やわらかよろず

雑記です。

毎月なにかを更新したいと思っているが現実はむずかしい。この雑記をコンテンツとして考えるなら1週間に1回は更新していることになる。だが読点もないようなこの無気力なテキストが一体なんのコンテンツになるというのか。

いろいろとあった。今週末のウォーキング大会がコロナの影響で中止になったこと。通信大学の入学を秋以降にすると決めたこと。これで直近の重荷がなくなった。そして先週は月曜日から日曜日までおやすみが4回もあった。人類は週休4日制に移行するべきだと思う。ひたすらに幸福な一週間だった。映画館で『1917 命をかけた伝令』を観たし造幣局の見学に行ったし大阪城に行って梅園と天守閣を見たし「ザ・コナモン・バル 利休」でタコ焼きみたいに1皿に何枚もあるミニお好み焼きを食べたし「おいで」ですごくおいしいたまごサンドを食べたし「mog」のパンケーキを食べたし「R-1ぐらんぷり2020」の準決勝を見たし「サンシャイン」ですごくおいしいモーニングを食べたし神戸市立王子動物園で笹をむさぼるパンダを見たし「パルテンツァ」でプレーンのチーズケーキを買ったし生田神社に行ったし「トミーズ」「イスズベーカリー」「フロイン堂」「ケルン」でパンを買ったし家に帰ってからふるさと納税の返礼品として「トロイカ」のチーズケーキが届いたし洗濯物はきちんと乾いたし土日は何もせずにごろごろとしていられた。さらに今週の月曜日は祝日だった。下鴨神社で梅を見て水みくじをやって「加茂みたらし茶屋」に並んでみたらし団子を食べて旧三井家下鴨別邸に行って「コーヒーハウスマキ」で和風味のたまごサンドを食べて「出町ふたば」に並んで豆餅を5つ買って「エスブルー」のパンを買って京都御所の梅林に行って護王神社でイノシシの像を見てだいぶ遅れてやってきたバスに乗って北野天満宮に行って梅を見て白い服の人たちが並んで何かをしているところを近くで見てさあいよいよ梅苑に行くぞと思ったら16時締切。そのとき16時7分。なんなら梅苑を楽しみに京都まで来たのに。バスが遅れたせいで……2回もお店に並んだせいで……狭い3Fで眺望を見せられるだけで何の説明もなしに特別料金を請求された旧三井家下鴨別邸に行かなければ……ふてくされてバスに乗って京都駅で「イノダコーヒ」でたまごサンドを食べて「志津屋」でたまごサンドを買って帰った。

ところでつい数日前に叔父が死んだらしい。彼の年齢は知らない。私の父が50歳か51歳であることを考えると40代だろう。父は三兄弟だが死んだ次男だけ顔が似ていなかった。死因は知らない。父の父つまり祖父は病気で喉をやられて喋れなくなってしばらくして死んだ。何歳だったかは知らない。でも祖母や母方の祖父母は健在だから早いうちに死んだのかもしれない。死んだ叔父には子どもが二人いた。私が知らないだけで三人や四人いたかもしれないが。たぶん今はまだ小学生だろう。中学生かもしれない。幼くして親が片方だけになるのはどういう気持ちなのだろう。片親に偏見はない。しかしイヤな思い出に片親が関わってくる割合が異常に高い。私にイヤな絡みかたをしてくる人で片親・精神病・元いじめられっ子のいずれかでない人はなかなかいない。今のところ。生きているうちにその割合も低くなるかもしれない。とにかく彼らはどうなるのだろう。すべて叔父の死に方によるだろう。父親が自殺したらしい部活の先輩は一風変わったところがあった。私も思春期に両親が自殺したら悩んだだろう。自殺は遺伝すると聞いたことがある。それは精神病が遺伝するからではないかと思うのだが「私も途中で自殺するかもしれない」と考えると人生の指針が変わってゆくだろう。病死であれば一時は精神的ショックを受けるかもしれないが立ち直ることができるだろう。彼らは祖父の葬式にも来ていたのだ。人が死ぬことは知っているはずだ。多くの病死は本人や家族が経過を把握しているというのもある。事故死だったら辛いだろう。事故死はもしかしたら死ななかったのかもしれないのだ。すごく悲しくなる。涙が出てくる。死んだことはもう覆せないので叔父の死が自殺と事故死と殺人のどれでもないことを祈る。

そして私は改めて先延ばしが害悪であることを発見した。100年計画と人は言う。60代80代を見据えてと言う。老後にゆたかな暮らしをできるようにと言う。でも人は40代でも死ぬ。30代でも20代でも死ぬ。私が10代のうちに死ななかったのは奇跡である。いくら統計的に10代のうちに死ぬ人間の方が少ないとしても。だれもが昨日死ぬかもしれなかったのに昨日死ななかったのだ。単純に生死の話だけではない。たとえば機能が働かなくなること。私は20歳か19歳のときに『ネタバレゾナンス』的な状況に陥ったことがある。「見えるものがすべて見えているために何も見えない」状況である。高次脳機能障害で実際にありそうな症状だ。健康状態の人間に説明するのにはむずかしい。イラストを描くときに奥にあるものをぼかしたり余計なものをそぎ落としたりするテクニックがある。画面の情報が減って主題が見やすくなる。私が陥った状況ではすべてのものが同じぐらいに存在していた。確かにすべてのものは同じぐらいに存在しているのだが人間はそれだと何も認識できない。もちろんすぐに回復した。このようなことは頭をぶつけることでおそらく誰にでも起こりうる。機能を失うだけではなく病になることや五体満足でいられないこともあるし精神が病むことだってありうる。生きているかぎり。生の前提が覆されることもある。たとえば女の権利が男と同様に認められることでインターネットでは「女尊男卑」なんて表現もでてきている。これが数十年前はおそらくそうではなかった。そして数十年前に生きていた人たちは今も生きている可能性が高いのだが数十年前のようには生きていけない。男尊女卑だからこそ生きていけた人たちが生きづらさを感じるようになるわけだ。何にでも言える。同性愛をバカにすることでしか人との連帯を保てなかった人間は現代の感覚では相応に批判されるが当時はその反応が相応でなかったわけだ。さらに追い打ちをかけるように現代の感覚に適応できない人間は安直に「旧い」「空気が読めない」「アップデートできてない」と自己責任論で叱責される。しかし自分のもつ価値観が単に一時代の流行を内面化したものにすぎないと何人が割り切ることができるだろう? 今が生きやすいからと言って未来が生きやすいとは限らない。極めつけに環境の問題がある。まず良い友や良い上司や良い親や良い伴侶がいつまでも良いものとは限らない。死の可能性もあるし脳が壊れて人格が変わることもあるし壊れてなくても態度が変わることはいくらでもある。次に災害である。災害は衣食住を困難にするだけではなく経済的にも打撃を与える。最近の新型肺炎もそうだ。地球環境もそう。いつまでも人間にとって住みやすい環境であることを地球は約束してくれない。これらは特別に悲観的なものの考え方ではない。少なくとも私はいくらでもこんなことを思いつけるがこの頃はたまごサンドを食べることにハマっている。私が悲観的に考えることはやりたいことのうち優先度の低いやりたいことを先に消化して本当にやりたいことがやれないまま終わってしまうことだ。旧三井家下鴨別邸に行ったせいで梅苑を見られなかったように。

だから私は通信大学の入学を秋以降に伸ばした。それより先にしたいことがあるからだ。じつは去年の11月ぐらいから優先してやりたいと思うことができた。今週中に一歩を踏み出すつもりだ。今週中に死ななければ来週のうちにページを増やしてリンクを貼る。

これは2020年2月26日に書いた。


もう小説を書けないかもしれない。2月20日の締切に向けて小説を一文も書こうともしなかった。一文字も書かなかった。最近はずっと寝るか外出するかのどちらかだ。仕事で緊張状態の続く1週間だったせいか先週の土日は死んだように眠っていた。土曜日は一歩も外に出ずDominoピザでLサイズピザを注文して1日かけて食べた。日曜日にある稲妻フェスティバルも行く予定だったが天気が悪かったのでパス。映画館に行くのも延期。祝日には京都に行って伏見稲荷大社と京都タワーと「ちびまる子ちゃん展」に行った。伏見稲荷大社では四ツ辻まで登って絶景を見た。筋肉痛になった。京都タワーでは京都タワーVRを楽しんだ。あと「京都 本家 第一旭本店」という有名なラーメン屋に並んでラーメンを食べた。おいしかった。金曜日はなんとか残業を回避してタイタンシネマライブへ。2018年12月から観ている。作りたいものがあってお笑いについて関心が出てきた。大阪に来たことだし2020年はもう少しお笑いをインプットしたい。シネマに行く前に「自由軒」という有名なカレー屋さんに行った。おいしかった。シネマに行った後は「純喫茶アメリカン」というこれまた有名な喫茶店に行った。卵サンドが900円もした。おいしかった。おみやげに「まったりプリン」を買って家に帰って食べた。おいしかった。おわり。

短編なら一日で完成させられそうな作品がいくつかある。しかし私は短編より長編を完結させたい。あまりにも完成させないために長編のストックが大変なことになっている。完成させられない理由をインターネットで調べると「完璧主義だから」と出てくる。完璧主義だから作り始めようともしないのだろうか。一文も書かないのか。何かが違う気がする。あいかわらずやらなければならないことが多い。まだ抽選で確定していないが4月にも予定を入れた。予定だけではなくタスクもある。やる気を出そうと思って小説の書き方について述べた本を図書館から借りて数冊読んだ。特に何も思わなかった。一文も書きはじめない人間に役に立つ情報はなかった。よく「1日1分でも良いから向き合え」と書かれている。やり始めたら勢いで続くものだと。何度も失敗したテクニックだ。1日1分でも良いから向き合おうとすると本当に1日1分しか向き合わない。

ところで今週の月曜日になってから咳が出るようになった。土日にたっぷり寝たのは何だったのか。思えばシネマライブでとなりの女が咳をしていた。マスクもせずに。ハンカチで押さえることなく。途中からマスクをしだした。なぜ最初からマスクしなかったのだろう。2020年になってから体調が万全の時がない。新型肺炎のニュースはいつも気にしている。そのくせ今日も予定を入れている。

これは2020年2月18日に書いた。


風邪は治ったが今週になってから頭痛がする。先週は映画館で『ロニートとエスティ』を観て本を7冊読了して市役所でマイナンバー関連の更新手続きを行ったぐらいで一つも無理しなかったのに。2020年になってから健康な日の方が少ないのではないか。しかし休んではいられない。今週は予定がある。そのうちの一つは平日の夜にあることで残業をすると間に合わない可能性が高い。今の部署では定時退社が常である。しかし特定の日には残業をしてでも決められた業務を終わらせないといけない。それで今週の月曜日は22時まで残業した。そして今の部署で残業になる理由の9割は一個人の努力ではどうにもならないことだ。だから祈るしかない。予定に間に合いますように。来週以降も予定を入れている。予定に合わせて有休を申請しないといけない。あと来週はコンテストの締切がある。それと新たなことを始めるために手続きもしなければならない。他にもいろいろとやりたいことがあるが列挙しようとすると吐き気がしてくる。思うにストレスで体調不良が続くのではないか?

やりたいことの一つにサイトの改装がある。これはずっと前からやるやると言ってやれていない。今のサイトにおいて直したい箇所がたくさんある。リンクとわからない画像リンク。スマートフォンにおいて一見してリンクとわからないテキストリンク。PCにおいてコンテンツを最後まで閲覧したあとにわざわざスクロールを上に戻さないと押下できないメニューリンク。Webの要はリンクのはずだ。異なる文書と文書をつなげる仕組みがひとりの人間でしかない私たちの世界を拡張した。リンクの分かりやすさを追求したい。また小説一覧ページも変更予定だ。こちらは近日中に。タイトル/公開日付/文字数のいずれかの項目でソートできるようにする。そして百合やBL要素があることを示す。タイトルを列挙しているだけの今より親切になるはずだ。問題は画面サイズが小さいスマートフォンでどのように表示させるかだが……やるべきことをやってから考えるとしよう。

これは2020年2月11日に書いた。


コンテストの締切を2つも間違えた。2020年のコンテスト応募は未だゼロ。きちんと締切を確認しておけばよかった。余裕があると勘違いして先週もろくに動かなかった。具体的にはボーリングに行った。映画館で『ジョジョ・ラビット』と『フォードvsフェラーリ』を観た。面白い本を読んだ。それだけ。風邪はまだ長引いている。だいぶ楽になったとはいえ。

それにしてもコンテストの締切を間違えるなんて。偶然にもPrimeReadingでなんとなく読んでみた『会社では教えてもらえない 仕事が速い人の手帳・メモのキホン』が私の悩みに答えた。この手の本――30分から1時間までに読了するビジネス書にしてはめずらしく参考にできることが書かれている。それは手帳に予定の何日前であるかを書くというテクニック。さっそくミスタードーナッツの福袋に入っていた手帳にコンテスト締切のカウントダウンを記入してみた。次に応募しようと決めているコンテストまですでに15日を切っていることがわかった。去年の12月ぐらいに知っておけばよかった。ちなみにこの本の読了時間は27分。単行本の定価を調べたら1540円。27分1540円。

これは2020年2月7日に書いた。


完全なる風邪。先週は兵庫にあるキユーピーの工場を見学した。楽しかった。春節祭にも行きたかった。しかし新型肺炎が怖かった。せっかく兵庫にまで来たのにと思いながら西宮駅に寄って「淡路島バーガー」に行き淡路島バーガーを食べて帰った。それと「PIXARのひみつ展」に行った。3Dをやりたくなる展覧会。あとはカフェでおいしい卵サンドを食べたりパンケーキを食べたり。良い金曜日と土曜日だった。予定していた映画は時間が合わなくて延期したが。これで日曜日に創作に没頭できたなら最高の週末だった。しかし風邪を引いた。最初は頭痛から来て喉の違和にくしゃみに鼻水。咳だけが出ていない。体調は日に日によくなっている。気がする。少なくとも気力は戻ってきた。日曜は仕事があるから土曜のうちに創作をしよう。そう言いながら映画の予約をしようとしている自分がいる。熱に浮かされているのだろうか?

これは2020年1月31日に書いた。


今週になって気を失うように寝ている。原因は不明。先週は外食外食外食外食外食ケーキ屋に行って『パラサイト 半地下の家族』を観て「Butter」と「belle-ville」でパンケーキを食べ「カラヴァッジョ展」「小畑健展」「ニフレル」に行った。外食外食外食外食ケーキ屋とニフレル以外はすべて日曜日の出来事だ。1日に2パンケーキも食んだことが強烈な睡眠欲の原因なのだろうか? 

金曜日に振休をとったから旅行しようかと考えたものの天気予報を見れば曇りと雨。とりあえず金曜日には予定を入れた。あと映画も観る予定だ。2020年は映画館と展覧会に行く回数を増やす。せっかく広島から大阪に異動になったのだし。そう考えると東京に居たときに何もしなかったのは惜しかった。だが東京でも広島でも妙に不便な場所に社宅があった。駅近とはいえ。だから遠出する気にはなれなかった。今はそこそこ良い場所に住んでいる。少なくとも外出が苦にならない場所に住んでいる。次はいつ転勤になるのかわからない。広島ではもう数年いられるだろうと余裕ぶっていたために中国地方で行きたかった場所に行き損ねた。北海道に転勤できたら生活を楽しんだあとで会社を辞めたい……気もするが未来のことはわからない。きっと景気は悪い。今の会社にしがみついていたほうが良いかもしれない。しかし年齢制限のあるアレをやってみたいという気持ちはある。北海道に行きたい。転勤チャンスがあるため北海道旅行を躊躇している。大阪も転勤の数か月前に出張を利用してブレジャーしたばかりだった。

ともあれ土日は空いている。行きたいイベントがあるため合わせて予定を入れるかもしれないが。そろそろコンテストに向けて1作を書き上げたい。

これは2020年1月23日に書いた。


モチベーション問題。2020年では「サーチエンジンに登録するために」コンテンツを増やそうと決めた。しかしこれはモチベーションになるのか。ふつうはおそらく次のように考える。

(作品を増やすことで)たくさんの人に知られたい
(知られることで)商業化したい
(商業化することで)名声を得たい

ところが私のモチベーションはこうだ。

(作品を完成させることで)コンテンツを増やしたい
(コンテンツを増やすことで)サーチエンジンに登録したい

私は会社員である。驚くべき安月給。ただし社宅にいる。仕事を辞めないかぎり住む場所には困らない。貯金は700万ほど。両親にこちらから連絡したことはない。それでも私が困窮したら彼らは救わずにはいられない。かわいい一人っ子だから。仮に助けてもらったとしても老後は見ないが。プライベートで介護をしなければならない人間はどんなに良いことがあっても不幸だ。生活は安定している。オリンピック後の不況にも耐えられるはずだ。何が言いたいのかといえば私には焦る理由がない。何も不足していない。創作で承認欲求を満たしたいという気持ちもない……小説家になろうで公開している短編小説のなかでアクセス数の突出しているタイトルがある。『クラスメイトが痴漢している女装男』。他の短編が10アクセスや50アクセスなのに対して1000アクセス以上ある。承認欲求を満たしたい人間なら成功例にしたがって煽情的なタイトルをつけたりシリーズ化したりする。だが私はそうしない。たとえタイトルに「痴漢」のワードを入れるだけでアクセスが増えると知っててもそうしない。そこまでして人に注目されたくない。みなの前で賞状を受け取ることが恥ずかしいという理由で同じ部活の違うチームに学校内表彰を譲ったこともある。中学のときに画で賞をもらっていた時期に考えたことは「作りたかったから作っただけなのに。もっと賞状を必要としている人間がいただろうにかわいそう」だった。私は気ままに創作したい。とはいえ余裕を保ってはいられない。作りたいタイトルがたくさんある。前にも書いたが150タイトル以上。でも動き出すことができない。頭の中に二桁のタイトルが同時に動いているが手は動かない。コンテストの締切当日にならないと。もちろん完成しない。まれに完成して23時50分ぐらいに提出する。でも圧倒的に完成しないことが多い。そして作りたいタイトルは日々の生活でいくらでも増える。

頑張りたいとはいつも思っている。だけど頑張れたことがない。高校3年生のときに私は勉強ができないのだと初めて気づいた。私は机に向かうことができない。受験勉強用の部屋を作ってこたつとパソコンを持ちこんでいた冬。何もかも諦めて公立の前期にしか出願しなかった。当然のように落ちた。部屋の片隅にパンフレットが落ちていたという理由で専門学校のゲーム学科に行った。3年も。親の仕送りで実家と同市内にある学校の近くに部屋を借りて一人暮らしした。一回でいいからバイトをやれと言われてやったバイトが年賀状の仕分け。プロフィールに趣味(資格・検定)と書いた。あれは専門学校で各試験2か月ほど勉強させられて合格しただけ。自宅勉強はまったくしていない。応用情報もセキュリティスペシャリストも。その専門学校に対して私はある負い目を感じている。卒業制作であるゲームに「あとでアップデートして完成させます」とネットワーク環境でアップデートできる機能をつけて卒業したが一切アップデートしなかった。未完成のまま卒業。縁を切りたい。そういうわけで通信大学のパンフレットを請求した。それと運動をしようと思ってウォーキング大会に申しこんだ。このように常に新しいことを始めようとはしている。本当に頑張りたい。だが「頑張りたい」以外に頑張りたい理由がない。

これは2020年1月17日に書いた。


2019年とはさっそく違う始まり方をしている。まずは福袋を買った。これからはミスタードーナッツの引換券とすき家のクーポン券を頼りに生きるつもりだ。3coinsのふわもこ福袋の中身もさっそく使っている。今は腹巻を巻いている。年末年始の休日出勤は1回。3日は神社の屋台で明石焼きを食べた。4日は行ったことのないスーパーに行った。面白いエロゲーもクリアーした。あとでまた書く。5日は喫茶店で朝食をとって海遊館からキャプテンラインでUSJに行き「せなけいこ展」を見た。USJはこれで2回目になる。ザ・フライング・ダイナソーとジュラシック・パーク・ザ・ライドに乗った。17時30分にあるクリスマスライブショー「クリスタルの約束」を見るために地面に座って四十五分ほど待った。寒さのためかiPhoneの電源が落ちて充電切れになってしまった。「せなけいこ展」では画集を買った。フォトコーナーで記念撮影できなくて残念だ。7日から東京に行った。8日と9日にある研修を受けるために。7日は振替休暇をとっていた。本当はゴッホ展にでも行くつもりだった。しかし体調不良で夕方までずっと寝込んでいた。惜しいことをした。

2019年と同じ始まり方もしている。応募したいと思っていたコンテストの締切にさっそく間に合わなかった。そのコンテストに参加するために短編小説の案を9タイトルも出した。1タイトルも完成しなかった。何度も同じことを繰りかえしている。理由はわかっている。やろうとしない。書こうとしない。締切の当日にならないとドキュメントを開かない。どうすればよいのか。完成できなかった9タイトルはレギュレーションに沿う要素のみならずテーマもきちんと練っている。だから他のコンテストにも出そうと思えば出せる。だが他のコンテストに出したいアイディアもまた複数タイトルある。それにもまだ手をつけていない。こうやって作品の未完成が続くとコンテンツが増えない。ではコンテンツを増やしたいというモチベーションだけで毎日作ることができるのか。むずかしい気がする。

これは2020年1月10日に書いた。


雑記を書く。もともとこのページは予定を書くページだった。しかし予定どおりに進まないことがほとんどなので止めた。

2019年は散々な年だった。作品は完成できない。設定した目標はろくに達成できない。本も130冊しか読まなかった。異常な事態だった。2018年は180冊を読んだので2019年は200冊は読もうと考えていた。むしろ50冊も読書量が減った。面白いと思える作品も当然のように減った。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『マノン・レスコー』『アメリカ』はよかった。『アメリカ』は『失踪者』のことだ。カフカの中長編はこれでだいたい読んだ。次点で『嫉妬』『城』も悪くなかった。アラン・ロブ=グリエも新しく読める数が減りつつある。2019年の最後に読んだのは『嘔吐』だった。高校生のときに『実存主義とは何か』『水入らず』を読んで以来になる。2020年はまだ何も読んでいない。まずは『セロトニン』を読む。ミシェル・ウエルベックも小説は『ランサローテ島』以外は読んだ。最初に読んだ『素粒子』以外ぱっとしないが惰性で読んでいる。本を読まないかわりに外出をした。2019年は月に2回の外出をノルマに設定していた。沖縄やセブ島でのシュノーケリングは楽しかった。ブラジリアンパークでバンジージャンプをしたことも。ナガシマスパーランドで朝から夕方まで遊んでなばなの里でイルミネーションを見たこと。USJでは年パスを購入した。すべて一人で行った。外出のことについてはエッセイとしてまとめるつもりだ。

2020年こそは長編小説を書きたい。しかし他にやりたいこともある。新しく始めたいこと。いろいろとある。積読や積ゲーもたまっている。作品のアイディアは残り150ある。そして増える。「コンテストに応募している」でも書いたが目標設定のやり方を変えることにした。「本を200冊は読む」「長編小説を3タイトルは完成させる」ではなく「あの本を読む」「あのタイトルを完成させる」という方法に。たとえば読書については次のように決めた。

転勤で読み損ねた『特性のない男』を図書館から借りて読むこと。
積んでいた『断崖』『デイヴィッド・コパフィールド』『神曲』『若き芸術家の肖像』を読むこと。
角川読み放題の無料期間中に山田悠介の作品を読めるだけ読むこと。

創作についても完成させたいタイトルを決めた。新しく始めたいことに関連するが小説以外も作るつもりだ。あらゆる種類のコンテンツを増やしたい。サーチエンジンに登録するために。小学生の時からサイトやブログを運営しては潰してきた。なのに25歳にもなって一度もサイトをサーチエンジンに登録したことがないのだ。

これは2020年1月2日に書いた。