読む」「長編小説を3タイトルは完成させる」ではなく「あの本を読む」「あのタイトルを完成させる」という方法に。たとえば読書については次のように決めた。

転勤で読み損ねた『特性のない男』を図書館から借りて読むこと。
積んでいた『断崖』『デイヴィッド・コパフィールド』『神曲』『若き芸術家の肖像』を読むこと。
角川読み放題の無料期間中に山田悠介の作品を読めるだけ読むこと。

創作についても完成させたいタイトルを決めた。新しく始めたいことに関連するが小説以外も作るつもりだ。あらゆる種類のコンテンツを増やしたい。サーチエンジンに登録するために。小学生の時からサイトやブログを運営しては潰してきた。なのに25歳にもなって一度もサイトをサーチエンジンに登録したことがないのだ。

これは2020年1月2日に書いた。